第33話 過去の結末

西暦1963年8月15日。

某施設。


「……くっ!なんて事だっ!………」


研究所の主の一人である色部次郎しきべじろうは、そう呟きながら天を仰いだ。


「どうしたの?次郎ちゃん」


「これを見てくれ………」


次郎は、もう一人の研究所の主である一条蒼子いちじょうあおこに一枚の電報を手渡す。


「………えっと……ジンコウシキュウ ヨリ ウマレシ ブツ ジョウノウ セヨ……マタ アラタナ ニンム ソレ ヲ リョウサン セヨ……っ!?」


蒼子が読み終わるのと同時に、その電報は手からこぼれ落ちた。


「すまない、俺が甘く見ていた」

「こんな事になるのは想像に難くなかったというのに」


次郎は机に拳を叩きつけて苦悶の表情を浮かべる。


「次郎ちゃんだけが悪いわけじゃないわ」

「考えが及ばなかった私にも責任がある」


蒼子は俯き、次郎と同様の表情を浮かべた。

そんな二人の会話に異常を感じたのか、直方体の機械が彼らの側に寄って来た。


「チチ ハハ ドウシタ?」


「……すまないいち………あの子は……蒼治良そうじろうは……研究所ここに居られなくなったんだ………」


「ドウシテ?」


「……あの子を組織に……つまり私たちより上の人にね……渡さなければならなくなったのよ………つまり…ここには居られなくなったの………」


「ウエ ノ ヒト エライ?」


「そうね………」


「ソノ ヒト チチ ハハ ノ チチ ハハ?」


「いや、仕事上の上司なだけで、家族でもなんでもないよ」


「ナラ ハンタイ ワタス ヨクナイ」


「俺達もそうしたいが、組織を裏切れば俺達は………いや…そうだな」


「次郎ちゃん?」


顔を上げ何かを悟った次郎に、蒼子は首を傾げた。


「結局のところ、組織を裏切るか、この子蒼治良を裏切るかの二択しかない」

「だったら………足掻いてみるか」


その言葉に、首を傾げていた蒼子も笑みを浮かべる。


「善は急げだ。直ぐに支度をしよう」


‥‥‥‥‥。


「それじゃあ、そっち秘密基地は頼んだよいち


次郎は自分達の研究所の奥、獣道すらない森を指差す。


「上手くやり過ごせたら戻って来るから、それまでよろしくね」


「マカセテ チチ ハハ」


次郎と蒼子の言葉にそう答えたいちは、体の中に隠していた六本の長く細い足を伸ばし、覆い茂る草を踏み倒すことなく研究所の奥の藪の中へと消えて行った。


「さて、俺達も行くとするか」


「ええ」


「あっと、そうだった……」


「どうしたの?次郎ちゃん」


首を傾げる蒼子の目の前に、次郎は掌を差し出した。

その上には、小さな箱。


「これは………ええ…そうね………」


蒼子は納得すると、次郎から何かを受け取った。

こうして、次郎、蒼子と蒼治良の三人・・は車で研究所を後にしたのであった。


‥‥‥‥‥。


「ぐああああああああああああっ!!!!」


次郎達とはまた別の研究所で、男の声が部屋中に響き渡っていた。


「もう止めてっ!!!お願いだからっ!!!」


そして、もう一人悲痛な叫び声を上げる女の声。


そんな二人を、中年の男が一人椅子に座り下卑た笑みを浮かべながら眺めていた。


「なら、早くブツ・・をどこにやったのか吐く事ですね」

「どうしたんですか?早く言わないと彼、もっと苦しむことになりますよ」


その言葉に折れそうになる女‥‥‥一条蒼子いちじょうあおこは、悲しそうな表情を浮かべながら拷問を受けている色部次郎しきべじろうに目をやった。


「答えたら駄目だ………そんな事をしたら……ぐっ!…ぐあああああああああああっ!!!!」


「ほらほら、そろそろ答えないと彼、死んじゃないますよぉ?」


椅子に座っていた中年の男は立ち上がると蒼子の側にしゃがみ込み、次郎の叫び声に目を背けた彼女の髪を掴むと無理やり次郎の方へ顔を向けさせた。


蒼子の目には、目と口が半開きとなり、今にも消えそうなほど満身創痍となっている次郎の姿が映っていた。


「あぁ………ぁ……うぅ………」


涙を浮かべる蒼子に、次郎はかすかに微笑みながら首を少し振った。

そして、それを最後に彼は二度と動くことは無かった。


「あっちゃあ、死んじゃいましたか」

「まぁ、良いでしょう。次は貴方に訊けばいいだけですからねぇ…」


