とある転校生からの一生のお願い

どっぐす

え?

「一生の友! そして唯一無二の親友! そんなお前に、一生のお願いがある!」

「え?」


 彼は、ずいぶん重そうに頼みごとをしてきた。

 まだ十七歳なのに、いとも簡単そうに一生の友宣言をしてくるとか、唯一無二の親友宣言をしてくるとか、一生のお願いカードを切ってくるとか、そういうのはどうなのだろうか。


 そう思っていると、彼は膝をつき、勢いをつけて頭を教室の床に落とした。

 額で板を叩く、ものすごい音がした。


「え?」

「頼む! このとおり!」


 人が生で土下座するところなんて、初めて見た。

 いちおう、冗談ですということはない……でよいのだろうか。


 たしかに彼とは、いつも一緒にお昼ご飯を食べていた関係ではある。

 ただそれは、彼が転校してきたときに座った席がたまたま僕の隣で、ざっと学校のことを説明してあげて、机をくっつけて教科書を見せてあげて、その流れでお昼ご飯を一緒に食べたので、それが今も続いているというだけだと思う。


 彼は自分と違って人見知りしないタイプのようだし、ものすごく明るい性格だから、今では友達もたくさんいる。見かけもいいから女子人気も高い。転校後のチュートリアル期間はとっくの昔に終わっていると言ってよいだろう。


 そんな彼とお昼ご飯を一緒に食べ続けていることについては、正直なところ罪悪感が芽生えてきている。

 人気者である彼の貴重な時間を自分が拘束してしまってよいのだろうか? そろそろ距離をおいて開放してあげたほうがよいのだろうか? 「これからは別々に食べようか?」とこちらから申し出るべきか? 彼も今や義理で食事を一緒にしてくれているだけで、実は迷惑に感じているのではないか? そう悩んでいたところだった。


 そんな中でのこのお願いである。正直なところ、困惑した。

 ただ、断るのもなんとなく気が引けた。




 結局、言われたとおり、次の日に要求されたものを持ってきた。


 でも、やはり思う。

 彼はそんなに軽々しく僕を重要なポジションに位置付けるような発言をしないほうがよかったのではないか。少し軽すぎやしないだろうか。僕は単なる転校後に最初にできた友達というだけだと思うし。

 さらに、その一生のお願いカードで要求したものが……。こんなもので彼は良かったのだろうか。やはり実はふざけていた、もしくは冷やかしなのではないか。


 そうやって、うーん、と思っているうちに昼休みになってしまった。

 仕方ないので、彼の前でバッグから約束のものを取り出す。


「おお! 持ってきてくれたんだな! サンキュ!」

「え?」


 出した瞬間に、サッとぶんどられた。


「感激だぜ! お前が作った弁当を一度食べてみたくてさ!」


 お前の弁当は誰が作ってるんだ? と聞かれ、「いちおう自分で」と答えたらこうなった。

 僕が弁当を自分で作ってきていたのは、単に両親が忙しいからだった。料理なんて得意でもなんでもない。だから弁当は見た目もよくなく、お世辞にも美味しそうには見えなかったはずなのに。なぜ?


「俺、幸せ!」

「え?」

「いただきます!」


 なんで? と思っているうちに、彼は弁当箱のフタをあけ、端に配置されていた玉子焼を箸でつまんでいた。


 そして、力強く持ち上げて……。

 彼の箸から、玉子焼が滑った。


「あっ! やべっ」

「え?」


 勢いよく打ち上げられ、放物線を描いて、飛んでいく玉子焼。

 最高点に達すると、加速度を持って落下し始める。

 そして床に落ち……


 ……ずに、床上30センチくらいのところで、玉子焼がぴたりと止まった。


「え?」


 そのかなり上方には、彼の左手がかざされていた。

 何やら手のひらから青い光が照射されている。昼間、しかも窓際なのにはっきり肉眼で確認できる、強い光だった。


「え?」


 その光がさらに強さを増した。

 すると、宙でとまっていた玉子焼がゆっくりと上にあがっていき、彼の手のひらのすぐ下で一時停止した。


 次に彼は手をゆっくりと横に動かした。玉子焼も宙に浮かんだまま手に合わせて移動していく。

 そのまま弁当箱の真上に到着すると、彼の手の光がフェードアウトして消えた。

 同時に、玉子焼は弁当箱の元のポジションへ。


 彼は一度胸に手を当て、大きく息を吐いた。

 そしておそらくは安堵の笑みとともに、俺の顔を見た。


「あっぶねえ! お前からの頂き物をダメにしちまうところだった!」


 続けて彼は天を見上げる。


「女神さま! ありがと!」

「え?」


 僕がポカーンとしていると、彼は頭をかいて、照れながらも豪放に笑うという器用なことをした。


「あっ、悪い悪い。びっくりしたよな? 今のは魔法だ! 念動の魔法!」

「え?」

「いやー、今まで誰にも言ったことなかったけど、俺、実は異世界から記憶を持ってこっちに転生した人間でさ! 地球人は魔法使えないから、こんなの見せちまったらさすがに混乱させちまうよな! お前が飲み物飲んでるときじゃなくて本当によかったぜ! もしそうだったらヤバかったよな? ホントにごめんな!」

「え?」

「でも玉子焼みたいな軽くて小さなもんを魔法で小さく念動させるの、まあまあ難しいんだぜ。でも、ちゃーんと威力を調整して、行き過ぎて手にべちゃっとつけたりもなかったし、形も崩れてねえし、普通はここまではできないぞ。見事だったろー!? 俺、自慢じゃないけど向こうだと最年少で宮廷魔術師になってたから、まあまあ魔法は自信あったんだ。念動だけじゃなくて、火魔法も水魔法も地魔法も回復魔法も補助魔法も得意でオールマイティな魔法使いさ!」

「え?」

「ああ、心配はご無用だ! こっちに転生するときに女神さまから言われてたけど、俺がこの人生で魔法を使えるのは一回だけなんだってさ」

「え?」

「いや、ほら、地球は魔法がない世界だろ? ホントは一回も使えなくなるはずだったんだけど……というか普通は転生したら記憶もないよな。アハハ。けど俺は前の世界での貢献が評価されて、女神さまの出血大サービスで今回限りということで記憶付きで転生して、魔法も特別に一回だけ使えるようにしますって言われてた!」

「え?」

「ということで、いきなりこの世界ではありえないことをしてお前をびっくりさせたりリアクションに困るような感じにさせたりは、もう一生しないぜ! というかもうできないからな! だから安心してくれよ!」


え?




(完)

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