第26章 終章

 ルミとマリが町長を表敬訪問した写真が静岡新聞に載った。3面だ。ジムのイスに座ってそれを見ながら、ハツばーちゃんが文句を言う。


「なんで3面なんだよー」


 横に座ってるミツばーちゃんが諭す。


「だってよー、「プロになった」ってだけじゃ弱いべー?「日本タイトル挑戦」とかじゃねーと」


 その横に座ってるタツばーちゃんがヒザを打った。


「それだ!そーだ、そーだ、それいいな。日本タイトル行こう」


 サンドバッグを打っているルミに大声で尋ねる。


「ルミー、日本タイトルって挑戦できんのかー?」


 ルミ、「あ?」という顔を向けて、「ムリムリ」と手を振って、またサンドバッグを打ち始めた。


 ばーちゃんたちの目の前を、折りたたみの長机を抱えた漁協長が通る。ハツばーちゃんが尋ねる。


「イチロー、日本タイトルってのはどうやって挑戦すんだ?」


 忙しそうな漁協長、困る。


「えぇ?ちょっと忙しいから、コーチに聞いて」


 ミツばーちゃんが言う。


「そいえば、今日コーチいねぇな」


 漁協長が折りたたみの長机をかかえて外に出て行く。ジムの入口に折りたたみの長机が2つ並んでいる。持ってきた一つを足して3つになった。


「これでだいじょぶかな?」


 事務員の女の子が答える。


「どうですかねー。あんなに並んでますからねー」


 港の方を見ると、50人くらいの10代から70代くらいの女性が並んでいる。そこへ、トレーニングウェア姿のユー子が歩いてきた。谷間は出していない。


「なに?あれ?なんであんなに女ばっかり並んでんの?」


 漁協長が困りながら、だけどうれしそうに答える。


「静岡新聞にさ、ルミとマリがプロになったの載せてもらったんだけど、一緒に無料体験募集したのよ。そしたら、集まった。集まった。50人以上いるべ?」


 ユー子が目を見開いた。


「エー!!!50人以上???そんなに来てだいじょぶなのー?つか、南伊豆にそんなにたくさんボクシングやりたい女がいたの?」


 漁協長がうれしそうに言う。


「オレもさっきビックリしたんだー。伊豆中から来てんだよー。ま、南伊豆以外の女はちょっとだけ月謝とるけど、いやー、ずいぶん来たなー」


 そこへ、ジムの中からルミが出てくる。


「漁協長、コーチどこ?ばーちゃんたちが「日本タイトルにはどうやって挑戦すんだ」ってうるさいんだけど、、、」


 漁協長が言う。


「そいえば、見ないな」


 ユー子が言う。


「コーチ、休みだよ。東京で新刊の取材だって。インタビューなんだって」



 東京のとある大きな出版社の会議室。コーチがイスに座っている。向かいにインタビューアーの女性が座っている。インタビューアーは谷間を出している。コーチは谷間を一直線に、真摯に見ている。


「直木賞受賞後、満を持しての第一作は面白い題材ですね」


 インタビューアーが本を手に取って見る。


「『手石漁港女子プロボクシングジムの物語』ですか。今回はどのようなテーマで?」


 コーチ、谷間からインタビューアーの顔に目を移す。


「今回は「幸せ」について書きました」

「え?「幸せ」ですか?」

「はい。「幸せ」です」

 答えてから、また谷間に目を移して、一直線に、真摯に見た。



 手石漁港女子ボクシングジムの前では、数多くの老若の女性が用紙に書き込んでいる。漁協長と漁協の事務員とユー子がそれを受け取ってさばいている。


 ふと見ると、ジムの入口の上に新しい看板がかかっている。ばーちゃん3人をモチーフにした洒落たシンボルマークが描かれていて、その下にこう大書してある。


「南伊豆町手石漁港女子プロボクシングジム」


 3月なのに、手石漁港は暖かい。春が近づいた陽気な太陽の光が、看板を照らしていた。


(了)

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南伊豆町手石漁港女子プロボクシングジム ジユウヒロヲカ @hirooka10

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