第35話 ホワイトデー前日と雪王

さて、皆は覚えているだろうか。


『雪精霊の指輪』の事を。


そう、ここから元の世界に戻るために必要となる、もう一つアイテムだ。

そして、その日がとうとうやって来たのだ。


時は、聖暦2043年3月13日午後10時近く、場所は氷の洞窟。


‥‥‥‥‥‥‥‥‥。


「ほい、蒼治良そうじろうはん」


「あ、ありがとうございます」


俺は、宇佐千里うさせんりから甘酒を受け取った。


え!?指輪を取りに来たんじゃないのかって?

そりゃ取りに来たさ。

だが、それを落すモンスターが現れるには、まだ時間が早いからな。

それとも、この寒い洞窟の中でジッと待ってろとでもいうのか?

無理無理。

だって、この洞窟は風こそ入って来ないが氷点下なんだぜ。

てなわけで、モンスターが出るまでは、みんなで焚き火を囲ってパーティだ。

パーティだけにな。

ここ笑うところだぞ?あとは無いかも知れないぞ?


「蒼治良はん、さっきから誰と話してるんや?」


「さぁ、私も良く分からないんですけど、何でもエアー友達らしいですよぉ」


千里と甘酒にありつくためにおっぱい風呂から出ているリョクの話し声が聞こえるが、聞こえない振りをした。


Воздух Другヴォーズドゥフ ドゥルーグ


いつものように俺の隣にちゃっかり陣取っていたユウキが、不意に意味不明な事を言い出した。


「今の何?」


「秘密」


「なんか、元居た世界で聞いたことのあるような言葉だな」


チラッとユウキの方を横目に見ながら言う。


ピクッ。


ほんの僅かではあったが、俺はそれを見逃さなかった。

おおかた、俺に分からないとでも思ったのだろう。

いや、何言ったのかは本当に俺にも分からん。

だが、元の世界でテレビのニュースをちゃんと見ていた俺にはピンときた。

大陸のある国の言葉‥‥‥だと。


「それはなんていう名前のヒト?」


両手に甘酒の入ったコップを持ちながら、ユウキは俺に詰め寄った。

あれ?何か俺の思っている反応と違う‥‥もしかして、俺にその手の彼女でも居たと勘違いしてるのか?


「いや、そもそも俺にはその手の人と知り合いなんて‥‥あ、そういえば‥‥‥」


「なんていうヒト?」


ユウキは、更に詰め寄る。


「いや、元の世界で入院してた時にあいさつに来た人だよ」

「えっと‥‥確か、ルーヴシュカ……下の名前は忘れたが、そういう名前だ」


そう、最初に入院してから数日が経った頃に、急に担当医が変わったのだ。

一人はその外国人女性、もう一人は何故か院長だったのだ。

あれにはびっくりしたもんだ。

なんで、その辺の一般人の俺に院長が担当になったんだってな。

それだけ、俺の病は特殊なのかと思ったくらいだ。

ま、ただの癌だったけど。


「………ならいい」


やけにあっさりと引き下がったが、次の瞬間とんでもないことを言い出した。


「蒼治良はヤリチン疑惑があったから、また他の女を手籠めにしたのかと思った」


その言葉に、和気藹々としていた他のメンバーが凍り付いたのは言うまでもない。


「ちょっ!?おまっ、何言ってんの?」


そりゃあ、焦りもする。

何を隠そう、俺は童貞のまま人生を終了したんだからな。


「だって、綾香の蒼治良を見る目が他の男を見る目と違う……侃三郎かんざぶろうを除いて」


「ちょっ!?何を言っているんですの!?ユウキさん!!!」


あわあわと、両手をぶん回し顔を真っ赤にしながら否定する綾香。


「千里も蒼治良に、ちょっと色目使ってる」


「いや、うちは別にそんなつもりはないで……まぁ、この中の男衆の中では使ってるかも知れんけど」


そこは否定してほしい。


「リョクも蒼治良に色目使ってる」


「えー、そんなことないですよぉ。興味があるのは朝のお◯ん◯んの状態だけですよー」


毎朝のようにガン見してると思ったら、それが目当てだったのかよ。

知ってたけど。


ジャンヌジャネットに至っては、最初はあんなに嫌っていたのに、いつの間にか仲良くなってるし。メスの目で蒼治良を見るようになったし」


「ちょっ!ユウキ!?何を言ってるんですか!」

「私は単にこいつ先生とおな……って何言わせるんですか!」


ジャンヌは慌ててユウキの口を塞ぐ。

ん?俺と先生セヴァスティアンが何だって?