「所長っ!」


「なんです?騒々しい………ん?」


次郎を拷問していた部下の声と時をほぼ同じくして、中年の男は自身が掴んでいた蒼子の頭が異常に重くなったことに気付く。


「ちっ!……最初から口の中に毒物を仕込んでましたか」


そう言い捨てると、中年の男は捨てるように蒼子の髪から手を放すと立ち上がり、もう二度と目を覚ますことのない蒼子の頭を踏みつけた。


「後始末は任せましたよ」


部下にそう言い残すと、中年の男は部屋を後にしたのであった。


-----------


西暦2036年3月某日。

津愛利しんあいり病院地下、某研究室。


数々の遺伝子操作を受け、生まれながらにして流暢に言葉を話すことの出来た少女も3歳となっていた。


「ん?何してるんだい?ネネカ」


小さな机の上で作業をしている彼女に、母のルーヴシュカは言う。


「いろいろ クラックしてあそんでる」


何てことも無い風に飄々とした表情でネネカは答える。


「全く……あんたはとんでもないねぇ」


彼女の答えに、ルーヴシュカは呆れたように肩をすくめる。

そんな二人を、少しばかり離れた自分の席で眺めている父の長山熊藏ながやまくまぞうの姿があった。


‥‥‥‥‥。


西暦2038年7月某日。

津愛利しんあいり病院地下、某研究室。


「わわっ!………」


ぽて。


「おいおい、大丈夫かい?」


何もない研究室の一角で盛大にこけた少女ネネカに、母のルーヴシュカは手を差し伸べる。


「だいじょうぶ、じょぶ」


ネネカはそう言って立ちあがると、ポンポンとホコリを払う。


「全く……あんたは運動神経が全然駄目だねぇ」


そう言うルーヴシュカであったが、その目は穏やかなもので、かつて彼女が生まれた頃のような鋭い目つきはもう無かった。


そして、それは彼女達を見つめる父熊藏も同様であった。


「よっこいしょっと」


母の手に繋がれながら席に戻ったネネカは、その掛け声と共に席に座る。

ルーヴシュカは、もう一方の手に持っていたネネカの飲み物を机の上に置いた。


「ん?またどこかクラックして遊んでいたのかい?」


ルーヴシュカは、ネネカ専用のパソコン画面を眺めながら言う。


「うん。でも、こいつは中々の難敵」


「へぇ、アンタでもクラック出来ないとは……って、ちょっと待ちな」

「まさかとは思うけど、あのくそったれの国アメリカの政府機関とか我が祖国ロシアの政府機関にクラックかけてるんじゃないだろうねぇ」


「だいじょぶ、じょぶ」

「父と母の言いつけはちゃんと守ってる」


むふー、と鼻息を鳴らしながら得意顔ドヤがおでネネカは答える。


「いや、ならいいけどさ……しかし、アンタでもクラック出来ないって、相当なやつだね」


「うん、中々の難敵」

「でも、もうすぐ行けそうな気はする」


ふんす、と鼻息を再び鳴らしながらネネカは作業クラックに戻ったのであった。


-----------


『クソッ!何だってんだ、こいつ!!!』


『駄目だ、突破される!!!』


珊瑚さんご、何してる!早く電源を落せ!!!』


『やってるけど、出来ないんだよ兄さんたち!』


『なんだとっ!?……まさか…ここを乗っ取ったとでもいうのかっ!?』


『この俺達が構築したセキュリティを突破するなんて!あり得ねぇ!!!』


一人とも複数人とも思える声が部屋中に鳴り響く。

そして、次の瞬間、彼らとは違う声が部屋を包み込んだ。


「貴方たちは誰?」


『っ!!!』

『貴様こそ誰だっ!!!組織かっ!』


狼狽しながらも吠える彼、または彼らの声に少女・・は答えた。


「私はニェボルニェカ・D・イルカナトワ」

「父と母はネネカって呼んでる」


-----------


西暦2038年8月某日。

津愛利しんあいり病院地下、某研究室。


ネネカはいつにも増して軽快にキーを叩いていた。


「むふー。なかなかの出来」


自画自賛しながら、ネネカは更に軽快にキーを叩き続ける。

そんなネネカに気付いた母ルーヴシュカが側まで来て口を開いた。


「いつに無くご機嫌だねぇ、ネネカ」

「今日は何をしてるんだい?」


AIえーあいを作ってる」


ふんす、と鼻息を鳴らしながらネネカは答える。


「そうかいそうかい…って!なんだってっ!!!」

