KOKOROの底から愛してるのに。

ぴこたんすたー

第1話 胸に秘めた言葉はファミレスにて

◆◇◆◇


 都内構内にあるワンピースを基調したヒラヒラドレスな制服が可愛らしいと噂される一軒のファミレス。

 全国に出店し、今となっては大人気店のジョイブール。

 明るい笑顔で丁寧な接客が売りな某有名飲食チェーン店でもある。


「──ここのどこかにあるはずなんだけど……」


 ──ファミレスの作業ルームにて、手書きの地図とにらめっこしながらスタッフからの指示で商品を見つけたのはいいけど、私の低い女の背丈では取れそうにない場所。

 キッチンの戸棚は高すぎて、踏み台が必要だと探したけど、そのような物も出てこなく……全く打つ手なしとはまさにこのことだ。


「どうしたの? 届かないなら僕が取ろうか?」

「あ、ありがとうございます」


 偶然、調理場にいた細身のイケメンな男の子と目が合い、私を気遣ってか、何ごともなかったように醤油のボトルを取ってくれた。


(厨房、忙しい時間帯なのに優しいな……)


 先月、彼氏にフラれたばかりで何度目かによる新しい恋。

 これが今までとは違った、燃え上がるような熱い恋になるとも知らずに──。


****


「──おい、宝塚たからづか君、いい加減にしてくれよ。こんな簡単な作業もできないのかい?」

「す、すみません」


 ──何度目かの浪人の後に大学さえも中退して、大手の中小企業に入社し、今年で21となった宝塚花凛たからづかかりんは今日もバイト先の工場長から大きな雷様を食らっていた。


「謝るなら猿でもできるんだよ。高い時給払ってるんだから少しは会社に貢献してよね」

「申し訳ありません」


 元から自己主張が控えめで内気な女の子だ。

 ペコペコと頭を下げながら、上司のご機嫌を直す。

 黒いゴム紐で縛った肩まで伸ばした黒髪を左右に揺らしながら……。


「君さあ、謝ってばかりだよね。全く最近の若者ってみんなこうなのかね」

「あっ、誠に申し訳……」


 どんな理由であり、私の方が立場は下。

 今はただ、頭を下げるしかない。


「もういいからさ、持ち場に戻ってくれる。こうしてる間にも商品は流れてるんだから」

「は、はい」


 私の代理でコンベアで商品のチェックをしていた男性と代わり、黙々と作業を続ける。

 嫌気がさす度に仕事を転々とし、行き場がない私には、工場長に何を言われようともここで黙って作業を続けるしかないのだ……。


****


「どうした? 花凛、浮かない顔して?」

「いや、また上司に怒られちゃって」

「そっか。あのパワハランか。でもそんなに落ち込まんでいいよ。失敗なら誰でもあるって」

「はい、でも……」


 今日もミスの多さに憂鬱になり、お弁当の中身が中々進まないバイトの昼休憩。 

 同じバイト生で流行に敏感そうな茶系のボブスタイル。

 明るく前向きな大学四年の女性、海岡那珠奈うみおかなずなだ。


 そんな那珠奈が箸を止めて思い悩む私に気遣って、温かい声をかけてくれる。

 季節は二月、木枯らしが吹く厳しい冬には、ちょうどいい優しさかも知れない。


「まった、例の彼のこと?」

「はい。どうしても好きでして」

「うん、いいよ。話すだけでも気が楽になると思うし、那珠奈お姉さんが聞いてあげる」


 私は甘い卵焼きを味わい深く噛み締め、今日も彼との思い出話に華を咲かせる。

 今でこそ灰色な生きざまだけど、華やかな色のあった世界を思い浮かべながら──。


◇◆◇◆


「──仲澤翼なかさわつばさくん、彼ってば今はフリーらしいよ」

「えっ、あれだけイケメンなのにですか?」

「はあっ……この子猫ちゃんったら……」


 ジョイブールの休憩室にて、調理用エプロンを外し、まかないのピザを食べていたギャル系な高校三年の春草千恵香はるくさちえか先輩が、金髪を額に上げ、悩ましげにこめかみを指で押さえる。


「あのねえ、ちょっと容姿がいいからって簡単に彼女が見つかるんなら、あんなにもマッチングアプリとか流行らないわよ」

「マッチング? マッチは火起こしに使うものですよね?」


 聞き慣れない単語を繋ぎ合わせ、一応は火をつける道具と解釈したんだけど、千恵香の頬は引きつるばかりだ。


「ああ、しかも天然ときたもんだわ……」

「何か美味しそうな響きですね」

「発言がエロいって」

「私、エロくないですよ!?」

「じゃあ、何でそんなに動転するん?」

「あわわ!?」


 男の人との距離感が掴めないせいか、そのような話題でつい先走ってしまう。

 いけない、私の悪い癖だ。


「でも見た感じ、女性との経験は少なそうなのよね、恋愛に関しては奥手というか……」

「つまり、女の子に興味なしですか?」

「うーん、女性に関心がない男子とかおらんと思うけど何か闇があるんよね」


 そんな闇を抱えてる風に見えないけどな。

 あの時、見せた笑顔も王子様みたいで爽やかだったし。


「まあ、どうしても彼のことが好きなら、こちらからガンガン攻めることね」

「ガンガンいこうモードですか」

「そや。あんた結構可愛いし、コレの素質もあるんだから、おとせない男なんていないって」


 そこでどうして私の胸をじっと見つめるかな。

 女でもEカップがそんなにも珍しい?

 やたらと重いし、肩が凝るだけだよ。


「まあいいか。早速、彼を清水寺に誘い込んでみますね」

「おいっ、突き落とすなやー!!」


 私は京都に行くのは止めにして、彼の心を都内で射止める女の子になろうと決めた。

 でもいきなり急接近して、LINAの番号を交換しませんか? ハアハア……とは口が裂けても言えないし……実際に裂けたらヤバいし……。


「だったらこうすんのよ」

「これはメモ帳?」

「そう。これに愛の言葉を書いて彼に渡すんよ。仕事の合間にバイトらの手を借りて回してもらってさ」

「……普通に下駄箱でよくないですか?」


 下駄箱が古典的な表現だったのか、千恵香の表情がピシリと固まる。


「……あんた、実は年齢詐称してるやろ。ホンマは三十路やろ?」

「そんなわけないでしょ。異世界漫画に影響されすぎです。たまには純文学も読みなさい」

「えー、漱石そうせきなんて、かったるいわ」


 千恵香がテーブルの下でカタカタと震えている。

 過去に夏目漱石なつめそうせきと何かトラブルでもあったのかな?

 もしそうなら私よりもおばちゃんだね。


「さてと、そうと決まれば書きますか」

「やったれー!」


 こうして私の恋物語は始まった。

 紙とボールペンという強い意思を持って──。

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