あまい氷のつくり方
春夜如夢
第1話
小学生の頃からの友だちに、4つ年上のお兄ちゃんがいた。
友だちの弓香のお兄ちゃん。尚志くん。
あたしは、なお兄ちゃん。って呼んでたっけ。
団地にいるみんなと、よくかくれんぼしていたんだけど、
「人数多いと見つけてもらうのに時間がかかるよね。」
そう言って、よく一緒のところに隠れてくれたの。
鬼になった子が数えてる間に、真っ先にあたしと手を繋いで走ってくれた。
『梨夏ちゃん。シー、だよ。』
『うん。』
しゃがんでギリギリ入る土管の中とか、狭いところにも一緒に隠れるの。あたしより背の高い、なお兄ちゃんがギュッと肩を掴んで抱きしめてくれるから、ちょっとドキドキしたのを覚えてる。
優しくてあったかい。なお兄ちゃんのことが大好きだった。
夏休みになるとあたしはほぼ毎日、弓香のうちに遊びに行った。
「ねえ弓香ぁ、自由研究ってなにやればいいのぉ?」
「え~梨夏、夏休み残り3日だよ? 1日でできる自由研究って無理あるよ。私はアサガオ観察したからもうできてるけどね~。」
「うそーっ! アサガオなんて最初の一週間で枯れちゃったよぉっ! えぇ~っ、どうしようぅっ!?」
暑い中考えるのもつらいし、もう先生に怒られるしかないかも……っと思ったところに、
「いらっしゃい、梨夏ちゃん。アイス食べる?」
と、なお兄ちゃんがやってきた。
「なお兄ちゃんっ! これだ!」
「え、なんの話?」
「これなら多分ギリギリ間に合う。 あたし、『氷』の研究にするっ。」
「ふふん。決まりだね~。なお兄、梨夏の自由研究見てあげてよ。私は終わったから、雛とマサキたちとプール行ってくるね~。」
「は? 弓香お前、友だち置いて遊びに行くのか。」
「大丈夫だよ。なお兄がいるし。ねぇ、梨夏?」
にしし、と笑う弓香。あたしが半分なお兄ちゃん目当てで遊びに来てるのを、よくわかってる。
「う、うんっ! なお兄ちゃんっ、あのねっ……忙しくなかったらあたしの自由研究、手伝ってもらってもいいかな?」
かくれんぼ以外で、なお兄ちゃんと2人でいることなんてめったにないから断られないか心配になって下から顔を覗き込む。
なお兄ちゃんはちょっとびっくりした顔をしてからにっこりと笑った。
「別に、忙しくないからいいよ。必要なものは何?」
「えっと、塩と水と、ジュースとね……。」
あたしは、なお兄ちゃんと2人きりの嬉しさで舞い上がってた。
「梨夏ちゃん。これ全部凍らせるの?」
「うん!なお兄ちゃん、冷凍庫貸して!」
「たぶん家の冷凍庫に入り切らないよ。
小分けの製氷容器にちょっとずつ入れたらいいと思う。凍らせたものの溶ける速さを調べるより何時間で凍るか調べて書けば研究になるんじゃないかな?」
「すごい、なお兄ちゃんっ! 頭いい!」
「大げさだなぁ。さ、製氷容器の氷出して空にしよっか。」
ボウルに氷を出して、凍らせる塩水とジュースと砂糖水を用意して時計で凍るまでの時間をはかる。
「30分くらいで一回見てみよう。」
団地の3階は暑い。ボウルに出した氷がちょっと溶けてきた。セミの鳴き声が余計に暑さを感じさせる。汗がアゴから首までつうっと伝う。
「あっつい………、なお兄ちゃん。この氷食べてもいい?」
「溶けるだけだしね。オレも暑いから、一緒に食べようか。」
カコ、と歯を鳴らして口に冷たい氷を入れる。冷たくておいしいけど、味気ない。
ジュース残しておけばよかった。凍らせる以外の残りは2人で分けて飲んじゃったからなぁ。
口の中で氷を転がしていると、なお兄ちゃんが水で濡らしたタオルを持ってきてくれた。
「はい、梨夏ちゃん。汗拭いて。」
「ありがと、なお兄ちゃん。」
汗だくだったから首とか顔も拭いて背中も拭こうとしたらうまくいかない。もたもたしてたら、なお兄ちゃんがあたしのティーシャツの背中を捲って拭いてくれた。
脇の下まで拭いてくれて、くすぐったくて『ひゃっ』って声出たら、なお兄ちゃんの顔が赤くなった。
「ありがとう。すごく涼しくなった! なお兄ちゃんは? 顔赤いし、暑いでしょ? あたし拭いてあげるよ?」
「お、オレはいいよ! さっき自分で拭いたから。梨夏ちゃん氷もっと食べる?」
なお兄ちゃんにもあたしがなんか出来ることあればいいのに。あ、そうだ。
「なお兄ちゃん飴玉持ってきたの、あげる。」
「ありがとう。うん、おいしいね。」
「なお兄ちゃんは飴玉ね。あたし氷食べる。」
「梨夏ちゃんの飴玉は?」
「1個しかないの。イチゴ味、おいしいでしょ?」
ボウルからちょっと小さくなった氷を取り出してまた口の中で転がしてると、なお兄ちゃんがすぐ隣に座る。
「梨夏ちゃん、あまい氷のつくり方わかる?」
「お砂糖かけるの?」
「ううん、特別な方法。梨夏ちゃんにだけ、教えてあげる。」
「どうするの?」
「氷1個、口に入れて。目をつむって。」
言われた通りにして目をつむると、ギュッと肩を抱きしめられて。柔らかいのと丸いのが唇にあたる。
口の中に、冷たいイチゴ味の氷ができた。
「………みんなには秘密。ね?」
ちょっと顔の赤い、なお兄ちゃんがニコッと笑った。
口移しで飴玉をもらったのに気づいて、びっくりして、コクコク頷くことしかできなかった。
口の中の氷がすぐに溶けちゃったし、たぶん真っ赤になってたと思う。
あたしのファーストキスは氷イチゴの味だっていうのは、ずっと誰にも言ってない。大切な秘密の話。
あまい氷のつくり方 春夜如夢 @haruno-yono
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます