Just wanna eat meat.
暇崎ルア
Just wanna eat meat.
(明るい配色がされたスタジオ。満面の笑みを浮かべたブロンドの女性がカメラに笑顔を向けている)
「素晴らしい未来を持っているみなさん、こんにちは! 『ワンダフル・スクール』の時間です!
私は、共に学びを深めていくエレノア。隣にいるのは……。あら? トミーがいませんね」
『……おーい、ちょっと待ってよう!』
(画面外からスライムのような青い人型のキャラクターが入ってくる。何かを食べているのか、口を動かしており、口のまわりには食べかすがついている)
「……まあ、トミー! ダメじゃない、もうスクールは始まっているのに」
『ごめんなさい。おやつを食べていたら、こんな時間になっちゃったんだよう。……もぐもぐ』
「まったく、仕方ありませんね」
『だって、お腹減っちゃったんだもん』
「そうね、私たちは何かを食べないと生きていけませんし、お腹が減ったら何もできませんからね」
『そうだよ! でもエレノア、どうしてボクたちは何かを食べないと生きていけないの?』
「それはね、トミー。私たちは食べないと栄養を摂ることができないからよ」
『えいよう?』
「私たちが生きるために必要なエネルギーのことです。例えば私たちが使っているスマートウォッチやデジタルモニターを動かすには『電気』というエネルギーがないといけません」
『うんうん。充電しないと使えないよね』
「その通り。同じように私たちも、エネルギーが必要です。私たちが生きていくのに必要なエネルギー、それを『栄養』と言い、様々な種類があります」
(左手を宙にかざすエレノア。『栄養』という大きなタイトルが描かれたスクリーンが現われる)
『そうなんだあ!』
「そうなの。私たちが勉強したり、運動したり、UWの発展と未来のために活動をするためには、栄養を摂らなくてはいけないのよ」
『じゃあ、ボクが今食べているこのおやつからも栄養が摂れるの?』
「もちろんよ! トミーが今食べているコーンスティックからは、食物繊維やビタミンを摂ることができるわ」
『すごうい! そんなすごい食べ物、一体何からできているの?』
「それはね、植物からできているわ」
(再度手をかざすエレノア。空中のスクリーンに『植物』という字と様々な植物の写真が並ぶ)
『植物ってなあに?』
「プラントハウスで育てられる生物のことよ。太陽の光や水、化学肥料などを栄養としていて、サラダに入っている豆や野菜、白いライスになる米やブレッドを作る小麦など私たちの食べ物になる実をつけてくれる、とっても大事な存在なの」
『じゃあ、ボクが今食べているおやつも植物?』
「そうよ。コーンスティックは『とうもろこし』という植物が原料になっているし、味付けをしているパウダーも全て植物からできているの」
『じゃあ、ボクたちが食べている食べ物はぜーんぶ植物?』
「その通り!」
『すごいなあ! でも、植物ばっかりだ。それ以外のものは食べられないの?』
(顔をしかめるエレノア)
「残念なのだけどトミー、それはできないの」
『えー、どうして?』
「ここからは昔の人間たちの話をするわね。ねえ、トミー。『家畜』と言う言葉を知ってるかしら?」
『あ! デジタルブックで古い写真を見たことがあるよ! 人間以外の動物のことだよね?』
「その通り! 昔の人間たちは牛や豚、鶏などと言った動物を育てていました。私たちが食べる『お肉』という食べ物にするためです」
(スクリーンの写真が、エレノアが言った動物のものに切り替わる)
『ふうん』
「しかし今から三十年ほど前、家畜だけが感染する謎のウイルス『エクスティン』によって、ほとんどの動物たちが死んでしまったの」
『えっ、じゃあお肉がなくなってしまったってこと?』
「悲しいけれど、そういうことなの。研究者たちは、エクスティンを根絶させようとあの手この手を尽くしましたが、瞬く間もなく家畜たちは絶滅してしまいました。お肉が食べられなくなったことで人間と人間が戦ったり、栄養不足となったことで大勢の人間が亡くなり、たくさんあった国のほとんどが滅びてしまいました」
