#4 ファースト・コンタクト・Ⅱ

 目標宙域到達まで約86万秒、その間にも冥王星の衛星カロンの通信基地と、自律AIクルーによって運行される太陽系外探査船が一隻、高速弾体による攻撃を受けた。

 探査船は、まさにロン艇長たちの「番外アノニマス」が向かおうとしている宙域近辺を航行中で、司令部が彼らに命じた航路は見事に「正解」だったことになる。


「熱心な仕事ぶりだ、エリダヌスの連中」

 コーヒーカップを片手に持ったポトフ航宙長は感心したように言って、ニュースリーダから顔を上げた。艇長はシャワータイムで不在だ。危険宙域ではあるが、航宙長たちに当直を任せておけば問題はない。

「しかし、未だに有人の艇が攻撃された事例は出ておらん。果たして、我々をうまく狙ってくれるかな?」

「その点は、確かに未知数です。しかし司令部には、それなりの考えがあるようです」

 うつむいて、システムを熱心に操作しながら、ゼビウス機関長はそう答えた。


 前面シールド・ウインドウの向こう側と、コンソール・ディスプレイの中。二人はそれぞれに、暗く深い宇宙空間と向かい合っていた。コーヒーの香りと機器の動作音だけが、静かに流れる。

 炭酸水ボトルの封を切ったような音がして、コクピットの入り口ドアが開いた。バブルシャンプーの香りと共に、ロン艇長が黒髪をなびかせて入って来る。

「異状はないか?」

「は。周囲宙域、すべて問題ありま……」

 航宙長がそう言いかけた瞬間、室内照明が赤く落ちて、警報音が鳴り響いた。


「いいタイミングだ」

 つぶやいて、艇長は素早くキャプテンシートにつく。

「衝撃波、来ます!」

 ゼビウス機関長の声が響いた。

 直後、到達した衝撃波に、「番外アノニマス」の艇体は激しく揺さぶられた。しかし、強力な振震キャンセラーに守られたコクピット内は、コーヒーカップの中身が天井までぶちまけられる程度の被害に抑えられる。


「あちちち……高速弾体、至近距離を通過。しかし、我々への直撃を狙ったものじゃなさそうです。明らかに外してきてます」

「進路立て直せ! このまま進むぞ」

 艇長の声は、どこか楽し気だ。新しい出会いに期待しているかのように。

 続いて、またしても警報が鳴り響き、高速弾体の第二射が通過した。そして、さらなる第三射。


「あの弾体、どうやら液体金属の滴を高速でインジェクションしたもののようです。驚くべき技術だ」

 全身を揺さぶられながら、ゼビウス機関長はピアニストのようにテンキーを叩きつつける。

「しかし、こちらもすでに『切り札』を用意済みです。さあ、お魚さん、いらっしゃい!」

 彼の声に答えた、というわけではないはずだ。しかし間もなく、スクリーン・ボックス立体レーダー像に、見覚えのある凶暴な顔がおぼろげに姿を現した。間違いない、「星魚」だ。

「おいでなすったな」

 ポトフ航宙長が、かすれた声でつぶやく。もちろん進路そのまま、艇は「星魚」の真正面へと接近していく。大きく「口」を開く星魚。そこには、液体金属弾の射出口があるはずだ。


「やれ!」

 ロン艇長の声が響き、ゼビウス機関長はキーを弾いた。先手、必勝。

「こちらは国連宇宙軍UNSA所属の高速巡宙艇、『番外アノニマス』。貴艦の所属と艦名を名乗られたい」

 発射されたレーザーのパルス信号には、そのようなメッセージが乗っていた。自律AI内の仮想委員会は、彼らの言葉の解析に成功していたのだった。


「お久しぶりですね、みなさん。いつぞやの、ウンブリエル宙域以来です」

 コクピット内のスピーカーから、声が流れてくる。それは、人類が初めて耳にした、地球外文明の声だった。予想外に、フレンドリーな。

「しかし、『番外アノニマス』とはひどい名前だ。あなた方の扱いには同情します」

「……記録はしているな?」

 艇長の問いに、機関長は黙ってうなずく。この場面は、最寄りのビーコンにレーザー通信で同時中継されていた。


「あなた方は、我々の言葉を理解するに至ったようですね。敬意を表しますが、しかし早すぎる、何もかも」

「当艦の艇長、オーファメイ・ロンだ」

 相手の饒舌を遮るように、ロン艇長が口を開いた。

「繰り返す。貴艦の所属と艦名を名乗られたい」

「これは、失礼。所属は、***/***。貴女方が、『エリダヌス勢力』と呼んでいるものと同じと思ってもらって結構です。しかし、『艦名』はありません。貴女が『オーファメイ』であるように、私にも『0.3321/1.11』という立派な名がある」

「では、あなたは……あなた自身が生命体なのか?」

「『生命』という言葉の異文化間変換はむずかしいものですね。貴女と同じ『individual』である、と表現すべきでしょうが、生命体と理解してもらっても構いません」


「0.3……何とかというのはいささか覚えにくい。『分数フラクション』というニックネームで呼んでも構わんかね?」

 ポトフ航宙長が、そう訊ねた。すでに艇は減速を始めていて、「星魚」との相対速度はゼロに近づいていた。

「そのニックネームはとても良い。『分数フラクション』、そう呼んでください」

 古代魚に似た相手は、笑っているかのように大きく口を開いた。


「『早すぎた』とあなたは言った。それは、どういう意味なのです?」

 ゼビウス機関長が訊ねる。その声は、赤いレーザーのパルスに変換されて、「星魚」の狭い額を赤く照らした。


(次回、最終話「人類の敵」に続く)


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