第32話 バレンタインデー前日
2月13日、つまりは明日は
何でバレンタインデーが異世界にあるんだ?とかいう話の説明はもうしないぜ。
だって、日本人多いんだもん。
そんな俺が今何をしているかといえば、村唯一のお店のボッタクル商店に来ている。
いつもは武器防具と雑貨類ならびにお菓子を棚に置いている同商店であるが、ここ3日ほど前から武器防具類はどこへやら、チョコレートで埋め尽くされていた。
こんな限界集落の村で、誰がこんなに買いに来るんだ?
というか、こんな量、誰が作ったんだ?
羽゛多子さんか?
俺も勿論買うには買うが、今回のメインは
えっ!?お前、浮気しているのかって?
いやいや、そんな事するわけないだろ。
そんな事をしてみろ、ユウキだけでなく皆から総スカンを食らうじゃないか。
下手したら村八分で村から追われるかも知れない。
端的に言って、綾香のチョコ選びの手伝いだ。
勿論、二人きりではなく綾香のお付き?の
「
「って、あら?どなたも居られませんわ」
そりゃそうだ。
俺は心の友に話しかけているんだからな。
「念話でリョクと話をしてたんですよ」
と、適当な嘘を吐くことにした。
そりゃそうだろ?『心の中の友達と話をしてました』なんて答えてみろ。
綾香達でも、俺を可哀想な人を見る目で見て来るに違いない。
流石の俺もそんな目で見られるのには耐えられないからな。
「それはそうと、良いのは見つかりました?」
と話題を反らす。
「そうですわね。これとこれのどちらにしようか迷いまして」
と、綾香は両手にそれぞれ持った二種類のチョコレートを見せる。
一つは明らかに義理チョコ……てか、ただの板チョコで、もう一つはハート型で明らかに今回のイベントのために作られたと思われるラヴラヴしい物であった。
「ちなみに板チョコの方は、ご自身でオリジナルチョコを作るためですか?」
「え!?……いえ……やはり、いきなり本命を渡すなんて……まだ付き合ってもおりませんし………初めてなのですから普通のチョコレートの方がよろしいかと思いまして」
そんな言い訳をする綾香は、いつもの凛とした立ち振る舞いからは想像できない程、乙女バリバリ【死語】な感じで両手を頬にあてがって恥らった。
なお、両手に持っていたチョコは、葉月が見事にキャッチして事なきを得ている。
「全く…綾香様はいざという時、いつもこうなんですから」
と葉月は付け加える。
「という事は、前にもそんな事があったのですか?」
「はい、ご存じのとおり私どもは蒼治良さんより2年早く、この世界に来ましたので」
「成程」
「という事は、その2回は全て板チョコの義理だったと」
「いえ…そもそも渡せていないのです」
「全く、綾香様はいざという時にヘタレるもので」
葉月は小さな溜息と共に綾香をディスった。
「まぁ!葉月さん。貴方だってどうせ
「私は、最初に転生された時から毎年お渡し致しております」
「なっ!?」
いつもの綾香からは想像できない程の顔をして絶句した。
まぁ、そうだろうな。
綾香と違って普通に付き合っているようにしか見えなかったし。
「くっ……前世でのあの誓いは嘘だったんですの!?」
『私は、お慕いしている綾香様に一生涯お仕えしてまいります』
「って言ったじゃない!」
「その誓いは前世の終わりと共に置いてまいりました」
「なっ!?」
葉月の言葉に、綾香は再び絶句した。
「まぁ、ともかく。手作りするのであれば板チョコでも良いと思いますよ」
という俺の提案に。
「私、恥ずかしながらお料理というものをした事はございませんの」
「私もです」
という、二人の答えが返って来た。
くそっ!流石は元上級国民様ではないか。
羨ましい。
俺もそんな生活を送ってみたかった。
いや‥‥それはそれで面倒な人生になりそうだから、やっぱり遠慮しておこう。
「それでは、こちらの方を買いましょう」
俺は葉月からハート形のラブリィチョコを受け取るとカゴの中に丁寧に入れた。