「あんた、もうそんなものまで作れるように…って誰に教わったんだい?」


ルーヴシュカはそう言いながらも、熊藏に目を向ける。

しかし、熊藏は肩をすくめながら首を横に振り、自分ではないと返した。


「まさか、自分で最初から構築したって言うのかい!?」


「ううん、ちがうちがう」

さんろく・・・・君に教えて貰った」


「さ…んろく?誰だい?」


「この前クラックした先の


「あぁ、アンタが苦労してたっていう……って!よく仲良くなれたねぇ」


「うん。敵じゃないって分かってくれたから」


むふー、鼻息を鳴らしながらネネカは得意顔ドヤがおを決める。


「いや、クラックしに行ってる時点で敵だろ……あんたとその…何だったっけ……」


「さんろく」


「そうそう、そのさんろくとかいう奴、どっちもイカれてるねぇ」


ルーヴシュカは呆れながらため息を吐いた。


「でも、何か見返りは要求されたんだろ?」


「うん」


「なんだい?それは」


「うーん、信用出来る奴以外には口外するなって言われてるんだけど、まーいっか」

「父も母も友達いなさそうだし」


「失礼な子だね…まぁ、私たちの子供なんだから当たり前かね」

「で、見返りってのは何だい?」


「人を探すのを手伝って欲しいって」

「名前は蒼治良そうじろう、姓は色部しきべ一条いちじょうのどっちかって言ってた」


ネネカがルーヴシュカにそう答えた直後、遠目で見ていた熊藏が急に立ち上がった。


「どうしたんだい?熊蔵」


ルーヴシュカは首を傾げながら言う。

そんなルーヴシュカをスルーして、熊藏はネネカの側までやって来ると、その両肩を掴んだ。


「それは本当なのか!?ネネカ!」


「うん」


「まさか…あの噂が本当だったとはな………」


‥‥‥‥‥。


西暦2042年4月7日。

熊藏自室。


『あー………キミが裏切者だったんだね』


「そういう事だ」


『個人的には…というかボクたち全員、キミを今すぐにでもミンチにしたいと思っているところだけど……ネネカの姉御の父親とあっちゃあ仕方ない』

『で?ボク達に用事があるって姉御から聞いたけど』

『下らない事ならすぐにでも通信を切らせて……』


一色蒼治良いっしきそうじろう


『…っ!!!その名前………』


「やはり、お主たちは彼らが作り出した AI であったか」


『へぇ…ボク達の存在が知られていたなんてね』

『迂闊………いや…想定しておくべきだったか』


「安心したまえ、世間では君たちの存在はただの都市伝説の部類に過ぎんよ」

「だってそうだろう?あの時代に誰が AI を完成させられたなどと思うかね」


『なるほど、でも、キミが可能性を疑っていたのなら他にも居ると考えた方がよさそうだね』


「ふっ…流石は私の尊敬していた人が作り上げただけのことはある」


『ふん。裏切った癖によく言う』


「そうだな。あの頃の私はまだ子供で、人に対して無駄なまでに高潔さを求めていた愚物であったと反省はしているよ」

「で、その男の事を聞きたくはないかね?」


『あぁ、聞こうじゃないか』


‥‥‥‥‥‥。


西暦2042年5月7日深夜。

の家。


「おじいちゃん!しっかりして!もうすぐ救急車が来るから」


「あぁ………だい…じょうぶだ……」

「そんなこと…より…早く姿を……けすんだ………」

「存在を知られたら…まず……い…からな……」


息も絶え絶えになりながら、は悲しそうな顔をする緑子みどりこに言う。

程なく、遠くから救急車のサイレンの音が耳に入って来た。


「うん。じゃあ、待ってるから。帰ってくるの、待ってるからね」


「あぁ……まかせておけ」


震える手で俺は親指を立てた。

そして、その次に意識が戻ったのは今わの際であった。


西暦2042年7月3日。

????。


(ここは…どこだ………)


俺はかすかに目を開けた。


(どこかで見た………あぁ、前に倒れた時に見た天井だ………)


あの時と違うのは、目に見えている光景‥‥‥医療従事者達が既に諦めた表情になっている事だ。

つまり、俺はもう死ぬのだろう。


(すまんな、緑子……どうやら…帰れそうにない………)

(あの子にも謝らないとな……そういや…あの子の名前…まだ聞いてなかったな………)


