第34話 一業寺神社

2月31日。

バレンタインデーもとうの昔に終わり、普通の日常に戻ってから2周間経った。


俺が今、どこにいるのかと言えば、村のギルドの建物の中である。

俺だけじゃない、全員集合だ。

ちなみに現在の時間は午後2時であり、午後8時ではない。


「ボン、お主はさっきから誰に話しかけておるんじゃ?」


ギルド長兼ギルド職員のロリーナさんは、首をかしげながら言ってきた。


「気にしなくていい。蒼治良そうじろうには目に見えない友達がいるから」


俺が答えるより先にユウキがそう答える。

確かにそのとおりだが、そのまんま答えたら俺が可哀想な人みたいだろ?

ほら見てみろ、綾香たちの俺を見る目がそうなってるじゃないか。


「事実は事実」


無慈悲なユウキの返答が帰ってくるだけだった。


「そろそろいいかや?」


ロリーナさんも、そろそろ戻ってこいという反応をしているので、俺は『ハイ』と答えたのであった。


‥‥‥‥‥‥。


「というわけじゃ」


ロリーナさんが何を行ったのかと言うと、端的に一業寺いちぎょうじ神社が突然オークの集団に襲われたらしい。


一業寺神社って何だよだって?

もう忘れたのかよ。

29話で設定だけ出て来ただろ、アレだよアレ。


まぁ、ともかく、その知らせは伝書鳩から届いてだな。

たった今、その内容を見ているのだが‥‥‥。


『オークの集団キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!』


という、なんら危機を感じられない文面であった。


「ロリーナさん。本当に危機的状況下にあるんですか?」


「オークは人の姿をしておるが、基本的に本能で動く魔物じゃからの」

「恐らくテンパって書いたのであろう」


確かに仕事でスケジュール的に追い詰められた時とか、逆に何故かテンションが高くなった時があったな。

俺は妙に納得してしまった。


「神社にはかえで殿しかおらぬと訊いておる。今すぐにでも行かねば」


豪渓寺侃三郎ごうけいじかんざぶろうは席を立ちながら言う。


「勿論そのつもりですけど、神社には護衛カドマツがおりますし、簡単には突破出来ないはずですわ」

「それに彼女は一業寺いちぎょうじ流薙刀術の師範をされていた方」

「オークに遅れなど取るはずもありませんわ」


「そうじゃが、万が一ということもあろう」


「………」

「楓さんにはお優しいんですのね。侃三郎さん」


見開いた目で侃三郎を見つめる百合小路綾香ゆりがこうじあやかに、俺は背筋が凍る思いがした。

ユウキといい、この世界に来た女性はヤンデレ化する呪いでもあるのであろうか。

俺はそう思いながら、隣にピトッとくっ付いているユウキを横目で見たのだった。


「まぁ、綾香はん。念には念を入れた方がええんとちゃうか?」


「千里さんがおっしゃられるなら仕方ありませんわね」


そんなわけで、俺達は念のため神社に向かって馬車を最高速度で走らせることにした。


‥‥‥‥‥‥。


「あと、どのくらいで着けるんだ?」


もうそろそろ日が昇りそうな頃合いに、あいも変わらず隣にピトッとくっ付いているユウキに訊いた。


「お昼前くらいには着く」


「まだ、そんなにあるのかよ」


侃三郎を除いて結構お気楽な感じだが、本当に大丈夫なんだろうな。


「大丈夫ですわ。蒼治良さん」

「出かける前にもお話致しましたが、並大抵のオークでは護衛カドマツを突破出来ませんし、彼女は私と互角の腕前」


「そんなにお強いなら大丈夫そうですね」


「ええ。きっと、大丈夫ですわ」


綾香がここまで言うのだから、本当に大丈夫そうだ。


「綾香はん。それ死亡フラグっていうやつやで」


突如会話に乱入してきた宇佐千里うさせんりがカラカラと笑いながら言う。


「そうそう、死亡フラグですよぉ」


ぷはぁ、と千里のおっぱい風呂を堪能しているリョクも相槌を打つ。


そんな二人を、俺と綾香は華麗にスルーしたのであった。


‥‥‥‥‥‥。


「………っ!!!なんてことなのっ!?」


神社前に着いての、綾香のいの一番の言葉。


無理もない。

神社の周囲には護衛カドマツと思われる残骸で埋め尽くされていたからだ。


「そんなところで項垂うなだれてる暇はないぞ、綾香」


侃三郎は、綾香の肩に手を当てがって言う。


「そ………そうでしたわね」

「皆さん。猶予はありません。突撃します」


言うが早いか、綾香は神社に向け走り出し、俺らもそれに続いた。


バンッ。


綾香は、勢い良く神社の扉を開ける。


