最終話 白いカーネーションに想いを秘めて

「カーネーションですか?」

「うん、どうしても大切な人だからね」


 少し曇り空な週末の土曜日となる午前10時。

 黒いダウンジャケットに灰色の綿パンを履いたつばさくんが花束とコンビニのレジ袋を持って、待合場所の公園の広場にやってきた。


 袋に入ってるのは、今日のお昼ご飯のようで、二人仲良くフレンチな店でラブラブなお食事案は早くも消え去った。


「これから親御さんに会いに行くのですか。私はてっきりデートかと」

「いや、僕の父さんは僕が物心ついた頃に派遣先の交通事故で亡くなったよ。今は母さんと二人暮らしさ」

「あっ、ごめんなさい」

「別に謝らなくてもいいよ。宝塚たからづかさんは何も悪くないよ」


 子は親を選べないし、親が育てる環境も違ってくる。

 生まれてくる子、みんなが幸せになるとは限らないんだ。

 それでも翼くんは立ちはだかる壁に負けずに精一杯に生きてきて……何か泣けてくるね。

 涙腺脆い方だから、こんな場所で泣いたらよしよしと赤子のように慰めてくれるかな。


「まあ、要件を済ましたら正式なデートだから。もうちょっとだけ付き合ってよ」

「はい」


 私はこみ上げる想いを抑え、翼くんの隣をお淑やかに歩く。

 行き先はどうあれ、出会った時点でデートなんだし、ワンチャン狙ってもいいよね。

 今日は恋人や家族が仲良く過ごす聖なるイベントなのだから……。


****


 ──私たちは特急電車に揺られ、さらに鈍行電車を二度乗り継ぎ、二時間後、名も知らない田舎の村に下車した。

 そうして人里離れた田んぼ道を長らく歩き、枯れ草が目立つ辺鄙な草原へと足を踏み込んだ。


 周りには冷たい風を遮る壁はなく、容赦なく吹く木枯しが肌を刺すけど、それもお構いなしに点々と並ぶ石の敷地。

 途中から変わった砂利道に白いヒールの足を取られながらも彼の後ろ姿について行くと、所々から匂ってくる線香の香り。


 デートだからと気合いを入れたヒールだから足が痛いし、草が絡んで歩きづらい。

 こんな殺風景な所に何の用だろう?


「ここって」

「ああ、僕の大切な人が眠ってる場所さ」

「えっ、それはつまり?」

「うん、僕の元カノさ。二年前に白血病でこの世を去ってさ」


 私たちは大小の墓石が立ち並ぶ公園墓地に来ていた。

 上宮うえみや家、上宮寧々うめみやねねと刻まれた墓石の前に翼くんがしゃがみこみ、持ってきた花束と、5個入のお饅頭の入ったパックをお供えする。

 その手際の良さからしてお盆休みだけじゃなく、年に何度も訪れたみたいだね。


寧々ねね。久しぶり。この時期は毎回雪景色なんだけど、今年のクリスマスは晴れたね。晴れ女がいるせいかな」


 普段見せない優しい笑顔で線香に百円ライターで火をつけ、静かに両手を合わせる翼くん。

 私もそれに続いて腰を下ろし、寧々さんの墓石にお参りをする。


「いつもさ、菊やユリの花じゃ飽きるだろうから、今日はカーネーションにしてみたよ。白は故人を偲ぶ色だってさ」

「翼くん、カーネーションは色はどうあれ、普通はお母さんにあげるお花では?」

「僕にとっては寧々は母さんみたいな人だったから。今でも尊敬してるんだ」


 翼くんはお母さんが何人いたって構わないタイプなのか、もしくは血の繋がった母親相手とは結ばれないから彼女を選んだのか……真相は闇の中だけどね。


「寧々、今日は君に会わせたい人を連れてきたんだ」

「はじめまして、寧々さん。翼くんと同じ高校に通う宝塚という者です」


 翼くんから目で合図されて、簡単な自己紹介をする。


「寧々、宝塚さん、いや、花凛かりんは僕にとってはかけがえない人となってさ。今日限りで君を愛することをやめに来たんだ」


 翼くんが私と横並びに立って、しっとりとした手を握ってくる。

 いくら人が疎らでも、公衆の門前でこんなことは恥ずかしいけどね。

 まあ、ここで自然体でチューするわけじゃないし、握るくらいならいいかな。


「この子なら僕の生涯を支えてもいいって」


 ……と思いきや、突然とんでもない発言をする翼くん。


「翼くん、それって」

「うん、結婚を前提に僕と交際して欲しいんだ」

「えええー!?」


 翼くんって奥手に見えて、恋したら後先考えない猛突タイプだったの?