(スクリーンに六大陸の地図が映し出されるが、大きく赤いバツがつく)
『そんなあ……』
「しかし、生き残った大勢の人間たちが集まって、新たな国を作ったの。それが、私たちが今住んでいるUW。残った国が集まってできた一つの大きい国です。古い時代で悲しいことがあってから、UWは新しいルールをいくつか決めました。その中に『UWの人間たちの食べ物は全て植物で作る』『肉は食べない』というものがあるの」
『お肉になる家畜が全部いなくなっちゃったからだね』
「そう。でも、完全にお肉が食べられなくなってしまったわけではないのよ。向上心にあふれて聡明なUW政府は考えました。そこでたくさん作られたのが『プラントミート』です」
『プラントミート?』
「植物でできたお肉のことよ。家畜たちがいなくなってしまう昔から存在していたのだけど、全ての人間が食べていたものではなかったの。しかし、お肉が完全に食べられなくなった新しい時代で食べられるお肉として、向上心にあふれて聡明なUW政府はこのプラントミートをたくさん作ることに決めました。ねえトミー、ハンバーガーは食べたことはあるかしら?」
『もちろん! ミスター・スミス・ファスト・カウンターのハンバーガーはボクの大好物さ』
「ふふふ、私もよ。このハンバーガーに使われているパティも昔は家畜のお肉でできていたのよ」
『え、そうなんだあ!』
「でも、今ではプラントミートのお肉に変わっているの。本物ではないけれど、昔の人間が食べていた家畜のお肉にそっくりの味と食感に作られているのよ」
『すごうい! これも全てUW政府のおかげなんだね!』
「そうです。全ては素晴らしい未来を持っているトミーやスクリーンの前のみなさんのためなのよ」
(カメラに向かって微笑むエレノア)
『ようし、ボクもおいしいご飯やおやつをたくさん食べて、UWの役に立てるよう頑張るぞ!』
(ガッツポーズをするトミー)
「今日のスクールはここまで! それではみなさん、またお会いしましょう!」
(UW政府教育省公式映像教材「ワンダフル・スクール 第四回 食」より)
~~~~~~~~~~
日が暮れて、あたしのアパートメント近くの廃キャンプ場跡にテルはちゃんとやってきた。手にはたくさん冷凍食材が入ってるであろう袋。
サイズの合ってないだぶだぶのパーカー、ライトブラウンの毛先に入れた蛍光グリーンのメッシュからは、この男の独特なセンスがにじみ出てる。
手首に巻いたスマートウォッチの時間はぴったり午後の四時。ずっと前に閉鎖されたキャンプ場でこっそり行われるちょっと早い夕食だ。
「また、誰か消えたのか」
バーベキューコンロのそばの公共スクリーンで『ミッシング・ユー』を見ているテルが呟く。仕事場にも、家にも来なくなった行方不明者の情報提供を募るコーナーだ。これを見る度に「色んな顔の人間がいるなあ」と思うし、行方不明者の情報を読み上げる無感情な機械音声を今日も聞かされることにもうんざりする。
「あーあ、見えねーじゃねーかよ」
苛立たし気にうなるテルの視線の先、スクリーンに大きく映った画面が点滅していた。若い女の細い顔とプロフィール情報が出たり、消えかかったり。
「バッテリー、寿命なんじゃない」
キャンプ場自体はとっくに潰れてるけど、十年以上持つロングバッテリーがついているから、今でも情報が表示されるスクリーン。でもそろそろ寿命なんだと思う。
何にでも終わりはあるってことだ。こういうのを「ジョーシャヒッスイ」と言うらしい。誰が言ったのか知らないけど。
「あんなかわいい顔の女の子なら、攫われて当然だよ」
「お前なあ……。あっ」
「何?」
「俺、彼女できた」
串に刺さった冷凍プラントミートを焼きながら、満面のにやにやを作るテル。
「笑うとさ、すげーかわいいんだよ。にかっ、じゃなくて、にこっなんだよな。喋り方とか動作とかも俺にはふさわしくないぐらい上流階級って感じの子」
「ふさわしくないなら別れな」
「はっきり言うんじゃねえ。でさ、一緒にいるとき、ずっと俺のことキラキラした目で見てんだよ。完全に惚れられてるだろ、こんなん」
「あんたののろけ話聞かされに来たんじゃないんだけど」