「うるさい!何でもない!」


何でそんなに涙目で言ってるのか分からんが、まぁ、スルーする事にした。

そして、ジャンヌに無理やり口を塞がれたユウキであったが、それも直ぐに必要がなくなったのであった。


くぅ‥‥‥くぅ‥‥‥すやすやすや‥‥‥。


「えっと…もしかして甘酒に酔ったのか?」


「そのようですねぇ」


答えたのはリョク。

とりあえず、ユウキを横に寝かせて持って来ていた毛布をかぶせる。

なお、他のメンバーは嵐が過ぎ去ってホッとしたのか、それともちょうど火にかけていた鍋が美味そうに出来上がったからなのか、何事も無かったかのように和気藹々と食べ始めた。


「ほい、蒼治良はんの分」


「ありがとうございます」


「あ、もうちょっと色気つこうた方が良かった?」


そう言うと、千里はしなを作ってなまめかしい仕草をした。


「いえ、そういうお気遣いは無用です」


「あはははは、冗談や冗談」

「まぁ、でもフリーやったら、うちも狙ってたかも知れんけどな」


千里は、カラカラと笑いながら言う。


そんなこんなで、心身ともに温まり、時間を迎えた。


‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥。


時は零時。

その時刻と同時に、辺り一面が一瞬のうちに霧で覆われた。


雪王スノウロードが来る」


そのユウキの言葉どおり、そいつは現れた。


ぬおおおおおおおおおん。


何か良く分からない咆哮?と共に現れたのは‥‥‥ナニコレ?‥‥ラクガキ?

手足は無く、縦に潰れた楕円の目をした、もんの凄い間抜け面をした氷の塊だった。

その氷の塊を囲むように、更に8つの小さな氷の塊が浮いている。


これが雪王?どちらかと言ったら氷王アイスロードじゃね?


俺はユウキに顔を向ける。

ユウキは、何がおかしいの?と言わんばかりに首を傾げていた。


「蒼治良さん、お気をつけになって」


「そうじゃ、蒼治良殿。彼奴は強いぞ」


綾香と侃三郎は言う。

全然そうには見えないんだが‥‥‥まぁ、二人が言うなら間違いないのだろう。

てか、戦うのは俺とユウキだけなんだけどな。

え?他のメンバーは何をしてるのかって?

部屋の端で、さらに追加で作った鍋をつついてるよ。

何でも、二人だけで倒さないと目的の指輪をドロップしないらしい。


というわけで、戦闘が開始されたのだが‥‥‥こいつ本当に強いのか?というくらいに弱い。

攻撃は体当たりをして来るだけで単調だし、そのかわりに魔法を使ってくるわけでもない。

しいて言えば、見た目どおり防御力が高いくらいである。


そして、ダメージを与えているのがみるみる分かる程、雪王の姿は小さくなっていく。

当初は2m程あった体も、今では50cm程になってしまっている。


「よし、ユウキ下がれ」


俺の言葉にユウキは雪王から距離を取り、俺もそれに合わせて距離を取った。


「何するの?」


「ふっ、俺のとっておきを見せてやろう」


「おー、たのしみ」


恐らく最後の戦いになるであろうからな。

格好くらい付けたくなるというものだ。


「行くぜ、雪王スノウロード!」


俺は、結局まともに使う事の無かった精霊剣を手に、雪王に向かって走り出した。

雪王は最後の攻撃‥‥つっても体当たりなのだが、それをひらりとかわすと奴の背後を取る。


「俺の必殺技を食らうがいい!」


その言葉のあと、俺は助走をつけて雪王に迫る直前にジャンプした。


『天空烈斬っ!!!』


「おーっ!」


まぁ、名前はカッコいいが、ただのジャンプ攻撃だ。

その攻撃で、見事に雪王を真っ二つにした俺は、着地と共に得意顔ドヤがおでユウキの方に振り返る。


だが‥‥‥あれ?なんで、そんなに慌ててるの?

てか、観戦してるみんなも、何か言ってるし。


「蒼治良、下がって!」


そのユウキの言葉の直後、俺の視界が真っ白に覆われたのであった。

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