第2話 勇者の剣

 王の命によって始まった旅で、勇者が最初に案内されたのは勇者の剣が保護されているという祠だった。祠の中には勇者しか入ることができないとの事で、勇者以外のパーティメンバーは外で待機することになった。


 自分が番人だと名乗る彼は意気揚々と剣の凄さを語ってくる。最初はふむふむと聞いていたのだが、番人の熱い語りを始めてから一向に止まる気配がない。数刻か経ってようやく、話の区切りが訪れた。


「……これで勇者の剣の凄さがわかっていただけたでしょうか?」

「長えよ。祠の入り口でひたすら聞かされるより手に取ってみる方が絶対早いって」

「いいえ! まずはしっかりと知識を……」

「限度があるだろ! 二時間は座学の尺だろうが! ずーっと立ちっぱで足疲れたっつーの!」


 二時間以上立ったまま説明を聞かされた上、途中から移動式の黒板を引っ張り出してくる始末だった。苦行すぎて『こうして勇者の剣は守られているんだな』という錯覚を起こす寸前まで来ていた。

 そしてまだ話したそうな番人をどうにか説得し、棒のようになった足を動かして剣の前に立った。台座には勇者しか入れないらしく、外側から番人が語り掛けてくる。


「さあ勇者様! 今こそ勇者の剣を手にする時です!」

「やっとか……。いいんだよな? 俺が引き抜いちゃっても?」

「勿論です! 貴方は選ばれし者なのですから堂々と行っちゃってください!」

「お、おう……」


 ユージは恐る恐る台座に刺さっている剣の柄を握る。すると剣が光だし、突如ユージの耳に直接声が響き始めた。


「な、なにっ! 馬鹿な! どういうことじゃ!?」

「うおっ! 剣が喋った!?」


 幼い少女のような精霊の声に驚き、ユージは思わず握っていた柄から手を離す。番人の長い説明の序盤で、剣には政令が宿っており選ばれし者は意思疎通が可能であるという話があった。

 剣の前に姿を現した精霊は金色の長い髪に幼い顔立ち、少々気が強そうな印象を与える淡褐色の瞳はユージを睨みつけている。ユージの正体をすぐに見抜いた精霊は内心穏やかでは無かった。


「我が名はレイア、勇者の剣に宿る精霊……いやそれよりもじゃ! 何故……何故魔王が童を握っておるのじゃ!?」

「いやー、なんか国で一番強いからって勇者に選ばれちゃったんだよな。魔王なのに」

「なんじゃそれは!? 全く意味が解らんぞ!?」

「うん、俺もわかんない」

「はぁ!?」


 思えば本当に何故彼が選ばれてしまったのか。彼自身が純粋に魔界と人間界の技術を取り入れ、魔王としての素質を遺憾無く発揮してしまったのが原因かと思われる。しかしレイアにとっては寝耳に水である。


「この聖域には盤石な結界が張ってあったはずじゃぞ!?」

「ああ、そういや祠に入る時になーんか体がねっちょりするなと思ったわ」

「ねっちょり!? 魔を阻むために歴代の精霊達で編み出した最高傑作の結界がねっちょり!?」

「いやいや、全身がかなり不快だったわ。寝汗でぐっしょりのシャツぐらいには」

「ねっちょりの次はぐっしょり!? 一体どこまで愚弄すれば気が済むのじゃ!」


 ユージに愚弄するなどという気は全く無い。意図せずマウントを取っているような状況である。精霊は頭を抱えてしまった。

 

「まさか……よりにもよって魔王が……我の下に辿り着いてしまうとは……」

「いや本当にな、まさかだよな」


 肝心の魔王がこんな態度のため、精霊は何もかもを諦め始めていた。

  

「くっ……もうこの世界はどうにもならぬ……折るなり砕くなり、好きにせい」

「好きにしていいのね? じゃあ、とりあえず台座から抜くぞ?」

「ふん……我が認めた勇者にしか力を与えない、という我の誉れすらをも踏みにじろうというのか……流石魔王、どこまでも醜悪な」

「そういうのいいから、そりゃっ」

「あっ」


 こうして勇者の剣は、選ばれし魔王ユージによって引き抜かれた。萎えに萎えている当人達はため息をつき、事情を知らない番人と勇者パーティは大喜びしていた。


 

「さすが勇者様! あっさりと引き抜かれましたな!」

「今、剣の精霊様と対話をなされていたのですか?」

「あ、あぁ。話をつけてきたよ」

「流石勇者様!」


 パーティの元に戻ると、怒涛の勢いで皆から称賛された。しかしユージは微妙な顔しか出来ない。適当に流していると、レイアは一度姿を隠したままでユージの脳内に語りかけた。


(む、聞こえておるかの?)

(お、……これはもしかして剣と念で話せるってやつか?)

(うむ。選ばれし者であれば、精霊とはこうして念じるだけで話すことができるぞ)

(成程な)


 どうやらユージには本当に選ばれし者の素質が備わっているらしい。声を出さずに精霊達と会話が出来る念話も出来たのである。しかし精霊は疑問に思わざるを得なかった。

 

(……いや待て、なぜ魔王と念話が出来とるんじゃ?)

(魔王や魔族同士でも念で話すことはあるからな、原理が同じなんじゃないか?)

(そ、そんな馬鹿な……)


 いきなりの念話にユージが驚かなかった理由は、魔族の間でも既に似たような念でのやりとりを使っていたからだった。念話が精霊とも出来るという点に感心しただけである。レイアはその言い分に納得できずに何でじゃ……と憤った。


(念話は神に仕える者しか使えないはずなのじゃ!)

(でも話せちゃってるからなあ)

(おのれぇ……我の誇りを悉く踏みにじりおって……)

(うん。なんかごめん)

(止めろぉ……謝られると悲しみが増してくるのじゃあぁ……)


 勇者としての初仕事から、心配事しか増えていかないユージなのであった。

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魔王討伐を命じられた勇者(魔王) こなひじきβ @konahijiki-b

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