 それとも私を通じて、寧々ちゃんへの想いが吹っ切れたのかな──。


◇◆◇◆


「──と言うわけなんだけど、その後に翼くんはどういうわけか、失踪してしまい……」

「花凛、今日は一段と激しい妄想癖やね。流石さすが那珠奈なずなお姉さんもヒクわ……」

「もうー、本当なんだって!!」


 ──工場内の昼休憩で彼との想い出を告白したけど、今日も那珠奈は難しい表情をして腕を組んでいた。

 コンビニの惣菜コロッケパンをくわえて、ブツブツと呟いてるし……。

 喋りながらもパンの量はミリ単位で減っていくし、器用な食べ方というか、美人台無しでお下品というか……。


「はあ、いつにもなく落ち込んでたからと、心配して損したわ。その想像力を上手く仕事に活かせないもんかね」

「それとこれとは話が別でしょ」


 クリエイターじゃないんだから、想像でここの仕事が捌けたら苦労しないよ。


「花凛さあ、想像力逞しいから、この際、電子の同人誌でも作ってみたら」

「なるほど、自費出版のネット本ですか」


 那珠奈の唐突な提案に後ろめたい私は前向きに考えてみる。


「そうそう。“ココロの底から愛してるのに”とかのイタい系のタイトルにしてさ。仕事で疲れたサラリーマンの嗜好しこうにうってつけよ」

「ではココロの部分はインパクト重視でローマ字表記でいいですかね?」

「ほんのジョークなのに花凛はノリノリやね……」


 だって楽しそうな趣味ができそうだし、タイトルまで考えてくれたんだから。

 ここでやらねば誰がやるというものよ。


「でもその話が本物なら、趣味を通じて好きな彼と再会できるかも知れんし、悪い話じゃないやろ」

「……と言いますと?」

「ネットナメんなってやつよ。その消えた翼とも繋がるかも知れんし」

「なるほど。那珠奈は天才ですね」


 それなら消息不明、音信不通となった彼と連絡が取れるかも。

 私はその大きな可能性に賭けた。


「そうと決まればポチリと」

「即実行かい!」


 早速、スマホからSNSの垢を作る私。

 こうしてる間にも時間は無情に流れてるんだから。

 翼くんだって日々の生活を過ごしていて、知らないうちに別の彼女と暮らしていても、動かないと始まらない。


 ただ好きだからとジッと待っていても何の反応も得られないのが恋というもの。

 恋を叶えるというのはそういうことだ。


「まあ、花凛らしいけどね」


 愛しの翼くん、待っててね。

 私は期待を込めて端末を握り、その湧き上がる熱い想いをメモ帳にとる。


 仕事を覚えるためのアイテムがまさかネタ帳になるなんて。

 人生というものは驚きの連続だ。


****


「──花凛も中々面白いものを書くよね。昔から変わってないというか」

「そういう翼くんだって今までどこにいたんです?」


 意表をつかれた翼くんが苦々しく笑う。

 二十歳を過ぎても子供の頃と何ら変わらない。


「ちょっと親の都合で山にこもってたんだよ。田舎のばあちゃんの跡継ぎがどうこうという話になってさ」

「だったら一言言っても良かったじゃないですか?」

「ごめん、向こうで勝手にできた許嫁を説得するのにも時間がかかってさ。僕には意中の人がいると何度言っても聞かなくて」


 おまけにスマホも番号も変えられて、電波の届かない田舎で自給自足で生活していたからと言い訳ばかり。

 オロオロとしちゃって、可愛い所もあるじゃない。


「翼くん、そんなあなたが大好きです」


 後日、翼くんの垢を知った私はそこから仲良くなり、私たちは再び、同じ人生を歩むようになりましたとさ──。


 Fin……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

KOKOROの底から愛してるのに。 ぴこたんすたー @kakucocoro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