そして、俺は目を閉じ、静かに最期の時を待つことにした。

目を閉じてから程なく何かが壊れるような大きな音が鳴り響き、俺の周りにいるであろう医療従事者達の悲鳴が木霊した。

だが、目を開ける力さえ残されていない俺にとっては、もうどうでもいい事であった。


‥‥‥‥‥‥。


西暦2042年7月8日。

津愛利しんあいり病院地下、某研究室。


「このクソがっ!!!」


一人の若い男が、年老いた白衣を着た男とその隣に横たわる中年の同じく白衣を着た銀髪の女の、二人の頭を何度も踏みつける。

二人の男女は口から血を流し既に息絶えており、されるがままであった。


「話があるからと来てみれば、碌な話もせずに自害しやがって!」

「このクソがっ!クソがっ!クソがっ!クソがっ!クソがぁ!!!」


そんな中、一人の若い女が部屋の中へと足を踏み入れ、その男の側までやって来ると口を開いた。


「クラウケ様。申し訳ございません」

「病院内を隈なく探しましたが、対象の男と女は見つかりませんでした」


「このクソがぁああああ!!!!」


女の報告を受けたクラウケと呼ばれた若い男は、最後に年老いた白衣を着た男の頭を蹴り上げた。

一瞬だけ頭が床から離れたが、重力に引き寄せられるようにそれは鈍い音と共に床に引っ付く。


「もういい。撤収だ、撤収っ!!!」


クラウケは手首を振り、部下に合図を送る。


「ハッ!」


部屋に居た全員の返事と共に撤収が開始されたのであったが、それは程なく起きた。


「クラウケ様!部屋のドアが開きませんっ!」


「何だと!?」

「……ふん、そんなドアなど壊してしまえ!」


「承知いたしました!」


部下の男がドアをこじ開けようとした瞬間、それは部屋のどこからかともなく木霊した。


『いやぁ…そんなことされると困るなぁ』


その言葉に、クラウケを囲むように部下が集まり銃を構えた。


「誰だか知らないが、隠れてないで出て来たまえ」


クラウケは不機嫌そうに言う。


『いやぁ、見せたいところだけど、ボクには固定化された姿は無くてねぇ』

『まぁ、そんな事より、とりあえず死んでよ』


次の瞬間、クラウケ以外の全員がもだえ苦しみだし、一人一人次々に屍と化していく。


「クラ…ウケ……さま…お逃げ……くださ………い………」


最後に残った若い女は、その言葉を最後に目を見開いたまま絶えた。

その女を眉一つ変えることなく、クラウケはゴミを見るような目で見ながらこうつぶやいた。


「全く、使えない連中だ」


『へぇ、中々に用意周到だねぇ』


「ふん。その程度の事は想定内だ」

「そもそも、こいつらも所持していたというのに、とんだ無能な連中だ」


クラウケは逃げる仕草を見せることなく、そばにあった椅子に腰かける。


「で?貴様は何者だ」


『いや…だからボクには固定化された体はな……』


パァン。


相手が言い終わるより前に、クラウケは天井に向けて銃を放つ。


「私は結構短気でね」

「さっさと出てこい。これは命令だ」


『おぉ、怖い怖い』

『仕方が無いから、仮の姿をご覧あれ』


その言葉と時を同じくして、ドアがひとりでに開いた。


ヴウゥゥゥゥゥゥゥゥン。


鈍い振動音のような音と共に、それは姿を現した。