「わかったよ。――でさ、この会もう俺も行けないと思うわ」
女の子と遊ぶのに忙しいから。
正直腹立つ。
「来週からぼっち飯か」
「お前も早く誰か作ればいいだろ。俺以外のやつ」
「余計なお世話」
ピロリン。あたしたち二人のウォッチが同時に何かを受信した。
「なんだ、DMかよ」
「行方不明者は全て政府の犠牲者です! 騙されないで! ……なるほど」
「そっち系の人か」
毎日この国のどこかで誰かがいなくなる現実に心を傷めすぎたのか「行方不明者は全て、この国の政府に拉致されている」「拉致されると、もう二度と生きて帰ってこられない」という信憑性の低い話を信じている人たちが一定数存在する。あろうことか、送信者の半径数百メートル内のウォッチ全てにメッセージを一斉送信できる機能を使って、周囲にいる見ず知らずの人間にDMを送ってくる人たちだって存在する。犯人は少し離れた知らない誰かだ。迷惑この上ない。
「肉にされて食われちまうとかも言われてるらしいな」
ふっと鼻で笑うテル。完全に信じてない人間の反応。
「人間っておいしいのかな」
「人間っていうか、草食動物はうまいって何かで読んだな」
「そうなの?」
「肉が柔らかくてうまいって。昔いた家畜は基本的に草しか食ってなかったらしいし」
「ふうん」
本物の肉自体食べたことないし、硬いも柔らかいも知らないけど。この時代の若い奴らの誰しもがきっとそうだ。
スマートウォッチをタブレットのカメラにかざせば、ピピッ、と軽やかなベルの音が鳴る。
『国民ナンバー014569さん、退勤を確認しました』
これが済めば作業着を脱いで良い。早くこんなもの脱いでしまいたい。
お疲れーという声に振り向くと、作業コーナーから作業着姿のアリスが出てくるところだった。
「お疲れ」
「今日もしんどかったねー」
「今日の荷物多すぎるんだわ。いつもの十倍はあったじゃん」
「同感。金曜だから仕方ないってわかってても絶望だわ」
あたしたちの仕事は、中央集計センターにUW各地から運ばれてくる荷物の運搬。作業員は届けられる荷物を顧客が指定する配送先宛てに配送準備をするだけ。だけど、荷物が多すぎるので過酷だし労働環境は良くない。常にどこかから怒鳴り声が聞こえてくる。賃金も高くはない。
「これからさ、クラブ行くんだけど」
作業着を入れたロッカーをロックしたアリスはすでに浮足だっている。
クラブ。電子音がガンガンかかった馬鹿でかいフロアで一晩中友人たちと踊りあかす娯楽。
「一緒に行けって?」
「DJウィザードが来るんだって。ルカ、好きだって言ってたでしょ?」
前は好きだったけど、飽きっぽいから最近はあんまり聴かない。
けど、本人は見てみたいかも。映像と写真でしか見たことないし。
「途中で帰るかもだけど良い?」
「いいよ。さすがルカ、ノリが良いー!」
過剰なぐらい笑顔を向けるアリス。
初めて頼んだ「アメリカーノ」は思ったより美味しくなかった。ワイン系カクテルはあたしの味覚には合わないらしい。まだグラスに半分以上残ってるけど、もう飲みたくない。
「あー、さすがに疲れた」
アリスはフロアから離れたソファに座っているあたしの隣に身を寄せると、オーダータブレットをいじりだした。
フロア中央では、DJウィザードが単純なラブソングのダンスミュージックで生パフォーマンスの真っ最中。直に彼の音楽を聴いて再熱しそうだったけど、残念なことに本人はジャケットの写真で見るよりはかっこよくはなかった。
君が欲しい、君が大好き、食べちゃいたいぐらい。
安直な歌詞。レイヴでかかる音楽の八割なんてこんなものだ。どれだけ単純な内容でも、音が良ければ客は踊るし。
「ルカ、ちゃんと踊ってんの?」
サーブロボットから瞬時に届けられたアプリコット・クーラーを飲みながら、こっちに目をくれるアリス。レイヤードTシャツから露出したデコルテにはラメがついていた。
「踊ったよ」
「踊ってるでしょ、そこは」
「また後で行くって。それにどっちかっていうと音楽聴いてたいんだよね」
「じゃ、ほっとく」
グラスを置いて、また踊りに行くアリス。
「疲れたし、先帰る」
十分後にあたしがそう声をかけたときも人の波に囲まれながら踊ってた。
「早くない?」