「楓さんっ!ご無事ですのっ!!!…………って…………あれぇ?」


俺達が遅れて神社の中へと入り、そこで見たものは首をかしげる綾香と………オークに囲まれて歌を歌いながら天ぷらを揚げている一人の女性の姿であった。

恐らく彼女が一業寺楓本人に違いない。

綾香と双璧を成せるほどの黒髪ロングの美人は次の瞬間、その姿からは想像だにしないことを口走った。


「うっちのつくったもみじあげさん。おいしくなーれ、おいしくなーれ、もえもえきゅうぅぅぅん」


揚がりたてのモミジ天ぷらに向かって、一業寺楓は菜箸を持ちながら両手でハートマークを作ったのだ。


「えっと………どゆこと!?」


‥‥‥‥‥‥。


「初めて出会った異性神社の中に招き入れるなんて!こんのぉ破廉恥娘ぇーーーーっ!!!」


いひゃい痛い、いひゃい、あやひゃ綾香ひゃん、いひゃい、いひゃい」


一業寺楓いちぎょうじかえでのほっぺは、綾香によって左右に漫画のように広がっていた。


「そろそろ許してあげてつかーさい」

「そもそも、それがしたちが悪いのです」

「裁くのであれば、我らにお願い申す」


誰の言葉かと言えば、オークたちである。

オークってこういうのだっけ?

あぁ‥‥そう言えば、この世界は元からおかしかったんだっけ。

いや、おかしいのは前世の世界でのオークの設定かも知れない。


綾香と楓を取り囲むように土下座を敢行するオークの集団に綾香も我に返り、ようやく楓の頬をつねっていた指を離した。


話はこうだ。


ある日、モンスターとの抗争で負傷したオークの一人がこの神社の近くに迷い込んだらしく、そのとき楓さんが手当をしたことで無事にそのオークは集落に帰ることが出来たらしい。

その話を聞いた他のオークの男たちは感謝の意を伝えようと集団で訪問したそうだ。

ところが、集団で来たことで護衛カドマツが過剰反応して戦闘となり、オークたちはオークたちでこの護衛カドマツを楓を襲うモンスターだと勘違いして戦闘が激化したとのことである。


「話は分かりました」

「とりあえず、オークの皆さんは敵ではないということで安心しました」


ほっとした表情で綾香は言う。


「ご理解感謝いたしまする」


オークたちは綾香に深々と頭を下げた。

このオークたち、実は人間だったりして。


(ねぇねぇ御主人様マスター


(なに?)


(オークに何かしたんですか?)


(特別な事は何もしてない)

(多分、彼らは独自進化したオーク)


(なるほどぉ)


ユウキとリョクが何やらひそひそと話をしているが、俺にはよく聞き取れない。

おっと、ユウキが側にいないのなら都合がいい。

一応あの事を確認しなければ。


「あの…一業寺さん」


「はい、何でしょう一色蒼治良さん」


「……やはり、私の事を知っているんですね」


「それは、もちのろんろん、ですよぉ」

「一応、私が最終審査を担当しておりますので」


最終審査?何のこと?

まぁ、それは置いておいて。

俺が聞きたいことは3つ。

あ、ちなみに、ここが寺なのか神社なのかを聞きたいわけじゃないぞ?


「この神社での『儀式』ってやっぱり結婚式の事で合っていますか?」


「ですです」


「仮にアイテムを持って来ても、儀式が成立しない事はありますか?」


「それは蒼治良さん次第ですよ」


「では、仮に儀式が失敗した場合、元の世界には戻れないという事で合っていますか?」


「いえ、成功するにしても失敗するにしても、アイテムをここに持って来て儀式さえ受ければ戻ることが可能です」

「でも、失敗した場合、貴方は失うものもあることを覚えておいて下さいね」

「それは本当に失われます。永遠に」


「それはいったい……」


「それは答えられません」

「でも全然大丈夫だと思いますよ。あとは旅の恥をかきすてられるかどうか、だけです」


にししし、と一業寺楓は笑った。


「楓と何を話したの?」


ちょうど話が終わったところでユウキがやってきた。


「んや、挨拶してただけだ」


「………もしかして、浮気?」


「俺の話、聞いてた?」


「挨拶という名の浮気かもしれない」


「そんなものねーよ」

「そもそも、皆がいるのにするわけないだろ」


「居なかったらするの?」


「しない」


「ならいい」


そう言いつつ、結局ユウキは村に帰るまで側を離れることは無かったのであった。

あ、ちなみにトイレとかは流石に付いて来てないぞ。

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