彼女、危機一髪!

うびぞお

怖い映画を観たら一緒に夜を過ごそう 番外編

 おおよそ真面目な女子大生であるカヌキさんは、無類のホラー映画好きである。そんなカヌキさんは、大人っぽいけれどちょっとばかしワガママなミヤコダさんとお付き合いをしていて、同棲生活をスタートさせたばかりだ。

 そんな二人のなり初めなどは、さておいて。



1


「ちっ!遅刻するー!!!」

 ガシャン、ゴトン、バタン、バサバサ、ダン、タタタタ

 

 その日、ミヤコダさんは朝から賑やかだった。

 カヌキさんは、いつも通りの時間に起きて、朝の情報番組で新作映画情報が流れてこないか、などと思いながら、トーストを齧っている。


 カヌキさんとミヤコダさんは学部は違うが、二人とも極力1限から始まる講義は受講していない。ただ、今日のミヤコダさんは調査実習のために1限前から登校しなくてはならない。

「人より賢いんだから、事前にしっかり準備して、早起きすればいいぐらい分かるでしょうに」

 カヌキさんは呆れ顔をしながらホットミルクをゆっくりと飲む。ちなみにカヌキさんはいつも通り2限から講義なので余裕である。


 前もって準備した分、少しくらい寝ても構わないと、余裕かまして二度目して、結局寝坊するような人間が一定数存在することをカヌキさんは学習すべきなのかもしれない。


「先に行くねー」

 ミヤコダさんは、玄関から飛び出した。自転車の音が遠ざかっていく。

「……どんなに焦っていても、しっかり綺麗な格好していくんだから、偉いですね」


 そんなカヌキさんの呟きは、もうミヤコダさんには届かなかった。

 いつものミヤコダさんの香りだけが、静かになった家の中を漂って消えた。カヌキさんは、すんと鼻を鳴らすと、食器を片付け始めた。




2


「やー、危機一髪だった」

 実習、その後のアルバイトを終えて、ミヤコダさんはいつもより疲れて帰宅した。

 ダイニングのテーブルにミヤコダさんが突っ伏すと、カヌキさんがその頭をヨシヨシと撫でてあげる。


「遅刻ギリギリでさ、間に合ったけど、席が一番真ん前しか空いてなくてさ、わたし、どんだけ真面目かって」

「お友達が席を取っておいてくれなかったんですか?」

 その質問には、ミヤコダさんは、いーって歯を剥いて見せた。それを見て、ミヤコダさんのお友達アクユウたちが、遅刻しそうだったミヤコダさんを敢えて特等席に追いやったことがカヌキさんにはわかった。


「実習の時間が押しちゃって、その後のアルバイトもギリギリ」

「ははは、危機二髪目ですね」

「ほーんと、つっかれたー」

 んんッと、微かな唸り声をあげながら、ミヤコダさんが上半身をグッと伸ばす。そらされた胸から首のラインを、カヌキさんがちょっとだけ熱を込めた目で見た。


 ミヤコダさんは、そんなカヌキさんの視線に気が付く。

 ばれた、と思ったカヌキさんが固まった。

 ミヤコダさんが、その隙を見逃す筈はなかった。





 ゆっくりとカヌキさんは、ミヤコダさんから唇を離す。

 その恥ずかしそうな顔にミヤコダさんはニヤケながら、何かを思い付いた顔をした。

「ね、危機一髪、の映画ってある?」


 カヌキさんは、腕を組んで、天井を見上げる。天井を見ているのではなく、脳内映画検索である。


「……相当、いくらでも、ありますね」

 改めてカヌキさんがミヤコダさんを見て答える。

「そーなの?」

「ホラーでもアクションでもスリラーでも、ドキドキハラハラする映画の主人公とその恋人は、いつだって危機一髪をラストシーンで切り抜けると決まってます。不文律です」

 カヌキさんは身も蓋もないことを断言してしまった。

「そーなんだ」


「まあ、ホラー映画だと、切り抜けた後に殺されることもありますが」

 ミヤコダさんの口が歪む。大抵の話の展開が分かってしまうくらい映画を見てるのに、よく飽きないもんだなどと思う。


「うーん、ブルース・リーの最初の映画がそんな感じのタイトルだった気がします。007の危機一髪は、タイトルが変わったんだっけかな……」

 なんかブツブツ言ってるカヌキさんを見て、ミヤコダさんはとりあえず、お茶を淹れることにした。


「危機一髪、危機一髪、危機一髪の映画……映画の危機一髪……」

 まだ言ってる、とミヤコダさんは思う。そして、真剣な顔で考えてるカヌキさんを見て、ああ、可愛い、と頭を蕩けさせる。


「今度の週末、一緒に映画を観ましょう」

 パッと、カヌキさんがミヤコダさんを振り返った。

「危機一髪なほらぁ映画を見るの?」


 カヌキさんが質問に回答せず、ただにっこり笑ったので、ミヤコダさんも釣られて笑ってしまうのだった。

 しかし、

 危機一髪のほらぁ映画って、どんなの?

