おうちにいる怪異

皐月あやめ

みんなのおうちは幽霊屋敷

 世の中には怪異と遭遇できる方法が、とても身近に沢山ありますよね。

 降霊術ならコックリさん、エンジェルさん、分身様。

 もしかしたら皆さんの中にも、小中学生の頃に一度はやってみたことがある、なんて人もいらっしゃるかもしれません。

 もう少し高度で怖い系なら、スクエア(四隅の怪)やひとりかくれんぼが有名ですね。

 この辺りはどうでしょう。

 挑戦したことある人……い、いますか?

 ええ、やだなぁ、怖いよぅ……。

 わたしはコレ系って、過去に一度だけしかやったことがありません。

 今回はその時のことを綴ってみようと思います。



 ***



 わたしが通っていた小中学校では、コックリさんは禁止されていたけれど、他のエンジェルさんや分身様は特に禁止されてはいませんでした。

 恐らく大人たちはコックリさんは知っていても、それ以外は知らなかったんだと思います。

 女子の間でエンジェルさんは大流行。

 主に恋占いに使われていたようです。



 わたしはコレ系には手を出しませんでした。

 理由は単純に怖かったからです。

 ヘンなことやってヘンなことになったら、嫌じゃないですか。

 怪異のヤバさは身をもって知っています。

 『怖い』はフィクションだからこそ、心の底から楽しめるんですよね。

 


 そんな女子中学生の頃でした。

 グループ内で変な遊びが流行ったのは。


 『家にいる幽霊を見る方法』


 正式名称は覚えていません。

 てか、名称なんてあったかな?

 どこから仕入れてきたネタなのかは不明でしたが、ある日「みんなにだけ教えてあげるね」妃佐子ひさこちゃんが嬉しそうに言い出しました。

 妃佐子ちゃんはグループ内でもどちらかと言うと大人しいタイプで、今で言う

 率先して発言とかはしない子でした。

 


 そんな妃佐子ちゃん曰く、この方法を実践すると、もしも家に幽霊がいた場合、その姿を見ることができるのだそうです。



 うわぁ、嫌だなぁ……。

 そう思ったわたしは、妃佐子ちゃんがくわしく教えてくれるその方法を、聞いているフリで右から左に聞き流していました。

 グループの他の子たちはどうだったのか。

 みんな真剣に聞いている風に見えたけど、信じている子なんていたのかな。

「じゃあみんな、試してみたら結果教えてね」

 妃佐子ちゃんは終始、笑顔でした。



 それからは毎日のように妃佐子ちゃんが聞いてきます。

「やってみた?」「どうだった?」「見た?」

 やるワケがありません。

 自分の家に幽霊がいるかもなんて、そんなの考えたくもない。

 それに他の子たちだって、どうせやってないに決まってる。

 でも友達が提案した遊びを拒絶するのは角が立ちますよね。

 女子の間では尚更です。

 なのでわたしは「部活が忙しくて……」を理由に、のらりくらりと逃げていました。



「やってないの、なるちゃんだけなんだけど」

 数日が経ち、妃佐子ちゃんが半ギレで詰め寄ってきました。

 ウソ、みんなやったの?

 聞けば「和室に白い人影が」とか「階段に誰か蹲ってた」とか、見たと言う子が続出です。

 わたしは動揺していました。

 だって家でそんなの見ちゃうなんて、まるで幽霊屋敷じゃないですか。

 絶対ウソに決まってます。

 とは言え、流石にやらないワケにはいかない流れで、わたしはとうとう実行することを約束させられてしまったのです。

「ちゃんと結果聞かせてよね」

 妃佐子ちゃんは笑顔に戻ったけれど、その目はちっとも笑ってはいません。

 だからわたしは聞けませんでした。

 ソレのちゃんとしたやり方、もう一度教えて、と——


 

 約束からすぐの日曜日。

 わたしはひとり、自宅の玄関前に立っていました。

 頭の中では、いつか妃佐子ちゃんが披露していた『家にいる幽霊を見る方法』を思い出そうと必死です。

 そこにやりたくない気持ちが混ざり合って、もうぐちゃぐちゃ。

 けれど、友達との約束はです。

 絶対にやらなくちゃ——

 それは見えない鎖のように、或いは呪いのようにわたしの精神を支配していました。



 観念したわたしは、辺りをキョロキョロと見渡しました。

 確かこの方法は、人に見られてはいけないハズです。

 わたしの自宅はマンションの三階。

 共有廊下に他の住人がいないことをしっかりと確かめてから、いざ実践!



