#3 価値のある囮
コックピット前面のシールド・ウインドウの下方へと、明るい海の青が遠ざかっていく。それは、巨大補給母艦の上部甲板上空を覆う粒子減速ガラスドーム越しに見える、あのリゾート都市の人工海洋が放つ青だった。
「……短い夏休みだったな」
名残惜し気に、キャプテン・シート上のロン艇長がつぶやく。
「ですが、本当に勝算などあるのでしょうか? 准将はあのようにおっしゃっていたが」
休養の日々の間に、すっかり伸びたあごひげをさすりながら、ポトフ航宙長は首を傾げる。
彼らが与えられた最新の高速巡宙艇。性能は格段に向上していたが、その艇に名前はなく、
「分かるものか。『理由は言えんが大丈夫だ』、あの
彼らが指示された航路というのは、冥王星軌道付近の宙域をひたすら周回して「星魚」をサーチし続ける、というシンプルなものだった。
それはつまり、あの正体不明のエリダヌス勢力による高速弾体攻撃を受ける可能性があるということでもあった。むしろ、狙ってくれと言っているようなものである。
「それがですね、ちょっと面白い話がありまして」
ゼビウス機関長が手元のテンキーを叩き、ロン艇長たちの眼前に仮想スクリーン・ボックスを出現させた。
そこに表示されたのは、
「データが流出したおかげで、一つの事実が判明しました。我々ほど明確に遭遇した例はありませんが、以前から『星魚』は宇宙船乗りたちに目撃されていたようです。それも太陽系外縁部、高速弾体の攻撃を受けた地点の周辺ばかりで。あの日も、天王星軌道で人工衛星が一基やられてます」
「それはちっとも『面白い話』ではないぞ」
艇長の顔が、不愉快そうにゆがんだ。
「つまりあの『星魚』こそ、エリダヌス勢力の兵器というわけだ。そして我々は囮として、わざわざ危険宙域へ出向こうというわけだ」
「冗談ではありませんぞ! むざむざと艇と命を失うなど、まっぴら御免だ」
ポトフ航宙長が、真っ赤な顔で叫ぶ。
「そこまでわかっていて、ゼビウス大尉、なぜこの任務を引き受けた? 成算があるのだな?」
いくぶん落ち着いた様子を取り戻して、ロン艇長は機関長の顔を見つめた。
「おっしゃる通りです。上層部が隠している事実はもう一つある。コピーしておいた遭遇時のデータ――無断でですが――を分析した結果、判明したことですが」
ゼビウス大尉は、再びキーを叩いた。スクリーンに、何かの波形が表示される。
「実はこの『星魚』、突進前にこちらに向かって電磁波パルス信号を発しています。この信号パターンが有意信号である可能性は、自律AI内の仮想委員会による判定では99.8%。つまりあのお魚、こっちに向かって何か話しかけてたってことです」
「ということは、あの『星魚』は連中の宇宙船で、恐らく中には人が乗ってるということか!」
ポトフ航宙長が目を見張った。
「人だか何だか、その辺は良く分かりませんがね。あの時、我々をこっぱみじんにしなかったということが、連中がコミュニケーションを取りたがってる証拠かと」
「大尉、そのメッセージは解読可能か?」
冷静な薄いグレーの瞳で、ロン艇長はゼビウス機関長の顔を見つめる。
「今、やってます。この艇の自律AI内に立ち上げた仮想解析チームの代表人格が言うには、繰り返し出現するパターンの頻度を手掛かりに、ほぼ無限の組み合わせを試して検証してるそうです。解読まで、そうはかからんでしょう」
「むざむざと、でなければ、死ぬのは怖くないな? ポトフ少佐」
彼女のその言葉の意味を、操縦席のポトフ航宙長はすぐに読み取った。
「人類の代表として、あのお魚に乗ってる連中と、世間話の一つでもしてみようというわけですな。それならば、話は別だ。囮になる値打ちは、十分にある」
不敵な笑みを浮かべ、あごひげをなでる航宙長。システムコンソールの前の機関長も、力強くうなずく。
「よし。航路は維持、ただし機関全力、速やかに冥王星軌道域への到達を目指す」
「アイ、サー!」
部下2人が、そろって答えた。
(#4「ファースト・コンタクト・Ⅱ」に続く)
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