「すぐ帰るかもって言ったじゃん」
「社交辞令だと思ってた」
「ごめんね、あたしにはそういうのないんだ」
「わかったよ。またね」
「ほどほどにしときなよ」
さっき飲んでたカクテルで三杯目ぐらいだったはず。
アリスは不満そうに手を振ったけど、すぐにまたダンスに戻ってしまった。ウィザードの新曲なのか、知らない曲に変わっていた。
午後七時半過ぎ。ジーンズのポケットに手を突っ込んで出たクラブの両隣のパブからは、まだまだにぎわう声が聞こえてくる。おじさんたちの野太い笑い声が多いから、年齢層はクラブより高めだ。
あたしたちが生まれる前、エクスティン・パンデミックが終息してからこの世界はかなり変わったらしいけど、夜の街はほとんど形を変えずに残っているらしい。時代はいくら変われど、人間は夜遊びが好きってこと。
五分後には着くはずのアパートメントに向かって歩いていると、スニーカーのつま先が軽いものを蹴って、スサーッと何かが滑るような音が出た。
拾ってみるとスマートウォッチだった。偶然なのかもう少し先にポリスオフィスがある。
オフィスにいた警察に届けて終わり、だと思ってたけどとんでもなかった。
ウォッチを手に入ったあたしを待っていたのは、ハンサムな顔に爽やかな笑みを浮かべたチョコレートブラウンの髪の青年だった。
「ありがとうございます! 拾っていただけて助かりました!」
受付にいたミドルグレーの警察官が、良かったなあと笑っている。
「今度お礼をしたいので、連絡先を教えていただけませんか?」
カインはよっぽど嬉しかったのか、オフィスを出てもあたしから離れなかった。
「そんな大したことはしてないんですけど」
「何言ってるんですか。あなたが通りかかってなかったら、とんでもないことになってたんですよ?」
命の恩人です、とさらっと言いのけるカイン。
ウォッチにはこの国で生きるのにかかせない国民ナンバーとか電子ペイみたいな大事なデータが入ってるから、なくしたら悪用される。実際にそういう被害も出ている。
「図々しいのはわかってます。でも、こうでもしないと僕の気が済まないので」
「……じゃあ、一度だけ」
カインのスマイルが爆発した。
「今度連絡しますね、それじゃ」
おやすみなさい。
アパートメントのエントランスの前、去っていくカイン。「夜道は危ないから」と送り届けてくれた。
彼がいた場所からはしばらくミントみたいな良い匂いが漂っていた。
翌週出勤すると、ワーカーリーダーのケビンさんがあたしをオフィスに呼んだ。
怒鳴ったりしない良い上司だけど、今日は顔が曇っていた。
アリスが欠勤しているからだった。
「あの子と仲良かったよな、ルカ」
「そうですね」
「連絡来てないか? チャットでも電話でも」
「金曜日は仕事帰り一緒に遊んだんですけど」
「どこでだ、クラブか?」
「……はい」
あたしの答えにケビンさんは良い顔をしないだろう。
「……なるほど」
困ったもんだ、と言いたげに頷く。
「まさか、なんですかね」
夜遊びは、トラブルが付きものだろうから。
「可能性はなくもないな。ただのサボりかもしれないが」
あんまりああいうとこには行くなよ、と予想していた言葉をもらって解放される。
明るいアリスがいないせいか、いつも以上に肉体労働にやる気が出なかった。
お疲れと声をかける相手もなく、細い路地に続くセンターの従業員出入口を出て、広い路地に入る。大通りまでショートカット可能。
一人でどっか行ったってつまらないし、まっすぐ帰ろう。部屋のフリーザーにある味の薄い冷凍食品で夕食にしよう。
似たような景色が続く路地の角をいくつか曲がって、もうすぐ大通りというとこで、足が止まる。
路地と大通りの境、蛍光グリーンとライトブラウンの髪が見えた。
こんなとこで。
小さくてぼろぼろなビルの裏口の角に反射的に身を隠した。どうせ向こうはこっちなんか見る暇ないだろうけど。
路地の入口で、フレアのロングスカートを履いた女の子と向き合って笑っている男はテルだった。
テルの顔を見上げて朗らかに笑う女の子の雰囲気は確かにお育ちが良くて、品がある。大したものは入らなさそうな小さいカバンを肩からぶら下げてる。ブルジョワのバッグ。
