第二話「裏切りの装備品」
ピンポンパンポーン⤴︎
以下エッセイには若干の「汚い表現」が出てきます。苦手な方はブラウザバックするか、暗闇の荒野に進むべき道を切り拓く覚悟を持って読んで頂けると幸いです。
ピンポンパンポーン⤵︎
さて、第一話は装備品である
さて続く第二話行きましょう。これは私がリアルに死んだ話です。え? いやお前生きてんじゃねーか、って?
コレは私の持論ですが、死には三種類あると思うんですよ。ひとつは言わずもがな「肉体的な死」です。脳が破壊されたりとか、心臓が動かなくなったりとか、致命的な傷を負ってしまった、つまりは肉体の終焉ということですね。
そして二種類目は「精神的な死」。心が破壊されるという死ですね。これはねー、肉体的よりある意味キツいと思います。だって心は死んでしまったのに肉体は生きている、つまりは生きながらにして死を感じるという何と言うか表現できない苦しさがあると思います。
それじゃあ三種類目は何かと言う話ですが、ハイそこの勘の良いあなた! 正解です。そうです、最後は「社会的な死」です。英語で言うと「social death」、なんか無駄にカッコいいですが現実は全然カッコよくありません。
だってね? これは肉体も精神も生きてるけれど社会的には死んだってことで、要は「いっそのこと殺して欲しい」ということに他なりなりません。ハイ、今回はそんなお話です。
◆ ◆ ◆
ところで皆さん、いきなりですが健康診断って受けてますか?
私は実は転職組でして、前の会社は健康診断を自分で受けて、後で会社からお金出してもらえるみたいな感じだったんですよ。懐かしいなぁ。
で、今の職場である警察ってそれなりに職員が多いので、職員数多いなぁ面倒くせぇなぁヨシ一気にやっちまえって感じで、署に健康診断してくれる機関が来てくれるんです。
検査項目は、血液検査、尿検査、眼底検査、心音検査、視力聴力検査、身長体重体脂肪、検便、問診、胸部X線、そして……胃部X線検査。
そう、バリウムですバリウム。あの地球以外の重力をも感じる「え? なんかコレ重くね?」って飲むヨーグルトに似た白い液体のバリウム。
あれをワタパチとかサーティワンのポッピングシャワーとかに似たシュワシュワする発泡剤と共に胃に流し込み、込み上げるゲップを我慢しながら、エヴァのエントリープラグみたいなのに乗って自分でグルグルして機械にもグルグルされるあの検査です。
いやぁとにかく、バリウムなんて
「え? まだバリウムやってんの? それお前並みに意味ないで?」
と看護師の妻にドン引きされ続けてるんですが(医療従事者によるとバリウムはあんまり効果がないらしい)、安いからなのかどうなのか知りませんが、とにかく我が組織では胃を調べるのにまだバリウムを使ってます。
あれマジ苦痛ですよね。やったことない人います? いや汚い話なんですけどゲップを我慢すると気分悪くなって来て、でもゲップすると検査やり直しになるので気合いで我慢するワケですよ。追加で発泡剤もバリウムも飲みたくないし。
でね? いやこれも汚い話で恐縮なんですが何故か屁が出そうになるんですよね。いや出しませんよ出しません。ここも我慢だから。大人だから。
でもほら、機械でグルグルされて逆立ち状態になった時、油断すると出そうになるよね? ならない? 私だけ? 特異体質? それとも頭の異常かしら?
まぁとにかく検査中はゲップも屁も我慢するワケですが(大人だからね)、大問題は実はこの後なんですよ。一部では意味がないと言われる
当番日っていうのは24時間勤務をする日です(実質は27時間強勤務だよ!)。事務方の人や専務の人(刑事課とか交通課とか)は基本夕方までの日勤なのでそんなにバリウムのダメージはないと思うんですが、三交代勤務はマジに辛い。だってバリウムの前日は夜から絶食して、翌朝にバリウム飲んで、そしてそのまま24時間以上の勤務で家に帰れないんだぜ?
つまりどういうことかと言うと、腹に白き悪魔を抱えて24時間耐久レースするってことなんだぜ?
わかりますかこのヤバさ。いつ爆発するとも知れない
お巡りさんの仕事はいつやって来るかわからない110番に対応することなんですよ。もちろん便意もいつやって来るかわからない。つまり。
トイレに行こうと思った時、110番通報が来ると詰むということです。
——賢明な読者の皆様ならもうおわかりですね?
そうです、そうなんです。ただでさえ24時間勤務はキツいのに、健康診断の日はバリウムを腹に抱えて、出来るだけ早く出し切らねばならないというミッションが追加されるんです。
バリウムを飲んだ方ならわかると思いますが、このバリウム、実は放っておくとお腹の中で固まります。そして最終的に便が出なくなって最悪死に至るという、もはや意味のわからん検査なのです。
健康かどうか調べるために検査をしているハズなのに、これでは自分に負荷をかけるトレーニングになっているという意味不明状態。
まぁとにかく、バリウム検査の当番日はマジやべぇということです。頭オカシイのかな、我が組織。まぁオカシイんだろうなぁ。
ちなみに、バリウム検査をすると必ず貰えるものって何か知ってます? 「必ず貰える!」なんて言うとサービス開始したてのソシャゲのスーパーレアなキャラとかを想像すると思いますが、貰えるのはそう、下剤。白き悪魔を体内から外へと無理矢理排出する、攻撃力に全振りしたようなバフアイテムです。アイテム説明テキストは多分こんな感じ。
【
古の検査で使用する「バリウム」を体外に排出するアイテム。バリウムにはデバフ効果があり、長時間体内に留めると硬化して「白き悪魔」へと変貌し対象を死に至らしめるが、この下剤を使用することでその死を回避できる。
しかし白き悪魔を体外に排出するタイミングは完全ランダムであり、下剤使用者にそれを制御することはできない。
『さぁ飲めよ。伸るか反るかの大勝負。覚悟はいいか? オレは出来てる』
というワケで、もうおわかりですね?
