サナギの夢

押田桧凪

第1話

 羽虫になった夢を見た。段々とそこが夢だと分かるくらいに景色が薄れてきた頃、本当に羽虫になれたらいいのにと思いながら飛んでいたら、そこでようやく人間の手にぱちん、と挟まれた。その瞬間に目が覚めた。最初からそうなることを望んでいたみたいだった。


「取ってきたけん。おまえのために」「なにが」「なにがって、気をつけてばれんようにしたとばい」「そうやなくて。盗んできたの間違いやろ」「ひど」「ひどくないし」


 いつも誇らしげにあなたが差し出してくるゴーヤ、茄子、みかん、柿、銀杏ぎんなん(これは神社の敷地に落ちていたものを拾ってきただけかもしれないが)からおれは外の季節を知った。相部屋だというのに、古封筒に入れて持ってきた銀杏の匂いが病室に充満した時はさすがにおれは困った。一本、一個単位で買えないものはそうやって動物のごとあなたは調達してきた。海外の映画にあるような花屋の軒先から一本頂戴するシーンに憧れたのか知らないが、どこで道を踏み外してしまったのだろうと考えた。


 静かにおれはコートの裾を掴んだ。かろうじて動かせる小指で。あなたはそこに小指を絡めて、指切りをするごと体を引き寄せて笑った。ふっと長い前髪が浮いて、白い歯が見えた。「いつかバチが当たっても知らんけんね」と子どもを咎めるような口調に反して、そんなことを言える立場でもない情けないおれの体を含めて、笑ってほしかった。


 あなたがドアが完全に閉まりきる瞬間まで手を振ってくれなくなってからの日数を、おれは数えていた。これが最後かもしれないから、そういう「また」を期待させないためなのだとしたらもう来なくていいよと言いたかった。言う勇気は無かった。あなたが好きだった。「すいとうよ」なんてこっちの人はそげん使わんけど、あなたのことを、ほんとに、すいとったとよ。そう言いたかった。


 それから、卒業文集の個人ページの、「生まれ変わったら何になりたい?」なんていう軽く埋めるだけの質問欄に『人間以外』って書いたのがおれしかいなかったこととかそういうことを不意に思い出したようにあなたは一息で話し出したかと思うと、「悲しかったっちゃん、一緒になれんで」と言った。もし、おれが羽虫だったらあなたのてのひらに挟まれてそれから……。いや、やっぱりなんでもない。


「おやすみ」


 夜でもないけど、カーテンが引かれたままのここでは有効な挨拶をあなたが言う前に言った。これが夢でもよかった。

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