#2 短い休暇
幸い、エンジンの大爆発はぎりぎりで回避された。クルー三人は無事に救出され、近くの宙域を巡航していた新造の巨大補給母艦で療養に入ることになった。
問題は、宇宙事故調査会において提出された彼らの証言と、その裏付けとなるデータの存在だった。
宇宙空間を泳ぐ巨大な魚が、牙を向いて宇宙艇に襲いかかってきて、エンジンをかじり取った。集団妄想状態にでも陥っていたとしか考えられない、そんな証言をまともに受け取ることは不可能に近かったが、困ったことに艇の各種センサーが、その様子を克明に記録していた。それも、リアルタイムデータ送信で。
しかし、調査会が公表した事故調査報告の内容は、
「微細隕石と、掃宙艇が偶然の接触事故を起こした」
というだけのものだった。巨大な宇宙魚など、かけらも出てこない。調査会が解析を任せた最高性能の超止揚AIが、そんな答えを出すはずはなかった。
つまり、事故の真相については表に出さないと、そのような決定が宇宙軍の上部においてなされたわけだった。
「ロン艇長!」
全長5キロメートルにも及ぶ巨大補給母艦の内部に作られた人工の疑似海岸。ここは、宇宙空間における長期間の任務に疲れた兵士たちが、心身を休めるために用意されたリゾート都市区画だ。
上体を起こし、サングラスをずらして、ロン中佐は振り返る。そこには、リゾートには不似合いな軍服姿のポトフ少佐が佇んでいた。
「ブルーレイ司令から、呼び出しがありました。至急、
真っ赤なビキニという、軍人とは思えないロン艇長の姿から必死に目をそらしながら、少佐は大声でそう報告した。
「やれやれ、ごほうびの休暇も終わりというわけか」
彼女が大げさに肩をすくめると、大きく揺れた胸からしずくが落ちた。
補給母艦の
「知っての通り、君たちは極めて重要な機密を知る立場にある。まあ、そんなことを望んではいなかっただろうがな」
准将は、にやりと笑みを浮かべた。ロン艇長の背中に、嫌な予感がぞくりと走る。
「
そうなのだった。どこからどう流出したのか分からないが、「ヴィックス」が記録した魚形物体の空間映像データが、一般社会に広く拡散されるという事態になってしまっていた。
しかし、
「
と大騒ぎする一部の連中のおかげで、「星魚」の実在を信じる者などほとんどいなかった。要するにはオカルトだ。いや、本当は陰謀論の連中が言う通りなのだったが。
「ついては、君らに重要任務を与える。
そら来た、やっぱり嫌な話だと、ロン中佐は顔色一つ変えずに舌打ちした。無限に広がるこの大宇宙の中で、魚一匹探せとは無茶振りにもほどがある。体の良い、所払いではないか。
「そう、嫌な顔をしなさんな、
准将は再び、意地の悪い笑みを浮かべた。
(#3「価値のある囮」に続く)
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