第3話 三栄家の呪いと福音
「ご、ごめんなさい」
虹花にはわからない。
飛鳥の性別がわからない。
飛鳥の心がわからない。
顔と声は女の子だし、華奢な手足も女の子。
でも胸の膨らみはない。
最近はトランスジェンダーなどもあるし、自認の性別と実際の性別が異なることもある。
色々な知識が絡み合い、正解がわからずただ謝罪することしかできない。
そんな態度は伝わるもので。
「わかるよ。こんな膨らみの欠片もない胸を見せつけられた男の娘だと思うよね。私も勘違いするもん。胸っていうより胸板だよね。誰がまな板じゃい!」
「言ってない! そこまで言ってない!」
焦って弁解しても聞き入れてもらえるはずもない。
「ふふ……ふふふ……この三栄飛鳥をここまでコケにしたのは君が初めてだよ天手虹花さん」
「わ……私の名前知っているんだ」
「有名人だからね。こんなに楽しい人だとは知らなかったけど」
「わーい……私も三栄飛鳥さんのことを誤解してたかも」
完全無欠な深窓のご令嬢。
こんな口調が乱れて怖い人だと思っていなかった。
「誤解って性別のことかな」
「違う! 違くて!」
「私が女の子だと証明するのは簡単なんだよ?」
そう宣言すると飛鳥は虹夏のいるベッドに飛び乗った。
仁王立ちだ。
そして手をスカートの中に突っ込み、ショーツを脱ぐ。足首に引っかる飛鳥のショーツ。つまり今ノーパンなわけで。
「な、なにしてるの!?」
「こうすればわかるでしょ。ほら」
そのままスカートをたくしあげる。
虹花の目の前に飛鳥の生まれたままの下半身が提示された。
薄っすらと金色の毛が生えているがそれだけ。男性ならばあるべきはもちろんない。
女の子だ。間違いなく女の子なのだが、行動がもう女の子ではない。
というかシチュエーションがアブノーマルすぎて虹花の脳は受け入れられない。
三栄飛鳥は間違いなく女の子で、大富豪のご令嬢で、完全無欠のお嬢様で、妖精と言われるほど可憐だったはずなのに。
現在、ノーパンノーブラの制服半脱ぎスタイルで天手虹夏の寝ているベッドで仁王立ちしている。
「わかった! わかったから服着てぇぇぇーーーーー!」
虹花がパニック状態になり、そう叫ぶのも仕方なかった。
叫ばれた飛鳥はもっとも前からパニック状態だ。
二人が冷静になるには少し時間を要した。
◯ ◯ ◯
「男の子と勘違いしたのは謝ります。ごめんなさい」
虹花はベッドの上で土下座した。
服装を直した飛鳥がどんよりオーラをまとって人生に絶望していたから仕方がない。
それに盛大な自爆をしても飛鳥は三栄家のお嬢様。
対して虹花は母子家庭の一般庶民。
これだけの失礼を働いてしまっては、かなり切実に生きていけないかもしれない。
「……もう誤解はしてない?」
「しておりません」
「三栄はトリプルAのことだったのかとバカにしない?」
「トリプ……しません!」
「虹花さんのおっぱい私にくれる?」
「あげ……えっ!?」
気づけば飛鳥は虹夏の胸を凝視していた。
虹花の身長は飛鳥よりも低い。身体も全体的に華奢だ。けれど飛鳥より完全に女の子の身体つきをしていた。
恵まれた者と欠陥品。
完全に立場が逆転している。
どれだけ望んでもないものはないのだ。
「まだ中学一年生だし、そこまで気にする必要はないんじゃ」
「ふふ……持っている虹花さんにはわからないよね。夜、いつも厳格なお母様と二人で真顔になりながら豊胸のために自分の胸を揉む時間なんて経験ないだろうし。私の胸板は遺伝なんだよ」
「……遺伝」
悲しい母娘の絆だった。
「三栄家は先祖代々貧乳。親類を探してもAカップの壁を超えた成人女性は一人もいない。まさに呪い」
「…………呪い」
「私達も呪いに抗わなかったわけじゃない。大豆イソフラボンに頼った。女性ホルモン分泌を助ける食材も片っ端から試した。おっぱいを育てる体操は日課と言っていい。それに私の容姿をよく見て。……わかるでしょ?」
「飛鳥さんの容姿? まさか!?」
三栄家は古い家だが、昔から海外志向が強い。
また血筋も海外の王族の血などを積極的に行っていた
全ては日本の国益のためだと云われ続けていたのだが。
「そのまさか。豊胸のために巨乳の家と縁を結んだ結果だよ」
その集大成である三栄飛鳥は暗い笑みを浮かべる。
三栄の遺伝子が強すぎるのだ。
「え、えとヒアルロン酸注入とか」
「それは三栄家の誇りが許さない。外部から詰め物するなんて」
「遺伝子改良までしておいて!?」
「具体的には祖母や曾祖母など親戚中から一人だけずるいとなじられるようになる」
「……それはいやだね」
