花咲く庭で飲む紅茶の味は同じだった。
『――日和、学校行かないか?』
陸はベッドの縁に座って、わたしの手をゆっくりともみながら言った。
テーブル代わりに使っている陸のランドセルの上には、ラベンダーとオレンジの精油を混ぜたホホバオイルの瓶が置かれている。
『……いい。みんな、わたしの目、変だって言うから』
陸は「うーん」と唸って、起き上がり小法師のようにグラーッグラーッと左右に揺れた。それに合わせてわたしの体もゆさゆさと揺れる。
『それじゃあ、ちょっと外に行くのは? ゆりちゃんの庭でチューリップが咲いてるんだ。俺が植えた球根なんだぜ』
『……いい。外に出て、誰かに会ったら、やだもん』
わたしが陸の手から逃れて、掛け布団にもぐりこもうとすると、陸は「待って、待って!」と叫んだ。
『うー、日和ともっと遊ぶにはどうしたらいいんだー』
陸はわたしの隣に寝そべって、布団に顔を突っ伏した。
わたしだってもっと陸と遊びたい。
陸と外にも行きたいし、お庭も見たい。
でも、ひどいことを言ってくる人たちがいるせいで、できないんだもん。
こんな言い訳をする自分も悔しくて、目と鼻の奥がツンとして、体が小刻みに震えて、頭がカッと熱くなった。
その時、突然陸が「あっ!」と声を上げて、ベッドから飛び降りた。
『そうだ! 俺と日和の部屋を繋ぐ橋を作ればいいんだ! 橋があれば、外に出なくてもすぐに会えるだろ。俺の部屋から庭にも行けるし! 名案じゃん!』
陸はドアを勢いよく開けて、「草介くーん!」と叫びながら階段を駆け下りていった。
わたしは呆気にとられて何も言えなかった。
その一週間後、橋は失敗に終わった、と陸から報告を受けた。
でも陸は少しも落ち込んでいなかった。むしろそわそわ肩を揺らして、ご機嫌にニマニマしている。
『橋の代わりに、草介くんと椅子作ったんだ! けっこう上手にできたんだぜ』
『……橋が椅子に?』
『そうそう! 庭の休憩用にゆりちゃんがほしいって言ってたからさあ』
陸らしい突拍子もない発想だ。
橋の材料を椅子にした人なんて、未だかつていただろうか。
ぎゅっと手を握り締めて、勉強机のローラーがついた椅子から立ち上がる。
『……それ、見に行ってもいい?』
『えっ! 来られるの!』
『……うん。陸たちが作った元橋の椅子、見たい』
『ぃやったー!』
陸は飛び跳ねて喜んで、わたしの手に自分の手を重ねてきた。
『ありがとな、日和! 今から行こうぜ!』
『い、今から?』
『うん!』
ゆりさんと草介さんが待つ庭には、椅子が四脚置いてあった。
赤、ピンク、白、黄色のチューリップを背景に並ぶ椅子は、見えないテーブルを囲うように丸く置かれている。
『こっちのはゆりちゃんと草介くんの。そんで俺の隣が日和の椅子だぞ!』
『えっ、わたしの?』
『うんっ! 不思議の国のアリスのお茶会って四人でしてただろ。三月ウサギと帽子屋とヤマネとアリス。日和が来てくれたおかげで四人そろったから、これでお茶会ができるな!』
陸はそう言って、ゆりさんが持っているカゴバッグの中から、魔法瓶とプラスチック製のマグカップを四つ取り出した。
『紅茶持ってきたぞ!』
『ラベンダークッキーもあるわよ、日和ちゃん』とゆりさん。
『紅茶に入れるミルクとレモンもあるぞ』と草介さん。
そろいもそろってみんな突拍子もなくて、驚かされるけど……。
『あははっ! すごいね! こんな素敵なお茶会はじめて!』
わたしが声を上げて笑い出すと、陸たちも一緒に笑ってくれた。
この日の紅茶と、あの日の緑茶は、どちらも忘れられないくらいすごくおいしかった。
大切な人と過ごすお茶の時間。
この記憶が、これからもわたしの糧だ。
「――日和、入学式の準備できた?」
「うん。今行く」
春、わたしは自分の部屋を出た。
畳一畳のお茶室で飲む緑茶と、花咲く庭で飲む紅茶の味は同じだった。 唄川音 @ot0915
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