第3話 塞いでいた過去に触れた部屋で

つばさくん、あなたのことがす……」

「す?」

「……す、酢じょう油って美味しいですよね。餃子には欠かせません」


 駄目だ、やっぱり面と向かって好きと言えるキャラじゃないよ。

 TVドラマでよくある女子が告白するシーンなんて表向きには演技ものでも、内心はドキドキだろうね。


宝塚たからづかさん、話って食事のお誘いかい? それってデー……」

「デートではありません、これは……いやその社交辞令であります!」

「宝塚さん、声がデカイって。母さんに誤解されるよ」


 だから、そのお母さんを誤解させるためにわざと大声で言ってるのよ。

 ホント、視野が狭いというか、女の子の恋する感情に鈍いんだから……。


****


「──うん、顔色も良くなったようだし、だいぶ、体調は良さそうね」

「それで、初めての経験はどうだった?」

「へっ?」


 コノコノォーと言いながら、ひじを胸に押し当ててくるけど、女性でもセクハラだし、何の初めてだろう?

 必死に看病してくれた翼くんのお母さんによる突然の失言に、私の思考が固まっていた。


「母さん、余計なことを言わないで!」

「何よ、母さんの買ったばかりのベッドの寝心地、どうだったと聞いてみただけよ?」

「本当、紛らわしい女だなー!」

「あら、母さんを女として見てくれてるの。嬉しいわ」

「むぐぐ……」


 翼くんが猿のように唸り、お母さんと対峙している。


「こんなマザコンな男の子でゴメンね。それよりも花凛かりんちゃん……」


 カサカサと素早く動いて、目と鼻の先まで迫り、私をガン見するお母さん。

 お母さんなりの冗談だったようだけど、目は笑ってない。


「……もう夜だし、外は危ないから、今日はウチに泊まっていかない?」

「母さん、何をふざけて!?」

「あら、母さんは大真面目よ。もし花凛ちゃんが追いはぎとかにあったら、翼は責任取れるの?」

「いつの時代の話だよ! それに何で僕が……」


 翼くんが俯きながら、お母さんに反論する。


 可愛い女の子と一晩を明かす。

 普通に聞いたら嬉しい話なのに、何でこうまでして女の子との交流を避けるのだろう……。


「なになに、声が小さくて聞き取れないぞー、少年?」

「僕は母さんの玩具じゃないよ!」


 翼くんがベッドわきにあったふわふわクッションをお母さんに投げつけようとするが、その場で舌打ちをして、やっぱりお母さんの顔面に投げつけた!


「むぎゅ……翼の愛、しかと受け取ったよ」

「そこは倒れて気絶だろー!?」


 冗談なのか、本気なのかは、私には分からないけど、この親子の漫才はウケるわw


「クスクス……面白い親子ですね。いがみ合ってるように見えて、とても仲が良くて」

「まあ、母さんは口が悪くても美人だからな」

「フフッ、口は達者ね」


 翼くんのお母さんがベッドで横たわる私の手を握ってきて、急に真面目な顔つきになる。


「この子、意外と面食いだからね。育ての親として苦労してきたわよ」


 そっか、可愛い女の子が好きなのか……あれ、何か矛盾してない?


「本当、あれから二度と好きになる人なんて現れないと思ってた……」

「お母さん、それって?」

「……実はね」


 お母さんがいつになく厳しい表情でこちらの目を見つめる。

 その目には困惑した私の顔が映っていた。


「ねえ、翼、この子になら打ち明けてもいいよね?」

「……母さんに任せるよ」


 お母さんは淡々と語り出す。

 翼くんが時折ときおり見せる寂しげな影を晴らすかのように……。


 ──翼くんには好きな女の子がいた。

 その子は容姿端麗で道行く人誰もが振り向くモデルのような女の子だった。

 二人は同じ共通の趣味を持つというきっかけで惹かれ合い、やがて恋人同士となった。

 だけど出来事がきっかけで、二人の愛は強引に引き裂かれた。


 それ以降、翼くんは誰とも交際することもなく、消えた彼女の面影をずっと追いかけるという形となり──。


「……ううっ、何て切ないお話なんですか。翼くんが可哀想過ぎます」


 ハンカチで目尻を押さえてもボロボロと溢れてくる切ない感情。


「翼くん、その子が今でも好きなんですよね。何とか再会することはできないんですか?」


 翼くんには本当に好きな人と結ばれて幸せになってほしい。

 私なんかがでしゃばっても恋どころか、何も生まれないことは分かってたから。


「それはね、花凛ちゃん……」

「母さん、ちょっと黙ってて」

「う、うん」


 翼くんがお母さんを静かにさせ、私の方に顔を向ける。


「宝塚さん、来週の週末空いてるかな。一緒に行きたい場所があるんだけど」

「翼、それって……」


 お母さんが真っ青になった顔で翼くんを見ている。


「うん、宝塚さんは僕のことでこんなにも泣いてくれた。だからさ、僕なりのケジメをつけたいんだ」

「翼が言うなら、しょうがないわね……」


 翼くんのお母さんが小さく溜め息をつき、息子の肩を軽く叩く。


「宝塚さん、寒い場所になるから防寒対策は万全にね。風邪を引かれたら困るから」

「了解です」


 別に冷蔵庫に籠もるわけでもないのに何のつもりと思ったけど、12月だし、寒空のスポットなら当然ね。


「じゃあ、そろそろご飯にしましょうか」

「ああ」

「はい」


 部屋から出た途端、どこからか香ばしい煮物の匂いがする。

 甘いタレの匂いからして肉じゃがかな。


 彼との約束を誓った私は、翼くん親子との微笑ましい団らんを共にしたのだった──。

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