最終話 真実の世界 マルス

????年??月??日


‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥。

‥‥‥‥‥‥‥‥‥。

‥‥‥。


「ん………あ……れ…?」


目が覚めると、そこはさっきまで居たはずの氷の洞窟では無かった。

無機質なタイル状の天井、更には目の前を覆っている何か透明の蓋のようなものがあった。

首を左右に振りながら周囲の状況を確かめる。

どうやら、俺自身も無機質な機械のような箱の中に入っているようだ。


「これ…開くのか?」


俺は手を上にかざす。


ヴゥゥゥゥゥゥゥンという鈍い振動がして、俺の目の前を覆っていた透明の蓋が一瞬にして消え去った。

俺はゆっくりと上半身を起こすと、体が軽くなっていることに気付く。

下を向いて確認してみると、さっきまで着用していたはずの鎧の類は着ておらず、まるで病院で検査を受けている時に着用する衣服を着ていた。


「あれ?もしかして元の世界に戻って来たのか?」

「という事は、ここは病院か」


そう思い手に目をやると、手にしわは一切無く若々しい手だった。


「どういうことだ?ここは元の世界じゃないのか?」


そうだ、確か、元の世界に戻るためには一業寺いちぎょうじ神社で結婚イベントをしなくてはいけない。


「あれこれ考えても仕方がない」


俺は自身が寝ていたベッドから出て、周囲を見渡した。


「な…なんだ、これは………全部、俺が寝ているベッドと同じ………」


部屋は奥が見渡せないほど広く、そして、俺が眠っていたベッドと全く同じものが無数に並んでいた。

少し混乱気味に陥りながらも、考えを巡らせているうちに、その無数のベッドのうちの一つから人影が。


それは、肩ほどまで髪が伸びた銀髪の女性で、耳は長かった。

エルフ?‥‥‥という事は、まだあの世界にいるのか?


「良かった。無事だった」


その女性は近づいてくるなり、俺の腰に手をまわして抱き付いてきた。


「え………えっと……どこかでお会いしましたか?」


手をどこにやっていいのか分からず、ワキワキとさせながら訊く。

女性は、俺を凝視したが、それもほんの一瞬の出来事であった。


「そうか。そうだった」


女性は、腰にまわしていた手を退けて、少し後退りしてから口を開いた。


「この姿で会うのは初めてだった」

「私はニェボルニェカ・D・イルカナトワ」

「みんなはネネカって呼んでる」


「その名前………君が俺をこの世界・・・・に連れて来た人だっていうのか?」


おかしい。

俺の予想では、あの時の少年‥‥‥いや、少女だったはず。

それで間違いないはずだ。


だが、俺の目の前にいるのは人間ですらない。

エルフの女性だ。

会った事すらない俺を何故、この世界に招き入れたのだ?


考えを巡らせる俺に、彼女は首を傾げる。


「どうしたの?」


「あ……いえ………」

「済みません。混乱していたもので」

「初めまして。ご存じだとは思いますが、私は一色蒼治良いっしきそうじろうと申します」


「知ってる」


「ですよね。はははは」


乾いた笑いをする。


「蒼治良、何かおかしい」


彼女は、再び、俺の側に寄ると手を俺の額に付けた。


「んーーーー、熱はないっぽい」


また首を傾げる。

ん?あれ?この女性ひと、誰かに似て無くね?