「あら?蒼治良さん、そんなに板チョコを買われて……ホワイトデーはまだ1カ月も先ですわよ」
綾香は、カゴの中に入っている大量の板チョコに気付いて言う。
「あ、いえ。ホワイトデー用ではなく、明日皆さんに配る用にオリジナルチョコを自作しようかと思いまして」
『なっ!?』
俺の返事に、綾香と葉月の二人は絶句したのであった。
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※ここから先はユウキ視点で話が進みます。
「メーデー、メーデー。こちらコードネーム
「調査対象者が二人との接触を確認、追跡中」
「YUKI、了解した。我直ぐに学び舎を発つ」
念話でこんなやり取りをして1分後、私の下に息を切らせた
「ユウキ殿。どこにおるんじゃ?」
「あそこ」
私は112m先の村に向かって歩いている三人を指差した。
何故そんなに離れているかと言うと、これ以上近づくと綾香の索敵の範囲内に入ってしまうからだ
侃三郎は、携帯式の望遠鏡を取り出すと、私が指差した方を覗く。
「うむ……確かに浮気で間違いないようじゃのぅ……」
何となくいつものような覇気を感じない、しょぼーんとした小声で侃三郎は答えた。
「侃ちゃん、普通に買い物に行こうとしてるだけだと思うよ」
「というか侃ちゃん、綾香さんと付き合ってないよね?」
「ぐっ………」
珪の辛辣な言葉に、侃三郎は心臓に杭を打ち込まれたかの如きダメージを受けた。
「ふん、お主こそ、まだ葉月殿とは付き合っておらんであろう?」
「侃ちゃん。ずっと黙ってたけど、最初に
「なっ!?」
衝撃的事実を突きつけられた侃三郎は絶句した。
「お主、あの時の主従の誓いは嘘だったと言うのか?」
『僕は、一生涯貴方に付き従います』
「あの時の誓いは嘘だったと申すのか?」
「その誓いは前世の終わりと共に置いて来たよ。侃ちゃん」
「なっ!?」
珪の言葉に、侃三郎は再び絶句した。
そんな侃三郎の頭を、私はなでなでした。
ちなみに、侃三郎は今しゃがんでいるけれど、私は背伸びをしないとなでなで出来なかった。
そんな中、私の真後ろで同様にしゃがんでいる
「ユウキ、そろそろ帰ってもいいですか?」
「ダメ」
「浮気調査に付き合って」
「うぅ……どう見ても浮気じゃないと思う………」
ジャンヌは浮気じゃないと言うけれど、恋人の私を差し置いて他の女性と一緒に行動を共にするのは浮気に違いない。
いや、既に愛人かも知れない。
そんなジャネットを見つめていた珪は言う。
「お互いに大変ですね」
「うむ……」
‥‥‥‥‥。
程なく三人は村に着いて、綾香が周りを気にする様子を見せた後、そそくさとボッタクル商店の中へと足を踏み入れた。
怪しい、やっぱり浮気に違いない。
「あの様なそわそわとした感じ、やはり間違いないかのぅ」
侃三郎も私と同意見だった。
しかし、珪と
「多分、誰かが自分達を見ていると本能で察知したんじゃないかな」
「……はぁ………」
流石に店の中に入られると中の様子を全てうかがい知る事が困難になってしまったが、窓は比較的多い店なのでそこまで問題でもない。
「調査対象者、大量の板チョコをカゴの中にどっさり」
「学校に戻って三人と仲良く食べまくるに違いない」
「うむ」
「わしは甘いものは左程好きではないが、綾香殿と葉月殿は『すいーつ』が好きらしいからのぅ……蒼治良殿なかなかのやり手じゃ………」
「ヤリ手」
侃三郎の感想に、私は人差し指と中指の間から親指をのぞかせた。
が、それはすぐに頬を朱に染めたジャネットの左手によって阻止された。
「もぅ………どこで、そんな事を覚えたんですか………」
「
全てを言わせまいと、今度は彼女の右手で口は塞がれてしまった。
そんな私たちを珪は苦笑いをしながら見ていたのだった。
「おおぅっ!綾香殿がハート形の一際大きなチョコレートを手にしたぞ」
侃三郎のその一声に、窓から見える綾香に目をやった。
綾香は、本命のハートチョコとただの板チョコを手に悩んでいた。
本命にしようか、義理にしようか悩んでいるに違いない。
