ハコちゃんは友達
叶あぞ
ハコちゃんは友達
ハコちゃんとわたしがしているアブノーマルなセックスのことを知っているのは、当事者であるわたしたちだけだ。わたしは友達を作ることに抵抗がないタイプの人間であるけれども、彼氏がいるくせに年下の女の子をセックスフレンドとして囲っているなんてことが知られるのはいかにも外聞が悪い。
ワンルームマンションには似合わない大きめの布団を買ったおかげでハコちゃんと友情を確かめ合うのには困らない。ついさっきまで激しく喜ばせてあげたせいでハコちゃんは素っ裸のまま仰向けで目を閉じている。
はっきり言ってハコちゃん個人に対しては友情以上の感情を持てなかったし、お楽しみが終わったら用もないのでさっさと帰ってほしかった。だけど前にそれをやって大いに機嫌を損ねたので、それ以来ハコちゃんの方から帰ると言い出すまで待つようにしている。
だけど今日は例外だった。
というのも、これから彼氏の稔くんがやってくるのだった。
そんな日にセックスフレンドを家に呼ぶというのは馬鹿みたいだけど、どうしてもしたくなったから仕方ないのだ。この劣情を稔くんにぶつけるわけにはいかないのだ。
わたしは余韻に浸るハコちゃんの肩をゆすった。ハコちゃんは切れ長の目を開いてわたしを見上げた。
「ごめんね。悪いけど、このあと約束があるから」
「彼氏?」
ハコちゃんは図星を突いてきた。わたしは「パンツどこにやった?」とはぐらかしてハコちゃんを追い立てた。
「待って。煙草――」
「はいここは禁煙」
ハコちゃんをバスルームに放り込んでから、わたしも服を着てカーテンを開けた。布団を畳んで、セックスの痕跡を片付ける。
すぐにハコちゃんが戻ってきた。勝手にうちのタオルを使って髪を拭いている。ハコちゃんが服を着るのをわたしはイライラしながら待った。
ハコちゃんはいつもより物分かりよく、キスだけで部屋を出て行こうとした。
「……ウチも彼氏さんに会っていい?」
「絶対ダメ!」
ハコちゃんが出て行ってからわたしもシャワーを浴びた。濡れたタオルや汚れた下着はまとめて脱衣カゴに放り込んだ。
少し待っているとインターホンが鳴った。
玄関に迎えに行くと稔くんが待っていた。
「稔くん~いらっしゃい!」
自分が一番かわいく見えるように笑顔を作った。
たぶん今日も稔くんとセックスすることになるだろう。ちゃんとそれ用の下着にしてあるし、ゴムの用意もばっちりだ。
稔くんのためにわざわざお茶を沸かしていると、さらにインターホンが鳴った。
嫌な予感。
居留守を使った方がいいかと思って待っていると、インターホンが連打された。
「出ないの?」
稔くんが不思議そうに言った。
仕方なくドアを開ける。
ハコちゃんが立っていた。
「ごめーん、忘れ物しちゃった。入るね」
「あ、ちょっと」
止める間もなくハコちゃんは玄関にブーツを脱いで上がり込んだ。いつもはブーツの脱ぎ履きにもたもたしてるくせに今日は残像を残すみたいにするりと脱げていた。
「あら~もしかして彼氏さんですかぁ~?」
「ど、どうも」
稔くんが恥ずかしそうに会釈した。
「はじめましてー、『ハコちゃん』って呼ばれてます~、わー、彼氏さんやさしそー」
「ハコちゃん、忘れ物があったんじゃなかったっけ?」
「ねえ彼氏さんってどれくらいのペースでセックスしてるんですか? ねえセックスくらいしてますよね?」
「そういうことは聞くもんじゃないよ」
「どっちが攻めですか? 彼氏さんってSMできるんですかー?」
「ハコちゃん」
「うちはできますよー。『フレンド』なんで」
「ハコちゃん!」
わたしはハコちゃんの腕を掴んで無理やりバスルームに連れて行った。
「どういうつもり?」
「……あんたにはウチがいるもん。彼氏なんか必要ないもん」
「前にも言ったけど。ハコちゃんのことはそういう目では見れないから」
「ウチとは体だけの関係ってこと?」
「別に……友達だよ。一緒に遊びに行ったりとか」
「恋人はムリってこと?」
わたしは頷いた。
ハコちゃんとの付き合いはそこそこ長いから、ハコちゃんが涙をこらえているのが分かった。その表情を見て、わたしは、またむらむらと、情欲が湧き上がるのを感じた。ハコちゃんは、泣きそうになっているときが一番可愛い。布団の上でいじめているとよくこうなる。だけどギリギリまでいじめてから気持ちよくしてあげるとそれはそれは乱れるのだ。
「……ごめん。後で連絡するから」
そう言ってわたしはハコちゃんを部屋から追い出した。ブーツを履くのにもたもたと時間をかけるのを辛抱強く待った。
こうしてわたしは、本当に大切なことが何なのかやっと気づいて、稔くんと別れてハコちゃんと付き合うようになった。
というようなことはなく、稔くんには振られたしハコちゃんとも気まずくなってそのまま別れた。
ハコちゃんは友達 叶あぞ @anareta
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