マジか? へえ、それはすごいなあ。テルの声は明らかに浮ついてる。
ふふふ、そうなの。すごいでしょ? 鈴を鳴らすような女の子の澄んだ声。
時折笑い声が挟まれるから、楽しい話をしてるのはわかるけど何を話しているのかは聞こえない。
テルは別にあたしの恋人だったわけでもないんだけど、気に入らない。あの女の子がかわいいせいかもしれない。同性嫌悪。
下を向いてしばらく無機質なコンクリートの地面を見ていたら、声は聞こえなくなっていた。
どっかに行ったかな、と思ってまた覗いてみる。
「最悪」と口から出そうになったのを必死で抑えた。
身長差のある男女が熱烈に抱き合ってた。人通りがないからって、こんなことするか、普通。
思った通り、顔をくっつけながらキスもし始める。
嫌なら見なきゃいいのに、あたしの目は二人から離れない。いつまでああやってるんだろう。
女の子が動いた。テルの首に両腕を回していたのに、右腕だけを離して肩からかけていた小さいバッグのフタに手をかける。
一瞬だった。さっと女の子の手が素早く動く。
何かを掴んでいる手が、テルの首筋に向けられた。
ずさっ。
重い音とともに、テルの大きい体が地に倒れる。ピクリとも動かない。
何これ。
今度こそ二人から目を離して、裏口に身を潜める。あの女からあたしが見えないように。全身がガクガク震えて仕方ない。
「やー、任務達成お疲れさん」
ガチャン、という音とともに第三者の声がした。下卑た男の声。
隣の建物から出てきたのか。
「そんなとこに隠れてたわけ? 趣味悪いわ」
澄んだ女性らしい声は変わらないけど、口調は完全に別物だった。品の欠片もない。
「ここが一番いいんだよ。で、どうだった」
「んー、やりやすかったわ。ちょっと従順なフリしたら、もうイチコロよ。いつもこんなんだったらいいのに」
「はははっ、言うじゃねえか」
「報酬、ちゃんと払っといてよね」
「わかってるって。がめつい奴だな」
「平気で未払いする集団の癖によく言うよ、あんたら」
「おっと、それ以上は危ないぜー? そんなに言うなら、この仕事やめればいいだろ」
「うるさい。劇団員だけじゃ食ってけないことぐらい、あんたも知ってんでしょ」
「はいはい、わかってるよ。しかし、アンタもスタンガンの扱い上手くなったよなあ。始めたてのころはビビって動かすことすら出来なかったのになあ」
「それはどーも。――だけどそっちもよくやるよね、ハニトラで食材集めなんてさ。バレたら大問題じゃ済まないじゃん」
「必要なんだよ、どうしても。やっぱ人間は、肉が好物みたいだからな」
「やっぱ人間はって、食べられるのは一部のやつだけでしょ。それ以外は人間じゃないってことじゃない」
「そういう言い方はやめてくれよ、オレたちだって心が痛んでんだぜ? 全員に食わせるには量が足りねーし、また争いになるからな」
「家畜を復活させれば良いじゃない。できるんでしょ、今の科学なら」
「そう簡単にはいかないんだよ。一度全部なくなっちまったものを元に戻すのは時間がかかるんだ。三十年ぽっちじゃ無理だ」
「じゃあ、こっちの方がやり方としては楽だからそっちに頼り切りってわけか。悪魔みたいな発想」
「だから、そういうこと言うなって、アンタらの食い扶持になってんだし良いだろ? ウィンウィンの関係ってやつだよ。――じゃ、行くか。こいつ運ぶの手伝ってくれ、結構でかいし」
「はっ、噓でしょ? 誰か他の人頼みなさいよ」
「そう簡単に言うなって。手伝ってくれたら、報酬もっと弾むからさ」
「――はあ。しょうがないわね」
ずるずると音を立てて大きいものが引きずられてくる音が近づく。
あたしのところまでは来ないだろうと思っていたけど、やっぱり来なかった。
最後に再びガチャンと音がした後、静寂。
さよなら、テル。可哀そうな、テル。
君が欲しい、君が大好き。食べちゃいたいくらいに。
無関係なはずの歌詞が勢いよく頭の中で流れ出す。
立ち上がる気力もなく座り込んでいたら、ピロン、とウォッチが着信を告げる。
カインからのメッセージ。
『こんばんは。明日会えませんか? ディナーを一緒にどうでしょう?』