でもね、ちょっと言い訳させて下さい。普通はね、交番勤務ってのは複数で行うんですよ。例えば◯◯交番には3人いて、□□交番には2人いる、みたいな。そうするとデカい事案が入っても複数対応できるんですけれど、私は何故か一人交番なんですよ。当然、私一人で対応出来ない時は隣の交番から応援を貰うワケですけど、基本自分の受け持ち区には所管区責任ってモノがあって、率先して対応しなければならない。
そして事件は起こりました。なんてことない普通の物件事故対応中、私の中の白き悪魔が突如として暴れ出したのです。もうね、世界が音を立てて崩れた瞬間です。
白紙に必要事項を書いていた文字が震え、額には脂汗。こいつぁやべぇなんてもんじゃあねぇ。カッと目が見開き、いきなり悪魔との戦いが始まったのです。
幸い、物件事故対応はまもなく終わる。必要事項も全て聴取したし、最悪連絡先を押さえたから、足らずがあれば後で架電すればいい。しかし。だがしかし。
この現場から交番までは、あまりにも遠い……ッ‼︎
でも警察官は単車で活動してるワケで、スピードは徒歩のそれより速い。もちろん交番までの帰り道は法定速度ギリギリを攻めるつもりですが(速度超過する可能性大)、単車の揺れ、そしてストップ&ゴーから来るGが白き悪魔を刺激するのは必定です。もし次の事案が入れば全力で誰かに代わって貰いますが、これだけは、つまり白き悪魔の世話は誰にも代わって貰えない。
——そんな時、ある先輩のセリフが思い起こされました。健康診断の時、笑い話として聞いていた話です。
「おい薮坂。冗談抜きで、パンツの中にトイレットペーパー仕込んどけよ。これはマジ話や、何重にも折りかさねろ。いやアホかて思うやろ? オレもそうやった、初めはな。なに言うてんねん、我慢くらいできるわ大人やからな、ってな。でもそれが——、つまりは見通しの甘さが、オレの社会的な死因になったんやなぁ……」
その先輩は、何かを諦めたような、それでいて悟りを開いたような、とにかくアルカイックスマイルで言っていたのです。その様が私の脳裏をよぎりました。そして同時に確信したのです。
——あぁ。これで私も死ぬのだな、と。
しかしそうは言うものの簡単には諦められない。何せ、当番が始まってまだ半日も経っていない。つまりもしここで粗相をすれば、向こう12時間以上、社会的に死んだまま働かなくてはなりません。そんなことが可能でしょうか? 否、断じて否。
想像してみてください。県民市民が助けを求めて警察を呼んだのに、来た警官が「クソ警官」ではなく「クソと警官」だったら——。
背に腹は代えられない。ケツもその他には代えられない。私は物件事故の当事者たちに対応終了を乱暴に告げると、即座に単車に飛び乗りました。
そして法定速度(もちろん+α)でブッ飛ばし、あらゆるコーナーをレコードラインで走行しました。しかし現実は厳しく、当然赤信号に引っかかるワケです。
チクショウここまでか。さすがに信号無視は出来ない、クソを漏らしても法の執行者たる警察官としてそれだけは!
でもまぁ警察官うんぬんの前に漏らしてしまったらもう「人として」ダメなんですよね。なので私はケツ断しました。まだ間に合う。先輩の遺言は——、私が受け継ぐと!
私はポケットティッシュを一束丸々取り出すと、恥を忍んでパンツの中に捩じ込みました。するとどうでしょう。えも言われぬ安心感があるではありませんか。いやコレは全能感? 万能感? とにかく「もう大丈夫だ」という強い気持ちに包まれたのです。ポケットティッシュの束が伝説の盾「ロー・アイアス」を超えた瞬間です。
たとえ多少漏れ出たとしても、ロー・アイアスがあればノーダメージ。つまりパンツさえ守れれば勝ちなのです。さながらアレです。サッカーで失点して絶望したのに、よく見ると副審が旗をあげてオフサイドを主張している「助かった感」。
私はこれらの「無敵感」に包まれ、心に余裕ができました。するとどうでしょう、白き悪魔の猛攻がやわらいでいるではありませんか! やはりロー・アイアスは全ての攻撃を防ぐ伝説の盾! 私は余裕シャクシャクで交番へと帰所しました。
この戦い、もらったも同然……ッ!
しかし私も歴戦の猛者、ここに来ての気の緩みはケツの緩みと同義と心得ています。勝ちを確信するのは便座に座ってからだと、ね。
トイレを目の前に死した者どもを、私は知っている。同じ過ちは繰り返さない! 私はそれを強く念じて交番に飛び込みました。
そしでここで「一人交番」というのが初めて効果を発揮します。一人交番は、つまりは私だけの交番。
——故に、トイレ待ちというものは存在しないッ!
フゥーハハハ、勝ったッ! 私はやったんだ! 白き悪魔をこの手で排除し——、
……はい、ここで冒頭を思い出して下さい。
わかります? 簡単には外れない。そう、外れないんです、簡単には。
——その後どうなったかは、もうおわかりですね?
【終焉】
実録警察24時! 〜ポンコツ警官危機一髪〜 薮坂 @yabusaka
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