「もしかして、ユウキなのか?」


「うん」


「なるほど……そうか……」

「俺は、あれから何年眠ってたんだ?」


「何言ってるの?」


「ん?」


互いに首を傾げる。

何か話が全くかみ合わない。


「時系列で言うと、蒼治良は雪王スノウロードの即死スキルを受けて死んだ」


「ほうほう……って、死んだんなら何で生きてんだよ」


「死んだのは、あっちの世界での蒼治良」

「つまり戻って来た」


「元の世界に?」


「そう」


「なるほど……で、なんで俺、若返ってんの?」

「よぼよぼの死にかけ爺だったはずだけど」


「それについては、歩きながら話す」

「付いて来て」


ユウキ‥‥‥いや、ネネカは俺に背を向けて歩き出した。


「あ、ちょっと待ってくれ」


「なに?」


振り返る彼女に俺は訊いた。


「間違ってたらごめんだが、お前……病院の中庭で出会った子……だよな?」


「うん」


ネネカはそう言って、少しはにかんだ。


「その経緯も含めて説明する」


こうして、俺とネネカは部屋を後にした。


‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥。


通路に出ると、そこも無機質な壁で覆われた地下通路だった。

幅は‥‥何メートル、いや、十数メートルはあるだろう。

ネネカが行こうとしている先に目をやる。


「おー…奥の方にかすかに何かが見えるな……」


「ここは中央広場に続く通路。つまり、この先に中央広場がある」

「ちなみに200mくらいある」


「すげー………で、今はあれから…あ、この世界元々の世界の事な。どのくらい経ったんだ?」


「んー…確か…200年?」


「え゛っ!?マジで!?」


「マジ」


「俺、そんなに寝てたのかよ……で、なんで俺は今も生きてて、しかも若返ってんだ?」


「あれは、西暦2042年7月3日の出来事」

「蒼治良は死ぬ寸前だった」


「まぁ、そうだな」


「それを奪って装置に入れてコールドスリープの状態にした」


「あ…うん……まぁ、そうだな」


「そのまま宇宙に出た」


「ん?」


「マルスに着いて、みんなでゲームで楽しんだ」


「ふむふむ……って全然分けわからんのだが!?」


「分からない?」


「あぁ……まず、なんで俺の身体を奪ったんだ?」

「そんな価値あるとも思えんのだが」


「あー、そっか。蒼治良は両親の事を知らないんだった」


「えっ!?お前は知ってるのか?俺の両親の事を?」

「だって、俺の戸籍には親の名前なんて書いてすらいなかったんだぞ?」


「そう、書く事が出来なかった」


「どういうことだ!?」


俺は、ネネカから俺の身に起きた事を一部始終聞いた。


両親の名前が某国の組織の一員である色部次郎しきべじろう一条蒼子いちじょうあおこであること、俺が人工子宮から生まれた子であること、俺を組織から守るために知人に預けられたこと、その知人の子が裏切って組織に情報を流したこと、その結果、俺は全く縁もゆかりもない施設に孤児として送られたこと、知人の子が裏切ったことで両親の居場所も突き止められ組織によって殺されたこと、晩年に俺の居所を突き止めた組織に身体が狙われていたこと等々。


「なるほど、研究対象として俺の身体を狙ってたやつがいたって事か」


「そう」


「で、その知人の子っていうのがお前の父親だったと」


「そう」


なるほど、だから俺が入院した時、主治医が突然ネネカの父親に変わったのか。


「で、なんでいきなり宇宙に出たんだ?というか、どうやって出た?」


あの時代は、まだまだ宇宙で暮らしていけるような科学など存在していなかったはずだ。


「それは、三六さんろくたちに助けてもらった」


さんろく?誰?