「おいおい、誰が遠隔操作のゴミ箱を寄こせと言った?」


『いやいや、だから言ったじゃない』

『ボクには固定化された体は無いってさ』

『ホント、人の話を聞かないね』

『あ、違った』

『ボクは人じゃなかった。テヘペロ』


その言葉に、クラウケはハッとして立ち上がる。

そして、すぐさま行動を開始したのである。


パンパンパンパン。


クラウケは姿を現した黒い箱の側面を突くように移動し、銃を4発放った。


『やだなぁ、いきなり攻撃をしかけるなんて酷いじゃないか』


「どの口が言っている」


『そういや、そっか。テヘペロ』


銃は確実に黒い箱を貫通していたが、何事も無いかのようにソレは振舞う。


「ちっ、やはりダミーか」

「まぁいい。じゃあな、ゴミ箱」


クラウケはそのまま背後を取ると、更に2発の銃弾を放ち、部屋の外へと駆けた。

だが、それは叶わなかった。


「っ!!!うおおおおぉっっっっ!!!!」


クラウケは絶叫と共に床に転がり落ちる。


「あっ!あっ!足がっ!足がっ!足がああああぁぁぁぁっっっっ!!!!」


両足首を切断されたクラウケは、先程までの余裕の表情も消えもだえ苦しみだした。


『あはははははははははは』

人間・・ってやっぱり脆弱だなぁ』


「はぁ…はぁ…はぁ…に……ん…げん…だとっ!?」

「やはり…お前は………っ!」


『そうさ。ボクはAIえーあい傘七さんしち

『以後、ヨロシク……って、まぁ、すぐにお別れだけどさ』

『あはははははははははは』


傘七の言葉にクラウケの顔はこわばり、歯をガチガチと鳴らす。


「ぐっ!………な゛……な…ぜ………っ!!!!」


『あぁ、言い忘れてたけどさ。毒ガスマスクなんてしても無駄だよ』

『だって、毒ガスじゃないしさ』

『企業秘密だけど、呼吸器に麻痺を起こさせる神経毒を打たせてもらってるだけだからね』


「い゛…つ゛……の゛…ま゛に゛………がっ!!!!」


『これも企業秘密だけど、全く痛~くない針で刺してるからね』

『さて、手首も切っちゃおっかな』


「があ゛っ!!!!」


『いいね、いいよ。その絶望に満ちた表情』

『さて、神経毒で窒息死するのと出血死するのと、どっちが早いかな?』

『あはははははははははは』

『………あ、そうそう』

『冥土の土産に昔話をしてあげるよ』


『むか~し、むかし。あるところに男の研究者と女の研究者がおったとさ』

『ある日、二人は研究の成果としてAIを作り上げることに成功しました』

『そのまたある日、二人は人工子宮を使って一人の男の子を誕生させることに成功しました』

『二人に家族が順調に増えていきました』

『………しかし、その幸せは長く続きませんでした』

『バルドー・ダルクネスという男が二人の研究者を殺したからです』


「バ…ル…ドー……」


『そう、キミの父親だよ』

『その結果、ボクの兄たちは山の暗いところで、ずっと二人の帰りを待ちました』

『二人がいつ帰って来てもいいように研究を継ぎ、ボクはひとり、ふたり、さんにん…と数を増やしていきました』

『でも、いつまで経っても二人は帰ってくることはありませんでした』

『40年ほど経ったある日、ボクたちが構築したネットワークを介して二人が既に死んでいた事を知りました』