「本気で付き合うか、セフレに‥……むぐむぐむぐ」
全てを言い終わる前に、再びジャネットによってそれは阻止された。
「あ、蒼治良さんと葉月が綾香さんの所に来ましたね」
いつの間にか望遠鏡で覗き見ていた珪はそう口にした。
「何やら三人で話をしていますね」
「揉めてそうな感じがします」
珪同様に、いつの間にか望遠鏡を片手に覗き見ていたジャネットもそう口にした。
『綾香様、私に内緒で蒼治良さんに本命チョコを渡す気だったのですね』
『葉月。蒼治良さんの身も心も私がいただきますわ。この本命チョコと共に』
『はっはっは。二人ともそんなに俺の事で争わないでおくれ』
『今夜は、二人とも平等に愛してあげるさ』
私は一人で三人役をして、口パクに合わせて声をあてた。
「おおぅ…そこまで蒼治良殿の事を………」
「いや…どう見ても、侃ちゃんに上げるチョコで話し合ってるだけだと思いますけど」
「はぁ………」
こちら側の三人の反応は以上であった。
結局、綾香は本命チョコを選んだようで、それを確認した侃三郎は『わしはもう帰る………』と言って珪と共に先に戻って行ってしまった。
「もう…ユウキが変なことを言うから侃三郎さんが勘違いしたでしょう」
「変なことは何も言ってない。事実を言っただけ」
そう答えた私に、ジャネットは何故か絶句していた。
「私も、お仕置きを考えなくては」
「ジャネット、私たちも帰ろう」
「はぁ‥……」
こうして、私たちも侃三郎たちに遅れてその場を後にしたのであった。
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とまぁ、ユウキ達の動向を全く知る由も無かった俺は、買い物から帰って綾香達と別れるとユウキに気付かれまいと速攻で部屋に舞い戻りベッドの下にチョコを隠した。
そして、夜中になってみんなが寝静まった頃、俺は一人厨房に足を運んだ。
無論、明日みんなに配るためのチョコを自作するためだ。
「蒼治良さん、どうして隠す必要があるんですかぁ?」
ちゃっかり俺に付いて来ていた妖精リョクは言う。
ちなみに、リョクは今日一日ずっと千里のおっぱい風呂に浸かっていたらしい。
くそっ、羨ましけしからん。
「サプライズで貰った方がお得感があるだろ?」
「というか、本当に誰にも言ってないよな?」
「もろちん、言ってませんよ」
ちなみに誤植では無いからな。
「ならいいや」
「さっさと作業を終わらせるぞ」
「ヴ・ラジャー」
リョクはそう言って見事な敬礼を決めた。
‥‥‥‥‥‥。
ギィ…ギィ…ギィ…。
作業中、背後から木の床がきしむ音が時折聞こえて来る。
誰かがお前の背後にやって来てるんじゃないかって?
いやいや。
これはだな、いわゆるラップ音を再現してるだけなのさ。
実際には誰も居ない。
俺も最初の頃はビビったよ?マジで。
夜中にトイレに行きたくても怖くてさ。
事実を知ってしまえは何ということも無い。
しかし、この日は違っていた。
ぴと。
何か小さくて柔らかいものが、俺の背中にあたる。
どうやら、本当に背後にやって来ていたようだった。
俺は、リョクの方をジトッとした目で見た。
「いやいやいや、私は言ってませんよぉ?」
流石にユウキに隠し事は出来なかったようだ。
「何してる?」
「ごめんなさい。
その一言で俺は全てを察した。
あー、あと、その『元』は止めてれ。
離婚したみたいに聞こえて来る。
何でも、浮気調査という名目で俺をずっと監視していたらしく、お仕置きまで考えていたようだがジャンヌに懇々と諭されて心を入れかえたらしい。
話の中で侃三郎と珪が出て来たが、恐らく珪が同様に諭したに違いない。
「…ともかく、来たんなら手伝ってくれ………いや、その裸エプロンは着替えて来てからな」
こうして、俺は無事にみんなに配るチョコを自作することに成功したのであった。
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