慣れないことをしてみた話

ふじこ

慣れないことをしてみた話

 普段なら信じない占いを信じてみようかなと思ったのは、別れた彼女に言われたことがやっぱり少しはショックだったからかもしれない。

「安いからって仏滅に結婚式しようとするなんてありえない」

 やっぱり、そんなに気にすることか、と思う。でも、僕が本心ではどう思っていようと、彼女の気持ちに寄り添っていれば、こうはならなかった、結婚を前提とした転勤を急に断って会社で肩身の狭い思いをしなくても済んだということだ。

 大学を卒業して、今の会社に入ってすぐに付き合い始めた彼女のことが、それなりに好きだったんだなあと思う。系列会社の営業事務をしていた彼女は、結婚を具体的に考え始めたあたりで仕事をやめて、いま、どう生活しているのだろうか。そういう点でも、少しばかり、別れたことを後悔しているのかもしれない。

 ともかく、テレビで流れた星占いで最下位、別のチャンネルで流れた血液型占いでも最下位、さらに別のチャンネルで流れた誕生月占いでも最下位だったので、それらに共通していたアドバイスに従ってみようと思う。

「家にいないこと」

 ただそれだけのことだ。


 しかし、趣味らしい趣味もない僕に、一日外出して過ごすというのはなかなか難しいことだった。

 本屋。おもしろくない。仕事に関する本を見て気分を害する。

 家電量販店。壊れた家電もないのに見る意味が分からない。

 服屋。高い。店員に話しかけられるのがうっとうしい。

 カフェ。居心地が悪い。

 少しばかりマシだった純喫茶の、窓際の席に落ち着いてコーヒーを飲み、新聞を読んでいると、ようやく昼下がりと呼んでいい時間になった。あと半日ほど、何をして過ごせばいいやら。

 コーヒーが空になる。おかわりを頼もうかと思ったところで、外がにわかに騒がしくなった。何事かと外を見れば、秋祭の神輿が通りかかったらしい。そういえばそんな季節だったか。

 えんやえんやと騒ぐこどもの声に、自分にもそういう時期があったのをふと思い出す。あの頃は何にも一生懸命で、多少後ろ指をさされるのも気にならなかった。今も大して気にしないけど。マイペースなのは僕の美点ではあると思う。彼女は、もっと僕に合わせてほしかったのかもしれないが。

 会社から、当初予定地とは違う場所にでも転勤自体は必須だと言われた。確か、候補に地元近くの支社もあったはずだ。

 どうせ身軽になったなら、初心に戻って、それから考えるのでも、悪くないかもしれない。


 結局純喫茶に居座って、珍しく交換していた上司のプライベートのアドレスと何往復かやりとりしていたら、日が暮れた。

 ただで居座るのも悪いしと、コーヒー以外にそこそこ食べものも注文したから、腹が膨れている。夕飯はいらないだろう。もし腹が減ったら、冷蔵庫の中のものを適当に食べればいい。彼女が買いだめしていた生鮮食品は、まだ腐ってはいないだろう。

 丁字路を右に曲がると、アパートの前に、パトカーが止まっているのが見えた。大家のおばちゃんが、警察官と話している。そして、僕に気がついた大家のおばちゃんが、大きな声と身振りで僕を呼び寄せた。

 駆け寄ったところから見えたのは、何か固いもので殴られたりしたのか、見るも無惨にひしゃげて、ドアとしての体をなさなくなったドアだった。

「夕方ごろに、あなたの彼女だっていう女の人と、あと、男性と女性とが数人ずつ、ものすごい剣幕でやってきてね……」

 大家のおばちゃんの説明だけで、何が起こったかなんとなく察せられた。と同時に、先ほどまでの上司とのやりとりの最後の方に、「そういえば」と上司が教えてくれた情報を思い出す。

「よりを戻したいなら、すこし気をつけろよ。彼女、辞める前、強引な宗教の勧誘で問題になってたから」

 結婚したあとの地元への転勤を強く希望していたのもそういうわけか、と合点がいく一方で、そんなことぐらいで忠告をしてくる上司もどうかと思っていたのだが。

 周りの言うことも少しは聞いてみるものだ。在宅していたときに起こり得た最悪を想像して、それから逃れられた安堵に、その場にへたり込みそうになった。

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