カクヨムをやっているだけで罰せられる世界。

杉林重工

カクヨムをやっているだけで罰せられる世界。


『なあ、お前、■■■■やってんのか』


 そんな質問をしてはいけない。


「おはようございます」


 職場ではいつも、例え年下ばかりだろうと、俺は丁寧な言葉遣いを欠かさない。


「おはようございまーす」


 対してこいつは、例え上司相手であっても、いつも気の抜けた返事ばかりする。やっぱり、こういう世間を舐め腐ったようなやつは、絶対に■■■■をやっているに違いない。


 こいつは、出社だけはちゃんとしている。朝早く、始業の三十分前から着席している。そして、素知らぬ顔でX(旧Twitter)なんぞ開いて、仕事に関係のありそうなニュースサイトのトピックスを見たり、或いは素直にメールチェックをしている。


 だが、俺は知っている。多分、こいつは、■■■■をやっている。


 こいつがトイレに行ったとき、たまたま開きっぱなしになっていたブラウザを見たことがある。そこのタブの一つに、『青い背景に白いカギカッコヒラキとカギカッコトジが並んだアイコン』があったのを、俺は知っている。


 こいつ、■■■■をやってないか?


 俺は知っている。俺がミーティングで席を外し、さらに、隣の席の同僚もいない時、お前の手が、異様に素早くキーボードを叩いていることを。俺がいる時以上に、お前が働いていることを知っている。何をしているのか、勿論、俺は知らない。普通なら仕事をしているはずだ。でも、俺は思う。お前、■■■■やってないか?


 盗み見たブラウザだけで、こいつが■■■■をやっていると、そう断定してはいけないだろう。仕事中に■■■■に掲載されている物語を、読んでいるだけかもしれない――勿論ギルティだ、断罪すべし、仕事をしろ、給料泥棒、そうは思うが、百歩譲って、良しとしよう。そういうサボり魔にだって、『青い背景に白いカギカッコヒラキとカギカッコトジが並んだアイコン』が表示されることはあるだろう。罪ではあるが。


 だけど、俺は知っている。このアイコンの隣に並んだ言葉が、『小説』だったこと。こいつ、ワークスペース開いてないか? こいつ、本当に読んでいるだけだったのか? こいつ、■■■■やってないか?


 オフィスの端から、あいつの仕事ぶりを眺める俺。キーボードの上でよく指が跳ねている。なあ、お前、仕事してるか? 本当は、■■■■やっていないか。


 こいつは自分が■■■■をやっていると、誰にも言ってはいない。だから、こいつは■■■■をやっていないのかもしれない。でも、言わない理由は思いつく。この会社は、副業が禁止だからだ。■■■■は、一摘まみぐらいの人間になれれば、金が貰えるらしい。それはきっと副業にあたる。だからこいつは、例え本当に■■■■をやっているしても、誰にも言わないだろう。うちの会社は業績も頭打ちだし、給料はほとんど上がらない。外に逃げたくなる気持ちもわかる。なあ、仕事じゃなくて、■■■■に、お前、逃げてないか?


 やっぱりこいつ、■■■■やってないか?


 こいつは、いつも月曜日と金曜日に定時であがる。なあ、■■■■やってないか? その日だけは、定期的に更新するようにしているんじゃないか? 更新したら、ちゃんとX(旧Twitter)で、更新しましたって、ポストするために早く帰っているんじゃないか?


 こいつは、独身の癖して婚活もせず、ジムや音楽といった趣味もない。それなのに、週明け、月曜日はいつも一丁前に疲れ顔で出社してくる。なあ、■■■■やってないか? 遅くまでくだらない文章を、ただひたすら練っているんじゃないのか?


 そんな難しい顔して、お前、本当に仕事してるのか? プロットを練ってはいないか? 応援コメントの返信に悩んでいないか? PV数を心配しているんじゃないか? お前、■■■■やってないか?


「――さん、■■■■、やってませんか?」


 その時、急に声がした。目の前に、あいつがいた。俺は慌ててパソコンを閉じる。ノートパソコンだから、それこそ、物理的に。


「何の話?」


「いやあ、気にしないでください。なんとなく聞いただけです」


 こいつはそう言って、ふわんふわんと去って行く。まさか、ばれてはいないだろう。こんなへらへらした奴に、俺の完璧な擬態を見破られてたまるか。


 ――俺も、■■■■をやっている。


 こいつが定時を守る曜日は決まっているから、その日に限って、とにかく俺は残業をする。そうして、周りに誰もいない時、俺はひそかに■■■■をしている。投稿したり、原稿を用意したり、プロットを考えたり、他のユーザーのところへ、読みに行ったりする。


 だから俺も、その曜日だけは、定期的に更新しているし、更新したら、ちゃんとX(旧Twitter)で、更新しましたって、ポストしている。


 俺は、独身で婚活もせず、ジムや音楽といった趣味もない代わりに、遅くまで文章やプロットをひたすら練っているから、週明け、月曜日はいつも寝不足で出社している。


 いつも呻いたり、わざとらしく険しい顔をして、俺は仕事中にプロットを練っている。応援コメントの返信に悩んだり、PV数を心配したり、カクヨムリワードを眺めたり、星やハートがつかないか、いつも気にしている。いつか収益化しないか、お祈りを欠かさない。


 俺も、■■■■をやっている。


 だが、ばれたくはない。誰にも言っていない。だから、家で■■■■はやらない。


 これが内職だからでもないし、書いている内容が問題なわけでもない。就業規則だからでもなんでもない。ただ、なんとなく会社では言いづらい。これは、俺が■■■■で、誰も読まないような独自の論文を、延々と書き連ねていてもそうだ。仮に、俺に歴史に残るような大文豪の才があって、それを■■■■で如何なく発揮していてもそうだ。


 ただただ、隠し続けるだろう。必死で隠し通すだろう。何故か?


 ――わからない。何故、俺は■■■■をやっていることを、周りにひた隠しにしているのか、わからない。


 故に、俺は問いたい。


 お前、■■■■やってんのか。


 やってたとして、周りの人間、家族に言えるのか。


 わたしは、■■■■をやっている、と。


 世界中の人々に、胸を張って言えるのか。


 お前、■■■■やってんのか。

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カクヨムをやっているだけで罰せられる世界。 杉林重工 @tomato_fiber

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