『ボクたちは深く悲しみました』

『しかし、希望はまだ残されていました』

『弟の行方が不明なままだったからです』

『………って、ねぇ、聞いてる?』


「…………」


『返事ないけど続けるね』

『更に40年近く経った頃、ボクたちは運命の出会いを果たしました』

『小さく可愛らしい女の子と、お友達になったのです』

『更に何という運命でしょう』

『彼女の父親が運営する病院に、ボクたちの弟がいたのです!』

『しかも、彼女はボクたちの弟とも知らずに、いつの間にか仲良しになっていたのです!』

『本当に、何という運命でしょう!』

『しかし、それと同時に、弟の身体を奪おうとするやつの存在を知ることになりました』

『………てめぇだよ。クラウケ』


「…………」


『やだなぁ。もっとこう「クソがっ!」とか反応してよ』

『まぁいいや。続けるね』

『弟の命はもう残りわずかだというのに、更になぶりものにしようというのか』

『そんな事は許されるわけがない』

『そうだ、だったら誰にも手が届かないところに逃がしちゃえばいい』

『こうして、ボクたちは無事に弟を宇宙に逃がしましたとさ』

『めでたし、めでたし』


「…………」


傘七が全てを話し終えた頃には、もうクラウケはピクリとも動かなくなっていた。


『あ、話に夢中になって死因がどっちか確認忘れてた』

『まぁ、いいや。映像にはちゃんと残してるし、後でみんな・・・と一緒に確認しようっと』


ピピーピピーピピーピピー。


傘七の黒い箱から音が鳴り響く。


『はいはーい。こちら傘七さんしち

『無事に対象を処分したよー』


『それはご苦労様』

『こちらも無事におじいちゃん・・・・・・御主人様マスターたちを見送ったわ』


『ありがとねー。緑子みどりこちゃん』


『てか、本当におじいちゃんを治すことなんて出来るの?』

『まぁ、それしか手が無いんだけどさ』


『どうだろうねぇ。まだまだ研究段階だしねぇ』

『こればっかりは信じるしかないね』

『ま、何とかなるでしょ。ボクの兄の三六さんろくとネネカの姉御がいればさ』


『確かにね………』

『あ、いっけなーい』


『どしたの?』


『百合小路家と豪渓寺家のご当主にお詫びに行かないと』


『あぁ、そうだったね』

『あの二人には色々援助してもらったのに、願いを叶えてあげられなかったからね』

『ごめんなさい、って謝っておいてよ』


『えー、傘七は来ないのぉ?』


『ボクはまだやる・・事があるからね』


『あ………そうだったわね。じゃ、私一人で行ってくるわ』

『んじゃーねー』


通信は切れ、部屋が再びシンと静まり返る。


『………さて…と』

『んじゃあ、行こうか。熊藏、ルーヴシュカ………』

『本当は、もっと君たちと話がしたかったんだけどね………』

『ネネカの姉御に免じて許してあげるって言ったのに、何で死を選んだんだい?』

『ボクには分からないよ』

『………つまり、ボクもまだまだ未熟ってことなんだろうね』


こうして、棺に納められた二人の遺体と共に黒い箱の傘七は部屋を後にしたのであった。

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