カインとの夕食は楽しかった。野菜、プラントミートといつもと変りない素材だけど、高級レストランで味付けが良かったからか、なんでも美味しく食べられた。ドレスコードがあるから、着慣れないワンピースを着なきゃいけなかったけど。
「お待たせ、行こうか」
トイレから帰ってきたカインが、ジャケットの懐にハンカチをしまう。お会計はもう済ませてある。
「今日は楽しかったなあ」
帰り道、少しだけお酒も入っているせいかカインは誘うように視線を流す。同い年だったこともわかったけど、たかが落とし物のお礼の食事でここまで打ち解けるものなのか。
「うん。あたしも」
だけど、ハンサムボーイに甘い言葉を吐かれるのは悪くないから乗っておく。
「ルカと別れるのが寂しいよ」
「また誘ってよ」
「そうする。――おおっ、あれ見て」
星だ。
カインが指さした夜空には、不思議な形に並んだ星々がきらめいている。プラネタリウムでしか見たことない星を、本物の空で見るのは初めてかも。
「綺麗だなあ、あれは白鳥座かなあ」
「えー、どれ? うわっ」
「危ないっ!」
星をよく見ようと背伸びしてよろけたのは、高いヒールなんて履いてたからだ。
咄嗟にカインが胸で受け止めてくれなければ、地面に倒れてた。
「大丈夫?」
「――ごめん。ヒール慣れてないせいかも」
「結構酔ってるんだよ。家まで送ってく」
カインは手までつないでくれた。すごくあったかい。
そのままボロいアパートメントまで歩くこと五分。楽しい時間はあっという間。
「ありがとね、今日は」
「こっちこそありがとう。また誘ってもいい?」
「もちろん。待ってる」
「また連絡する」
「オッケー、じゃあね」
「ねえ、ごめん。待って」
カインが急に近づいたかと思うと、抱きしめられていた。男の人の強い力で。
「――ごめんね、急に」
「――うん、大丈夫」
「ずっと、こうしてたかったんだ」
やっぱり、お礼だけのつもりなんかじゃなかったんだ。じゃなきゃ、あんな熱心に誘わないよな、食事なんか。
「しばらくこうしてていい?」
「いいよ」
あったかい、人間の身体って。すごくいい匂いもする。
「ねえ、こっち向いて」
今まで気づかなかったけど、カインの瞳は青かった。青い水面みたいにキラキラ、街灯の光を受けて光る。
青い瞳が少しずつ閉じられて、迫ってくる。
今しかない。
直前に右手に隠したものを、カインの首元に当てた。
ハンカチとともにちゃっかりこいつが懐にしまってた最新式のスタンガンは、あたしの掌にすっぽり収まるぐらい小さいから便利だった。
びくん、とあたしより大きな体躯が一瞬だけ震え、ばたりと地に伏す。
「――ねえ、起きてる? ダメか」
何度か揺さぶっても起きなかった。生きてはいる。
しばらく起きなさそうだけど、念のため首をきつく締めておいた。
「やっぱりあんたもだったのね、ハンサムボーイ。悲しいわ」
バイバイ、あたしの初恋。こんな結末最低。
さっきカインの前でよろけたのは、もちろんわざと。カインの懐のポケットを探るため。
あたしが何にも知らないと思って油断してたんだろうな。盗ったあとも気づいてなかった。テルを狙ったあの女と違って初めてだったのかも、可哀そうなことしちゃったかな。
だけど、後悔はしてない。するものか。
「――さてと、物は試しといきますか」
夜の廃キャンプ場なんて誰も近寄るわけない。速攻でアパートから火をつける道具もナイフも取ってくればすぐに始められるだろう。秘密のディナーが。
「あたしだって人間だし」
路地裏の会話を聞いてから、世界の見方は少し変わった。
あれからたまらなく肉が食べたくなって、しょうがない。今まで抑えつけられていたものが一気に解き放たれたみたい。
どんな味がするんだろう? 植物ばっかり食べてる動物の肉は美味しいって本当かな?
やってみないとわからない。やってみればわかる。
カインの身体は引きずってもやっぱり重かった。その分だけ期待が高まる。
今はただ本物の肉が食べてみたい。
Just wanna eat meat. 暇崎ルア @kashiwagi612
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