【SFショートストーリー】クロノスの星図と忘れられた漂泊者

T.T.

【SFショートストーリー】クロノスの星図と忘れられた漂泊者

 宇宙がまだ若く、星々が自らの運命を知らなかった時代の話をしよう。

 アルティアという名のこの女性は、星々を繋ぐ航路を司る航宙士だった。

 そして、ゼロと呼ばれる彼は、各世界の間を橋渡しする独自の能力を持つ、時空の漂泊者である。

 アルティアの船は、宇宙の知られざる領域を目指していた。

 その航路図は古代の文明が築き上げたもので、星図の精密さは数式と魔術の融合としか思えぬものだった。

 ゼロはその船に偶然乗り込んだ。

 彼の移動能力は、不意に彼を新たな宇宙へ投げ込むことがあったのだ。

 彼らが最初に言葉を交わしたのは、船の図書室においてである。

 アルティアは古い地図を解析していた。

 ゼロは彼女の隣に現れた。

 彼の現れ方はいつも予測不可能で、しかし決して恐怖を孕むものではなかった。

 彼は彼女の仕事に興味を示し、自らの時空を超える旅について語った。

 ゼロの話は、アルティアにとって新しい宇宙観を提供する。

 宇宙には数えきれぬほどの変遷があると、彼は教えた。

 星々の歴史、文明の盛衰、哲学の変遷、そして神々の忘れ去られた戦い。

 ゼロは、深い宇宙の静けさの中でアルティアに語り始めた。

「宇宙が息吹を持ち始めた時から、星々は彼ら独自の物語を紡ぎ始めたんだ。燃え上がり燃え尽きていく彼らは、生きとし生けるものの歴史そのものを記録している。文明の盛衰は、星の光が数十億年の空虚を旅して、我々の眼に届くことを待つようにして、彼らの経験を静かに保持している」

 彼の声は叙情的だが、同時に何世紀という重みを感じさせるものだった。

 こんにち知られている文明は、アルティアの目を通して見た氷山の一角に過ぎない。

 ゼロは、自分たちが知る宇宙の端々に散らばって存在した無数の種族と文明について語り続けた。

「僕が見た中で、最も意義深いものは哲学の変遷だ。それはただの思想や理論ではなく、意識そのものの進化を示している。種族は生き方を模索し、理想を追い求め、そして数多の神と対峙する。神々は尊敬され、畏れられ、愛され、時には忘れ去られた」

 ゼロの言葉の中で、アルティアは時という概念が星々の存在をどのように形作っているかを理解し始めた。

 文明が崩壊し、新たなものがその遺跡の上で栄え、種々の思想がくすぶりながら次第に薄れていった。

 そして、彼は神々の戦いについて語り始めた。

「ある神々は自らの名を宇宙の奥深くに刻み込み、星々のパターンを変え、歴史の流れに介入した。しかし、彼らの戦いは人間の物語とともに徐々に色褪せ、今や伝説としてしか語られない。我々はその影響を今も受けているが、その実態は忘れ去られた戦いの、かすかな残響の中でかろうじて感じるのみだ」

 アルティアは息をのんだ。

 彼女の前に立つこの漂泊者が語る、数えきれない星々の轍は、彼女がこれまで抱いていたどの物語よりも深く、壮大で、複雑だった。

 ゼロは彼女との対話を終え、次のように結んだ。

「我々の探究心は、この宇宙の秘密を少しずつ剥ぎ取るだけだ。しかし、それもまた一つの文明の歴史に影響を及ぼすことになる。星々の歴史を学び、文明の盛衰を目撃し、哲学の変遷を受け入れ、神々の忘れた戦いの痕跡を辿ることは、まさに永遠の旅路。アルティア、君と共にこの旅を続けられる光栄を感じるよ」

 アルティアはゼロの言葉に心奪われた。

 彼女自身も宇宙の謎に向けて情熱を燃やしていたからだ。

 彼の言葉からは、時間という概念を超えた理解が垣間見えた。

 そして、彼女は自らの宙船での任務を、もう一つの運命と捉え直すようになった。

 宇宙のある法則、それは運命を予言する。

 しかしゼロは、運命は選ぶものだと説いた。

 そして彼はアルティアと一緒に、その古の星図を手掛かりに新たな航宙の旅に出る決断をした。

 アルティアの宙船は、彼らの好奇心を満たすための培地となった。

 旅の途中、彼らは時折、不思議な文明と遭遇した。

 機械と生命体が融合したような種族、光の速度より速く感情を伝達する星間通信を使用する種族、自らを多次元宇宙の中心と信ずる預言者たち。

 それぞれが彼らに新たな視点と経験を与えた。

 しかし、ゼロとアルティアの旅には目的があった。

 それは、宇宙の誕生に関わる謎を解き明かすこと。

 そして彼らが目指す最終地点には、過去と未来が一点で交わる星、すなわち「クロノスの星」があった。

 そこでは、時間すらも意味を持たないという。

 クロノスの星にたどり着いたとき、ゼロとアルティアは運命の予言と対峙する。

 星は彼らに問いかける。

「運命か、自由意志か?」

 二人の選択は、未知の宇宙の新章を切り開くことだった。

 彼らは過去に縛られず、未来に固執せず、存在そのものを選んだのだ。

 彼らの物語は終わりのないものとなろう。

 宇宙という織物の中で、二人の旅はただの一編の糸として存在している。

 しかし、その一編が全体の模様を変え得る力を持っている。

 ゼロとアルティアはその力を理解し、その力を尊重していた。

 そうして彼らの物語は、宇宙の奥深くへと続いていく。

 星図の解読者と時空の漂泊者の間に生まれた絆は、これからも新たな神話を紡ぎ出していくのだろう。

 無限の可能性を胸に、二人は不確かながらも確かな未来へと旅を続けるのだった。


(了)

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【SFショートストーリー】クロノスの星図と忘れられた漂泊者 T.T. @shirosagi_kurousagi

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