 ミヤコダさんの頭の中を一抹の不安がよぎったのも事実であった。




4


 そして、週末の夕方となる。

 

 カヌキさんいわく、長編なので時間の余裕が必要なのだそうだ。早めの夕飯を摂った後、ダイニングの隣にある居間兼カヌキさんの寝室兼視聴覚室に移動する。この家で最も広い部屋に大型テレビを設置し、その前には、ベッドに変形するソファベッドが配置してある。

 一応、そのソファベッドは、カヌキさんのベッドである。

 一応ね。


 ソファにミヤコダさんは、いつものようにどかっと座る。そして、いつもならカヌキさんは、その足の間に座る。

 ところが、

「今日は、違います」

「え?」

 カヌキさんはミヤコダさんをソファから追い立てると、自分がそこに座り、足を広げて、その間に座れと言うように太ももの間をポンポンと叩いた。

「それじゃ、あなたが画面を見れないでしょ」

 10cm強、カヌキさんより背の高いミヤコダさんは、そう言って、カヌキさんの足の間だけれども、クッションを置いて床に腰を落ち着けた。カヌキさんはミヤコダさんのつむじを見下ろす形にとなった。

 そして、ミヤコダさんは、自分の体の横にあるカヌキさんの足を早速撫でてみる。

「…!! それ、映画観てるときはやめてくださいねッ」

「はあーい」

 ミヤコダさんが当てにならない返事をした。





 長編、というよりは2本立て。カヌキさんが選んだのは、連作のホラー映画だ。


 アメリカの田舎町。1988年、そこでは連続児童失踪事件が起きていた。主人公の少年ビリーの弟も雨の日に帰ってこなくなった。ビリーとその仲間たち6人のいじめられっ子は、事件の謎と真相を追う。しかし、彼らを待っていたのは「それ」だった。

「それ」は恐怖そのものであった……


 カヌキさんの足の間で、ミヤコダさんが何度もビクンと震え上がる。「それ」は神出鬼没かつ残虐だ。初見で、驚かずに観ることは難しい。ましてや、ミヤコダさんはようやくホラー映画に慣れてきた、という程度で、カヌキさんにすればど素人だ。


 本当に危機一髪が連続する映画だった。

 何より「それ」が怖い。カヌキさんに足に触るなと言われたが、怖くて、カヌキさんの足に縋ってしまう。


 なんとか、1本目を見終えて、ミヤコダさんはフーッと息をついた。予想外に爽やかなエンディングでもあり、全身の力が抜けた。

 そんなミヤコダさんの頭を優しく抱きかかえて、カヌキさんが言う。

「休憩はありません、続きを観ますよ」

 それは、有無を言わせぬ言い方で、ミヤコダさんは少しだけ怪訝な顔になったが、了承して座り直した。



 2作目は1作目から27年後。

 子供たちはすっかり大人になって、街に残っていたのは一人だけだった。「それ」が覚醒し、街で事件が起き始めたことに気付き、子供だった彼らも大人になって、また街に集まり、今度こそ「それ」と決着を付けようとする……


 やっぱり怖い!

 でも、それよりも


「ね、ねえ」

「映画に集中してください」

「一回、ちょっと止めて」

「ダメです」

「や、ちょっと、わたし」

「最後まで、一気見するって言いましたよ」

「……何分あるの?」

「1 本目が2時間15分、この2本めは2時間49分。合わせて5時間超えです」


 5時間!!そんなの無理!


 ミヤコダさんが立ちあがろうとすると、カヌキさんが両足でぐっと抑えつける。

「ちょ、な」

 ミヤコダさんがジタバタすると、なぜかカヌキさんは全力で頑張って立ち上がらせない。

「お、お願い!もう、わたし」




 ……昨今の映画はやたら長い。130分超が当たり前だ。

 必死で堪えてエンディングロールを見て、劇場が明るくなったら、早歩きで、いや、小走りで、トイレに駆け込んだことが何度あっただろう。


 そして、用を足して思うのだ。



危機一髪!


と。







 ミヤコダさんが、トイレから戻った。カヌキさんがしてやったり、とほくそ笑む。


「ははは、ねっ、だったでしょ」

「あのねー!!!」




 



 




 ★☆★☆★☆★☆★☆


 ネタにした映画

 ドラゴン危機一髪(1971)

 007 ロシアより愛をこめて(1963)

(旧題 007/危機一髪)

 IT/イット“それ”が見えたら、終わり。(2017)

 IT/イットTHE END “それ”が見えたら、終わり。(2019)


番外編その3

https://kakuyomu.jp/works/16818023211997215492/episodes/16818023211997424692


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