天童君には秘密がある〈プロローグ〉
ミコト楚良
プロローグ
今回の目的地は、ずいぶん
ふたりが転送されたのは、なだらかな山の山腹だ。
そこから、目的地を目指せということだ。公共機関で。
「バスが、朝と夕方にしかねぇぞ」
街道のバス停で時刻表をたしかめた
「田舎じゃ、そんなものじゃ」
「
「
少年は、どこ吹く風だ。
天童は、ちゃんと、この世界の衣服と文化を事前学習してきた。
中学生という図解を参考にし、その恰好をした。
白の開襟半袖シャツに夏の学生ズボン。時期的に衣替えの季節だ。季節外れの転校生という、触れ込みだ。黒のリュックサックを背負っている。リュックには大きめのマスコットをつけて、この時代の学生感を強調した。いつの間にか、学生は黒い手提げの皮鞄を持たなくなって久しいという。
「こんなところに本当に、
目の前には、牧歌的な田園地帯がひろがっていた。水田は一定の間隔で稲切りされ、青々とした若い稲が風にそよいでいる。
「ある。
深町は言い切った。
天元さまというのは彼らの上司であり、育ての親である。
10分ほど代わり映えのしない田園風景を見ていると、旧型のボンネットバスが向こうからやってきた。
バスの掲げた行き先表示には、『
彼らが今回、潜入する学園だ。
中高一貫校の
生徒は8割が寮生。2割が近郊からの通学者で占められるという。
「たしかに、学校なんてぇ閉鎖空間、ぷんぷん臭うよねぇ」
天童は背中の辺りが、ぞくりとした。
それは戦いの前の予兆でもある。
バスに乗り込むと、数人の先客があった。全員、学生だった。この時間帯はスクールバスの様相なのだろう。
座席はバス内部の中心を囲むように配置されている。
いちばんうしろの席に天童は行こうとした。
だが、そこは、すでにグレーのセーラー襟の制服を着た女子生徒が、ひとりで占領していた。
長い重めの前髪、肩までの黒髪、八寸(約24センチ)の扇子で口元をかくして、その涙袋のある涼やかな目が天童をとらえた。
「あれ。見かけぬお人。敵」
その声に、バスの中にいた生徒たちが一斉に抜刀——。深町が一本歯の高下駄で瞬殺した。
「——お見事」
女子生徒は、平然と座ったままだった。
「これなら、我が学園でもやってゆけることでしょう」
いつの間にか、倒したはずの学生たちは元通りに座っていた。
「しかーし」
女子生徒は立ち上がると、天童へ歩み寄った。
「そなた。何をしていた」
たしかに、何もしていない。
(だって、深町の手足が早いんだ)
しかし、ここで、「だって」なんて言ったら、かっこ悪い。
「
ドヤ顔で言っとこう。
「ほほ。たしかに。では、わたくしがお相手いたすっ!」
びゅう。
女子学生が右手で持っていた扇子が、横に重く風を切った。
「てっ、
(いきなりかよっ)
天童は飛びのいた。
「つか! 深町! 見物!」
深町は手近な席に座っていた。
「いやー。
「いらねー! 助けろ!」
「やだ。その人は強そうじゃ」
「ほほほほほほ」
女子は、バスの前方まで天童を追い詰めていった。
そして、致命傷をくらわす勢いで鉄扇をふり降ろす。
がっ、きぃぃぃん。
金属音。天童は、とっさに背負っていたリュックを前に回していた。
リュックの中には、1センチほどの厚さの
「くっ」
女子は
「おのれぇぇぇ!」
さきほどまでの涼やかな美少女の面影は、もはや、ない。
(やるしかないか!)
転校初日から、バトルになるとは思っていなかった。
いや、まだ、学校にたどりついてないし。
天童はリュックを
そのとき、ふいに女子から殺気が消えた。
「リヒたん……」
「え?」
天童は固まった。
「それ。限定リヒたん、だよね」
少女が指し示したのは、天童のリュックサックにぶらさげた、手のひらサイズの
「限定色の。リヒたんのお誕生日に発売された。本店だけで販売されて。開店30分で売り切れた」
「あ? そうなの?」
「そうだよ! アニメの、『いとしのリヒテンシュタインさま』のリヒたんだよ! 君も好きなの⁉」
さっと、深町が、しりもちをついている天童のそばに来て耳打ちした。
「話、合わせておいたほうがよさそうじゃ」
「うん。好き……」
「そっかー」
女子は
「よろしくね。転校生。リヒたん好きな人に会えて、
「は、はぁ」
「
深町は、こう見えて
「そ、そうだね」
天童はリュックから、たれ耳ウサギのマスコットをはずして、女子に差し出した。
「えっ! いいよぉ」
「そんな、そんな、物欲しそうに見えちゃった? 恥ずかし。それ、限定で! レアなんだよ! 欲しかったけど、ここ、田舎で東京遠いし……。欲しかったけど……。東京、わかんないし……」
最後、涙声になってきた。
「いいよ。オレ、たまたま、手に入れただけだし」
天童は女子の手に、たれ耳ウサギのマスコットを押し付けた。
「あ、ありがと!」
女子は両手で、ぎゅっと、たれ耳ウサギのマスコットを受け取って、胸のところで抱きしめた。
「あ! わたくしがリヒたんを好きなことは、ないしょだよ! みなの士気にかかわるからね!」
天童はバスの中の学生を見渡した。
皆、何も見なかった目をしている。
「うん。その代わり、オレたちのことも秘密にしてくれる?」
「もちろんだよ!」
「いいのか……」
今回の任務は、このノリなのか。
天童は、きらいじゃなかった。
〈
天童君には秘密がある〈プロローグ〉 ミコト楚良 @mm_sora_mm
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます