秘密

夢 理々

鱗―ウロコ―

――ガチャ。


「ただいま。」

誰も居ない部屋に、とりあえず帰還の報告をする。

藤沢弘貴ふじさわ ひろきはコンビニで調達してきた弁当をレンジに入れて適当に温める。

その間にケトルに水を入れセットする。

コンビニの袋から味噌汁のカップを取り出し、フィルムを剥がし乾燥された具と生の味噌を絞りだす。

ネクタイを弛めたところで、レンジが鳴り、それとほぼ同時にケトルからもカチッとお湯が沸いた合図が聞こえた。


コポコポとカップにお湯を注ぎ、温まった弁当を持ってテーブルに運んだ。

テーブルといっても、床に座り、弁当と味噌汁と飲み物を置いてしまえば一杯になってしまうくらい小さなテーブルだ。


「そうだ。ビールビール。」

重要な飲み物を冷蔵庫に取りに行く。

冷蔵庫の扉を開けたとき、ドアポケットに何かが乗っていることに気づいた。

それは、薄ピンク色の1cmほどのうろこの様な物だった。


「なんだこれ…?」

何かが垂れて、ここで乾燥したのか?

光にかざすと、少し透けている。

特に気にもとめずゴミ箱に捨てた。



母親にはちゃんと自炊しろと言われるが、料理を作ってる暇があったら寝ていたいし、そもそもちゃんとした料理が作れるほどの部屋に住んでいない。

アパートの下がコンビニになっているから、この部屋を選んだと言ってもいいくらいだった。




「いらっしゃいませー。」

今日の店員は高校生の男の子だ。

ほぼ毎日来ているので、店員とも顔見知りになる。

「お疲れ様です。今日は何食べるんですか?」

そうだなぁ、と弁当が並ぶコーナーで考える。

「今日は、牛丼にするか。」

レジの台に弁当とみそ汁をだす。


「そういえば、鍵見つかって良かったですね。」


先週、部屋に入ろうとしたら鍵がないことに気づいた。寄るのはコンビニくらいだから、もう一度戻って聞いてみた。

その日は20代の女性の店員だった。他の店員に比べて、物静かであまり気さくに話すという感じでは無い。

「俺、鍵落とさなかったかな?」

店員は「いえ、見てないですね。他のスタッフにも伝えておきます。」

ありがとう、と礼をして部屋へはスペアキーで入った。スペアキーはあるが、見つからないとどうも気持ち悪い気がしていたが先日、店長から鍵が見つかったと買い物をしている時に言われたのだ。


「ほんと、安心したよー。ありがとね!どこにあったとか聞いてる?」

高校生は手をとめずに答える。

「川田さんが見つけたんですけど、どこにあったかは言ってなかったですねー。」

「日にち経っちゃったから半分諦めてたんだけどね。川田さんは今日は休みか。後でお礼言わなきゃ。」


川田というのは、あの20代の女性のことだ。

会計を済ませ、俺は袋を受け取りエレベーターに乗り込んだ。エレベーターのドアが開くと、中からキャップを被った人が出てきた。

住人だと思い軽く会釈をして入れ替わりで、エレベーターに乗り込んだ。



――ガチャ。

いつもと変わらず、帰還の報告をして食事の支度をする。

その前にトイレに行き、蓋を上げると便座の上にまた鱗のようなものが乗っていた。

先日見つけたものとは、少し色が違った。

今回は、薄紫色をしている。


「まただ…。」

壁紙の色とも違うし、トイレットペーパーの欠片でもない。

不思議に思いながらも弘貴はレバーを引き、鱗も一緒に水に流した。




「いらっしゃいませ。」

レジに立つのは川田だった。

弘貴は商品の入ったカゴをレジ台に置いた。


「川田さんが鍵みつけてくれたんだって?ありがとね。ほんと助かったよ。」

川田は一瞬手を止めたが、すぐに商品のバーコードを読み取りだした。


「いえ。ラックの下に入り込んでて見えなくなってたんです。」

「きっと、誰かに蹴飛ばされて潜り込んじゃったんだね。」


川田は、薄い水色の手袋をしていた。

揚げ物かおでんの仕込みでもしていたのだろう。

レジ横には湯気の上がるおでんが美味しそうな色をしてプカプカ浮かんでいる。


商品を受け取り、部屋に帰る。

弘貴は玄関のドアを開けた瞬間凍りついた。

床に真っ赤な鱗が5枚も落ちているのだ。



「なんっなんだよコレ!?」

弘貴は得体の知れない恐怖に襲われた。

ガクガク震えながら、赤い鱗を目の前に座り込んでしまった。




――「ありがとうございました。」

川田は手にはめていたゴム手袋をパチンと外した。

右手の爪には、真っ赤なマニキュアがベッタリと塗られているが、左手の爪には色がない。

そのかわり、爪は乾燥し傷ついたように白いささくれのようなものが爪の表面を覆っていた。



「…おかえりなさい。」




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秘密 夢 理々 @muriri

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