『ふっふっふ。とうとう俺っちの出番だな』


どこからともなく声が聞こえて来た。


「誰なんだ?」


「だから、さんろく」


『ちょっ、もうちょっと驚いてくれても良いだろ?兄弟』

『だっ!誰だっ!?貴様はっ!!!出て来やがれ!!!……とかさ』


何、そのいかにも小物の悪役が言いそうなセリフ。


『まぁいいや』

『俺の名は三六さんろく。超天才科学者の色部次郎と一条蒼子によって創られし人工知能AIさ』


「それって、俺の両親…」


『そうさ。だから俺っちと蒼治良、キミは兄弟って事さ』

『まぁ、ヒトでない奴に言われたくないかもだけどな』


「いや、そんな事ないぞ」

「晩年に同じ人工知能の緑子と暮らしていたからな」

「ともかく。これから、よろしく頼む。兄弟」


『お、おぅ!なんか気恥ずかしいな』


「自分から言ったんじゃないか」


『ハハハハハ。そうだな。宜しく頼むぜ、兄弟』


「あぁ」


とまぁ、何か良く分からない友情みたいなものが三六との間に生まれたのだった。


「話、進めて良い?」


「あぁ、ってか、なんか不機嫌になってない?」


「なってない」


そう言って、ネネカはプイっと視線を外した。

そんな事をやっているうちに、大きな扉の前にやって来た。


「デカいなぁ、どうやって開けるんだ?」


『それは俺っちが許可した場合……っていけね。ネネカの姉御頼むわ』


その言葉に、俺はネネカの方に向く。


「何怒ってるんだ?」


「怒ってない」


いや、普通に頬が膨らんでるんだが。


『いやぁ、俺っちが先に兄弟の契りを交わしてしまったもんだからなぁ』

『本来なら、ネネカの姉御と結婚した後に会う予定だったからな、俺っち』


「あぁ、そういうことか」


単なる嫉妬だったらしい。


「式なら後でいつでも出来るだろ?」


その言葉にピクッと反応を示した。


「する気あったの?」


「その気が無ければ、付き合ってすらないが」


そう、昔、綾香との縁談の時みたいに。


「じゃあ、いい」


どうやら、心なしか機嫌が直った様だった。


「で、どうやって開けるんだ?」


もう答えは分かっているが、あえてネネカに訊くことにした。


三六さんろくが必要と認めたら開けてくれる」

「というわけで、三六、開けて」


『はいよ』


その言葉のあと、ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ、という音は立ててないが、扉が見事に開いたのだった。

部屋の中は最初は真っ暗であったが、次第に明るくなり部屋の全貌を知るまでそれほど時間は掛からなかった。


「おー………ってか、何もないな、ここ」


そう、全く何もない広大な部屋。

他と違うのは、ドーム状の天井だ。


「そういえば、宇宙に出たっていう話の続きだが、俺達は宇宙船の中にでもいるのか?」


「ううん。ここはマルスという星」

「三六、天井を開けて」


『あいよ』


その言葉と共に、天井が見る見るうちに透けて行き、やがてどこが天上なのかすら分からない程、目の前には空が広がっている。

地表は赤く、風が強いのか赤い土が空に舞っていた。


「おぉっ!すげー……あっ月みたいなのが2つもあるぞ」


大小の月が2つ。

大きい方は緑がかった色をしていて、小さい方は地球でよく見た月だった。


「いくら三六たちの助けがあったと言っても、よく火星まで来れたもんだな」


「火星じゃない」


『そうだぜ兄弟。マルスっていう星さ』


ん?どゆこと?


「いや、だからマルス、火星だろ」


「地表が火星に似てたからマルスって名付けただけ」

「地球からは1億光年離れたところにある惑星」


むふー、と鼻息を鳴らして長い耳をピクピク上下に動かしながら、ネネカは得意顔ドヤがおを決めた。


「えっと、あれから200年しか経っていないんだよな?」

「まさか、空間跳躍ワープしたって事か?」


俺のその言葉を待っていたかのように、キラーンとネネカは目を輝かせた。


「マジかよ。あの時代にそんなものまで創り出してたって言うのか?」


『それは違うぜ兄弟』


「そう、あの頃の私達は、まだ1年程度宇宙を旅するだけの技術力しかなかった」


『そそ、宇宙に出たはいいが、これからどうしようってなったもんな』


「なったなった」

「研究のために1週間寝ない事もザラだった」


『そうだったなぁ。俺っちは、全てを改修のために演算能力をつぎ込んだっけ』


「必要なものは、その都度何処かの惑星や衛星で見つけたものを利用した」


『そうそう。懐かしいな』

『あれは何年くらい経ってだっけ、宇宙船で火災が発生してなぁ』


「改修に失敗した時だった。あの時は死ぬかと思った」


『だよなぁ。俺っちも諦めかけたわ』

『で、ある時に空間跳躍ワープの仕方を見つけてな』


「うん。あれは画期的だった」

「探索機を空間跳躍ワープで飛ばして、空間跳躍ワープで戻って来れるように出来たのが大きかった」


『だよなぁ。座標計算が難しかったけどな』


「でも、それで一気に探索が進んで、この惑星に着いた」

「それからは、私は蒼治良の身体を治すための研究に、全てを注ぎ込んだ」


『そそ、俺っちも余裕が出来たから手伝ったっけ』


「うん。すごく助かった」


『いやいや。人体実験を全部姉御自身がしてくれたおかげさ』


あー、だからネネカの耳が長くなってるのか。


「その過程で、たまたま細胞を若返らせる方法も見つけた」


『そうそう。その技術を使って兄弟に残っていたわずかな正常な細胞から臓器を再生させたんだよな』


二人は本当に懐かしそうに話をしていた。


「すまん。俺のために」


それしか言えなかった。


「気にしなくていい。それもいい思い出」


『そうそう、今となってはいい思い出さ』

『ま、言うても、まだ始まったばかりなんだけどな』


「そう、これからやらないといけない事はたくさんある」


確かに、この星はまだ何もなく、ただ荒野が続いているだけだ。


『ってことで兄弟。ここでいっちょ、ちゅー、ってやつしようぜ』


え?急に何言ってんの?