 まずは玄関から入る。

 そしたら一旦、玄関を出て、また入る。

 今度はそこから一番近い部屋に入る。

 入って来た時と同じルートを辿り、また玄関まで戻る——

 それを繰り返し、一番奥の部屋まで進んで行く。

 もしも本当に幽霊がいるのなら、部屋巡りをしている最中に目撃すると言うのです。

 確か部屋を廻るにも、細かなルールがあったハズ。

 時計回りかその逆か、とか。

 一度入った部屋の扉は開けておくのかそれとも閉めておくのか、とか。

 他にも色々……。

 わたしはうろ覚えの説明を懸命に思い出しながら、幽霊に遭遇することなく最後の部屋の前まで辿り着くことができました。

 最後の部屋はわたしの自室でした。



 ほらね、やっぱりいない。

 わたしには霊感なんてないけれど、元々こんな方法、インチキなんだよ。

 そもそもうちに幽霊なんているワケないっしょ!

 最奥まで辿り着ければ、はもうすぐ終わりです。

 後は自室に何にもないことを確認するだけ。

 最初の方こそドキドキしながら、恐る恐る部屋の扉を開けていましたが、最後は何の躊躇いもなく一気に開きました。

 すると——


 ビュンッ!


 ちょうどバレーボールくらいの大きさで、青白く光る球体がわたしの顔を目掛けて飛んできたのです。


 !!


 驚いたわたしは咄嗟に上体を捻り、衝突を交わしました。

 球体はわたしの顔の横ギリギリを通り過ぎ、光る尾を引きながら廊下に出た途端、空気に溶け込むように消えてしまったのです。

「……ッ!!」

 ビックリし過ぎたわたしは、ロクに言葉も出て来ません。

 胸の鼓動が今にも耳から飛び出しそうな勢いで鳴り響いています。

 今見たモノは何だったのか。

 さっぱり分からなかったけれど、光っていたからでしょうか、嫌な感じはまったくしませんでした。

 だからわたしは、このことは家族の誰にも告げずに、それこそ何も見なかったことにしたのです。

 


「なんも見なかったよ」

 翌日の月曜日。

 わたしは妃佐子ちゃんにウソをつきました。

 あの発光体のことを何て説明していいか分からなかったし、「見えた」と正直に言うのがなんだか癪に障ります。

 それに、自宅にヘンなモノが出たなんて、そんなことを人に知られるのが恥ずかしかったのです。

 そんなわたしの報告に、妃佐子ちゃんは納得がいかないようでした。

「そんなワケないよ。本当にやったの?」

「昨日、本当にやったよ。でもなんも起きなかったも」

 妃佐子ちゃんて、しつこいな。

 こんな子だったっけ?

 こっちは嫌々、義理でやってやったのにさ。

 この時点でわたしもウンザリしていました。

 とは言え、ウソをついているのはわたしなので、そうそう無下にもできません。

「やり方、間違ったりしてないよね?」

 妃佐子ちゃんも食い下がってきます。

 わたしは少しギクッとしましたが、顔には出さず「言われたとおりやったよ」と言い返しました。

 うろ覚えでしたが、何とか手順どおりにやれたのですから。

 そんなわたしに妃佐子ちゃんが言い放ちました。

「ちゃんと誰にも見られない部屋で、心を落ち着かせながら家の中を全部思い浮かべた?お風呂もトイレも全部だよ?!」



 ——今、なんて?

 思い浮かべる……?

 どうやらわたしは、根本的に間違っていたのです。


 『家にいる幽霊を見る方法』


 コレはどうやら『頭の中でシミュレーションする』と言うモノだったのですが、それをわたしは聞き逃しており、実際に行動に移してしまったのです。

 動揺しました。

 けれどそれを悟られないよう、努めて平静を装うわたし。

 妃佐子ちゃんは「おかしいなぁ……」なんてブツブツ言っていましたが、最終的には諦めてくれたようです。

 それを機にグループ内でこの話をする子は居なくなりました。

 


 根本を間違ったのに、わたしが見たあの発光体は何だったのか。

 アレを見たのは後にも先にもあの時だけです。

 今でも謎現象。

 それに、これを書いていてふと思ったことなのですが——

 そう言えば妃佐子ちゃんがこの方法を試しただとか、何かを見ただとか……。

 そんな話は聞いたことがなかったんですよね。

 あんなにしつこくグループ内でやらせておいて、自分はどうだったんでしょう。

 そもそも妃佐子ちゃんは何がしたかったのか……。

 このの話をしていた妃佐子ちゃんの笑顔が、今でも忘れられません。



 ***



 以上で今回のお話は終わりです。

 思った以上に長くなってしまいました。

 最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。

 わたしは絶対にお勧めしませんが、今後、皆様も降霊術を行う際は、くれぐれも手順をお間違いになりませんよう……。

 万が一、怪異に遭遇してしまっても自己責任でお願いいたします(笑★

 そうそう、『家にいる幽霊を見る方法』の正しい手順をご存知の方がいらっしゃっても、どうぞご内密に♡

 それはあなたの胸の内に、そっと秘めておいてくださいね♡

 



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

おうちにいる怪異 皐月あやめ @ayame

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