ススト -Susto-

palomino4th

ススト -Susto-

林の中の長い道路は延々と続いた。

まだ昼間だが、雨にはならないままに、もやが視界を悪くしている。

助手席のサヤは、カーラジオから流れるひと昔前のポップスに合わせカラオケめかして唄っていたが、少ししてから途中で歌を止め、カーナビのディスプレイをいじった。

「……この先にコンビニあるね。そこで一旦停まりませんか」

「何か買うの?」

「『何か』。……と、お手洗い」

「あ、了解」

しばらく車を走らせても山が続き民家の影もない。

対向車線のすれ違いが時折あるが、前後には車の姿はない。

「コウくんは何かる?」

「そうだね……缶コーヒーと……何か惣菜そうざいパンでも」

目星をつけた店舗までは、それでもかなり距離がある。

蛇行した道が続く登り坂の上がもうじき 近づいてくる。

「ここまではH町で、坂の登り切った峠が境目になってO市に入る。国境を、超えると」

道路脇に立てられた『O市』という表示版をすり抜けると、見える光景は変わらないが気分だけは変わった。

下り坂になった道路を降りていく。

カーラジオが気象情報を流し、今日はこのエリアも終日霧雨きりさめ模様なのを知った。

スポットCMが商品名を歌い上げるのを一々ハモらせていたサヤが突然鋭く叫んだ。

「前!!」

当然僕にも見えた。

ペダルを踏んで急ブレーキをかけ、二人とも前のめりになった。

靄のかかった上に蛇行した山道、こちらの車線を落石がふさいでいた。

しばらく見てからゆっくりと対向車線を使い落石を避けて先に進んだ。

「サヤちゃん、電話してくれる?「#シャープ」の、えーと「9910」」

「何処?」

「『道路緊急ダイヤル』。道路に落石あるの、通報しないと。……」

サヤがスマホから通報をしているのを横に、暫く続く左側の切り立つ崖の方を警戒しながら運転をした。

「心臓に悪いな」通報し終えたサヤはポツリと言った。「崖崩れ、この先大丈夫かな」

「引き返すにもここまで来ちゃったら、抜けた方が早い気がするから行っちゃうけどね。一応、この先は法面のりめんが保護されてるところが続く筈だからそこまで無事なら」

「もう落石は無いよね」

「……鹿が飛び出してくるけどね」

「東京に?マジっすか」

「マジっす。東京だけど、出るよ、鹿……冗談じゃなくそれで事故とかあったからね。二輪で走ってる前に出てきたのがけきれずにぶつかっちゃって亡くなった人もいるみたいだし」

延々と続く道路も相変わらず靄がかかっていたけれど、その後の行く先には異常なく坂が終わった。


街道に入ると、頂を靄に隠された山々のふもとに民家や建物もうっすらと見えてきた。

道路脇に見覚えのある構えと配色の店舗が見えてきた。

広く取られた駐車場に車を入れて敷地の端の方に駐車すると、サヤは車を降りて小走りに入り口へ向かった。

車内で少し背もたれを倒して両腕を伸ばした。

サヤの手前、何でもなく振る舞ったけれど、落石には自分も血の気が引いていた。

仕掛けられた罠のように突然現れたようで、思い出すと穏やかならぬ気になる。

まあ二人とも無事で、そこは結果として運が良かった。

駐車場には少し離れた敷地の奥に、トラックが一台駐車しているだけで、それ以外の車は無かった。


と、道路をゆく車もわずかな中、歩道から現れた黒い影が見え、それは駐車場に入ってきた。

一瞬、何を見ているのか分からずぼんやりしたが、次の瞬間眼を見開いた。

ツキノワグマが一頭、入ってきた。

すぐ近くの山を通って降りてきたのか、ここまで誰の眼にも止まらずに。

車内からあたりを見回した。

周囲に人はいない、だが。

熊はのっそりと歩き、まるで目指しているかのように駐車場をコンビニの入り口に向かって歩いている……。

ハッとして車から店内の方を見ると、陳列棚の向こうにサヤの頭頂らしきものが見え、商品を選んでいるようだ。

ここからはレジのスタッフの姿が見えない。

ツキノワグマは雑食で基本は果実や木の実を食べるものの、いきなり出会でくわした時には危険だ。

人間よりも小柄な個体でも、敵う相手じゃ無い。

山中ならともかく、人間の生活圏にここまで近づき、まさか建物に入り込むなんて……。

だが熊はそのまま入り口に向かっているようだ。

僕は頭の中が入り乱れたが、息を止めてからイグニッションを作動させた。

駐車スペースから切り返し、熊に目掛けてハイビームとクラクションを鳴らした。

こちらに振り向き眼を合わせてから、熊は向きを変えて敷地の外側へと走り去った。

「どういう日だよ、今日は」僕は一気に力が抜けた。


改めて入口近くのスペースに駐車し、車を降りて入店した。

「え、何、クラクションしたのコウくん?」

サヤが買い物カゴを抱えて僕を見てきた。

うなずいてからカウンターにいる若いスタッフに声をかけた。

「すみません、つい今し方、駐車場に熊が出ました」

「……本当ですか?こんなとこまで」大学生らしきスタッフが眼を丸くしてガラスしに店の外を伺った。

「一応、この場合、市役所か警察にですかね、連絡しといた方が良いかもしれません。防災無線とかで近所に知らせとかないと」

スタッフはすぐに警察に連絡を入れた。

「コウくん、こういうの詳しいの」サヤが真顔まがおいてきたので、んなわけあるかと返事した。

「変な日だ。続け様に起こるなんてそういう日なのか」

苦い顔で言いながらサヤの持つ買い物カゴを覗き込んだ。

「コーヒー、カップのにする。熱いの飲んでしっかりしないと」


その時、自動ドアが開いてセンサー音がした。

同時に強烈な獣の匂いが店内に流れ込んできて……


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