厄介な一族だ。
「私は巨乳になりたいわけではない。普通でいい。男の子と間違えられない普通の胸があればいい。もちろんAの壁は超えたい。これは一族の悲願だ」
「が、頑張ってね?」
「なに他人事のように言っているの虹花さん。君は三栄家最大の秘密を知ってしまったんだよ」
「……え?」
「これからの人生に自由があると思わないで。豊胸に協力してもらうから」
怪しくなった雲行きに虹花は天を仰ぐ。
飛鳥だけではない。
一族全員が豊胸ガチ勢だ。
なにされるかわからない。
「協力ってなにをすれば?」
「……とりあえず揉む? 私に揉む胸ないけど。そうだ! 私が虹花さんの胸を揉めば吸収できるかも!」
「できないよ! それに私は触れられるのダメだし」
「肌が弱いんだっけ?」
「弱いというか異常に敏感。まあ私のこといいでしょ。どうせ協力させられるなら私が飛鳥さんの胸を揉むよ?」
「えっ? 本当にやるの?」
「母親がエステティシャンの仕事をしているから。豊胸マッサージは一通りできるよ」
「エステティシャン直伝!」
その言葉を聞いて飛鳥が瞳を輝かせる。
触っていいということだろう。
母親以外に施術するのは初めてだがこの際仕方がない。
三栄家の秘密を知ってしまった以上、虹花自身の秘密を明かそう。
決意して虹花は白手袋を外した。
「綺麗な手。触っていい?」
「ダメ。飛鳥さん私の秘密も教えるから絶対に触れないで。実は私は手がとても敏感なの」
「敏感?」
「白手袋つけてないと日常生活に支障をきたすほどにね。シャーペンでノートに文字を書くこともできない。今日だって黒鉛と紙の擦れる振動と音のイメージで頭が痛くなったから保健室にいるんだし」
「振動と音のイメージ? 映像も見えるの?」
「うん……まあ。なに言っているかわからないだろうけど」
「いやわかるよ。繊細すぎる触覚の超感覚に触れたイメージの視覚化と聴覚化。つまり共感覚? いわゆるギフテッドだね」
「わかるの!?」
「知識として知っている。実物を体験するのは初めてだけど。でもギフテッドなら本当に期待できるかも」
そう言って再びブラウスをはだけて、飛鳥は胸をあらわにした。
ギフテッド。
虹花が本当にそう分類されるのかは調べてみないとわからない。
ただ自信はあった。
白手袋を外して素手で飛鳥の胸を揉めば、原因ぐらい解明できる。
「う……にゃ……虹花さんの手……滑らかで気持ちいい」
「変な声あげない。乳腺は問題なさそう。だけど……これは」
胸から胸の周り、鎖骨、脇、肩甲骨まで全体的触れていく。
一通り触ったところで確信を持ち、虹花は手を引っ込めた。
「えっ? もう終わり?」
「私は無駄なことはしない主義」
「無駄なこと!?」
過剰反応する飛鳥をなだめるために言葉を続ける。
「胸だけ触り続けても意味ないからね。もう胸が育たない原因はわかったし」
「え? ええ? 原因わかったって本当に!?」
「遺伝だと思うけど元々脂肪がつきにくい体質だよね」
「うん……まあ」
「あと燃費が良くて、異常に胸痩せしやすい体質。胸は脂肪。脂肪は脂肪細胞。たぶん三栄家の人は胸に脂肪細胞ができる前に消費しちゃうから胸が育たないんだろうね」
触った感触では乳腺などに異常は感じられない。育つ土台はある。けれどそれ以上に抜けていく力が多く見えた。
触れられる刺激が逆効果になっているのだ。
そのことを説明すると。
「つまり……先祖代々のおっぱい体操が逆効果?」
「だね。しばらく食事は脂質を多くして、胸以外を全身マッサージ。それと胸痩せしにくくする施術も行えば自然と大きくなると思うよ。飛鳥さんは成長期だし」
「付き合ってくれるんだよね?」
「……付き合わせるんでしょ?」
「もちろん!」
こうして虹花が飛鳥に豊胸マッサージを施す日常が始まった。
その三ヶ月後、飛鳥の胸はAカップに届くことになる。
全体的に丸みを帯びて、もうつけ胸なしでも男の子と間違われることはない。
けれど数字と見た目で結果を出したことにより、動き出す人もいるわけで。
「虹花……お母様が君に会いたいらしい」
「嫌な予感がする」
「その予感は正しい。今朝、お母様から君を穏便に拉致してこいと命令された」
「穏便に拉致ってなに!? 拒否権はあるの?」
「……私にもない」
天手虹花の受難はまだ始まったばかりだ。
指先ウィッチクラフト〜貧乳の呪い編〜 めぐすり@『ひきブイ』第2巻発売決定 @megusuri
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