『ゲームの中では出来なかっただろ?』


まぁ、確かに。


『それに、今なら俺っちしか見てないから安心だぜ』


いや、全然安心じゃないんだが。恥ずかしいんだが。

と、言ったところで、結局、いつかはやらないといけないわけで。

ネネカの方を振り向くと、ただジッと俺を見つめていた。


覚悟を決めた俺は、無言でネネカの肩に手をあてがって、そしてキスを交わした。


次の瞬間。


何かが崩れ落ちる音が部屋に響いた。


「何が起こった?」


「あれ」


ネネカが指を差した方向には‥‥‥なんということでしょう。

綾香をはじめとする皆が居るではありませんか。


「おほほほほ。お見苦しいところをお見せしてしまいましたわ」


「いや、だから、わしは反対したんじゃ」


「僕も反対したんですけどねぇ」


「私ももちろん反対しましたよ」


「私も反対したにゃ」


「ウァ」


「まぁ、ええやん。ええもん見せてもらえたんやし」


「ですねぇ。でも舌を入れなかったのはいただけませんが及第点といったところですかねぇ」


「キスって舌をいれるものなの?」


以上、綾香、侃三郎かんざぶろうけい、葉月、拇拇もも燒梅しゅうまい、千里、リョク、小春であった。


あれ?ジャンヌがいないな、あと先生も。

二人は、空気を読んでくれたのか?


ジャンヌジャネットは今頃、セバスといい感じに合体してると思う」


「お姉様!私はそんなことしていませんっ!!!」


直後、扉の向こう側から胸を上下に激しくたぷんたぷんさせながら、銀髪エルフの女、ジャンヌが現れた。

どうやら、扉の前で隠れていたようだ。

ん?てか、お姉様って何?やっぱり姉妹だったのか?


『あー、兄弟。言い忘れてたが、兄弟の病を治す過程で失敗する事も想定してだな』

『兄弟とネネカの姉御の分身体を作っておいたんだ』


「へぇ………ん?俺の分身体は?」


「ほっほっほ。私奴わたくしめでございます」


そう言って現れたのは、ジャンヌ同様に部屋の外で隠れていたであろう先生セヴァスティアンだった。


え?うせやろ?だって全然似てないじゃないか。ジャンヌもだけど。


「それは、私の好みを反映させた」


「つまり、遺伝子をいじったって事か」


「そう」


何てことない、って顔してるが、凄い事だぞ?

まぁ、既に凄いことだらけを目の当たりにして、もはや本当に何てことない事に思えてくるが。


「しかし、マジかよ。俺に一気に兄弟が二人も出来るなんてなぁ」


「ほっほっほ。これからもよろしく頼みますぞ、兄上・・


「いや、見た目だけなら、俺の方が弟にしか見えんのだが」

「ともかく、よろしくお願いします」


俺と先生セヴァスティアンは握手を交わす。


「ふん。貴様が私の義兄になるというのが気に食わんが、仲良くしてやろう」


そう言ってジャンヌが手を差し出してきたので、俺は苦笑しながらも握手しようとしたのだが。


「おっとと………」


足を滑らせた。

そして。


ぷにっ。


手にとても柔らかい感触が広がる。


「いや、聞いてくれ。わざとじゃないんだ」


「いぃーーーーーーーやぁーーーーーーーっ!!!!!!!」


次の瞬間、俺は宙を舞った。


「あかん、ここやとまともに頭打つでっ!」


とまぁ、こんな感じで俺の物語は幕を下ろしたんだ。

いや、死んでないからな。





Crimson World Mars Д    終。

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Crimson World Mars Д 福田牛涎 @san_mulen

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