第25章 町役場

 3月になった。温暖な南伊豆は、やっぱり東京より暖かい。


 町役場の駐車場に大きなBMWが止まって、漁協長が降りてきた。紋付き袴だ。なんかキメてる。


 ミニバンが入ってきて、プップッとクラクションを鳴らした。漁協長が見ると、ルミが運転している。助手席にミッコが座っている。漁協長が近づいていく。


「おーす。なに?おばちゃん、車新しくしたの?」


 ミッコが降りてくる。


「うん。後ろ自動ドアなの。これでばーちゃん達試合に連れてくんだ」


 後ろの自動ドアが開いた。ルミが手伝いながら、ミツばーちゃん、ハツばーちゃん、タツばーちゃんが次々に降りてきた。みんな洒落た着物を着ている。


「なんだ。イチロー。似合わねーな」


 漁協長が苦笑する。


「オレの嫁はステキだって言ってたよ。ばーちゃん達はお似合いじゃねーか?」


 ばーちゃん達、照れ笑い。


「ルミの晴れ舞台だからな」


 ミニバンの自動ドアの前に立っているルミがうれしそうに苦笑している。漁協長は、笑いながらルミにサムズアップした。ふと見ると、ミニバンの自動ドアにシンボルマークが描かれている。漁協長はマークを指さしながら、ミッコに話しかける。


「お。ミッコおばちゃん、さっそく使ってんだ。やっぱ洒落てんな」


 ミッコ、うれしそうに答える。


「でしょ?でしょ?ばーちゃん達3人がモチーフだから、なんか洒落てて奥深いよねー」


 ばーちゃん達が笑う。ミツがばーちゃん達を見て言う。


「ばーちゃん達の善行にあやかれるようにさ」


 ばーちゃん達、照れる。ハツばーちゃんが照れくさそうに言う。


「これで、いつ死んでもいいよ。いつ死んでも、このマークとジムが残るからな」


 ミツばーちゃんが真顔で漁協長を見る。


「イチロー、あんたも思い出せよ。ジムとさ、このマーク見たら、アタシ達のこと思い出せよ」


 漁協長が苦笑する。


「なんだよ。シンミリしちゃうこと言うなよ。まだまだがんばれよ。ルミが引退するまで見届けろよ」


 タツばーちゃんが真剣に言う。


「見てぇなー。引退までなぁ」



 町長室で町長が満面の笑顔で立っている。向かいに、漁協長とルミとマリが立っていて、漁協長が話している。


「というわけで、南伊豆町の皆さんのお力添えのおかげで、町初の女子プロボクシング選手が2人生まれました。ありがとうございました」


 漁協長が頭を下げた。町長が引き取る。


「おめでとうございます。我々も鼻が高いですよ。あれかな?」


 と、傍らの職員に尋ねる。


「プロボクシング選手自体、町としては初めてかな?」


 職員が答える。


「調べてみたんですが、そーゆーデータにはたどりつけませんでしたので、おそらく初めてではないか、と」


 町長が笑いながら言う。


「じゃ、いいよ。町初のプロボクシング選手ってことでいこうよ。すごいな。初のプロボクシング選手が女性二人だ」


 ルミとマリ、微笑。町長がマリを見ながら怖い顔で言う。


「しかも、そのうちの一人は、昔っからオレのイカを横取りばっかりしてるやつだ」


 マリが不満げに言う。


「取ってないっすよー。マルオさんがくれたみたいに渡すからー」


 町長が「ははは」と笑った。「あぁ、冗談だったのか」とみんな理解して一緒に笑った。ミッコが口を挟む。


「じゃ、静岡新聞さん、町の広報さん、いい?ルミとマリは認定証出して。はいはい。はい、町長は真ん中で」


 町長、ちょっと困る。


「オレはいいよー。オレは脇役だから、ハジでいいよー」


 ミッコがちょっとイラつく。


「んなわけにいかねーよー。マルオはじっこにしたら、あたしたちが悪く言われるべよー。はいはい。マルオ真ん中に入って、ルミとマリが左右に立って、、、」


 漁協長は注意する。


「おばちゃん、ここで名前呼んじゃダメだ」


 ミッコ、ちょっとビックリ。


「あっ、ほら、ほら、町長、町長、両手に花だよ。うれしいでしょ?静岡新聞さん、町の広報さん、これで一発撮って」


 静岡新聞と町の広報のカメラが連写した。ミッコがばーちゃん達3人に言う。


「はい、次、ばーちゃん達も入って。町長、このばーちゃん達、ジムのスポンサーなの。このばーちゃん達がお金出してくれたから、ルミとマリはプロになれたの」


 町長とルミとマリとミッコが笑顔で手招きした。ちょっと恥ずかしそうに、ばーちゃん達が並ぶ。漁協長も一緒に並んで、みんなで一緒に何十枚も写真を撮ってもらった。

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