第31話 出生

西暦1963年7月30日。


とある山中に隠された施設。


施設の内部では、けたたましいまでの機械の駆動音が鳴り響いている。

その中で、明らかに他の機械とは一線を画すものが施設の中央にあった。

2mはゆうに超える円柱型の容器の中は培養液で満たされており、一体の胎児が培養液の中で縮こまりながら浮かんでいたのである。


程なく、その子は誕生した。


の父親と母親は正式な婚姻を行った夫婦ではなく、当然性行為を行ったことも無い。

ただの組織・・から命を受けた研究員で、厳密には精子と卵子の提供者であった。

男の名前は色部次郎しきべじろう、女は一条蒼子いちじょうあおこという。


そんな二人から彼は生まれた。


「コレ ガ ボク ノ オトウト?」


二人の研究者に挟まれた直方体の機械から、声が聞こえて来る。


「そうさ、いち。この子がお前の弟だ」


男の研究者は、いちと呼んだ直方体の機械に振り向いて言う。


「そうね。あと『コレ』じゃなくて『この子』って言うのが正しいわ」

「物じゃないんだから」


女の方の研究者は、いちに誤りを指摘した。


「ワカッタ。コノコ ガ ボク ノ オトウト」

「コレ デ オーケー?」


いちの返答に納得して、色部次郎と一条蒼子の二人の研究者は満面の笑みをに向けた。

確かに彼ら二人は一般的な夫婦では無かったが、彼らが市と呼んだ機械、そして新たに生まれた男児と共にいる二人の姿は、傍から見る限り間違いなく家族そのものであった。


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西暦2032年12月24日。


都内の地下奥深くにある研究所の一室。

室内に置かれている機材は二脚の机、それぞれ机の上に置かれているパソコン、そして人の身長ほどの大型の汎用機が一台、その隣に高さが1mも無い卵のような培養液で満たされた容器、まだ使われた形跡のない保育器と、無駄を極限に省いた無味乾燥な一室であった。

時折機械音がするものの会話に影響を及ぼすほどではなかったが、代わりに冷房がよく効いていて羽織るものが無ければ寒い程である。


そんな一室で彼女・・は生まれた。


「はぁ………ようやく成功したわね」


気温の保たれた保育器の中で眠っている生まれたばかりの子に喜ぶわけでもなく、気だるそうに30そこそこの女は言った。

女の名前はルーヴシュカ・インペロヴナ・イルカナトワ。

シベリアで生まれた彼女は、祖国ロシアの命を受けてここに居た。


「少しは喜ばんか」

「何せ、恐らくは世界で初めて数多くの遺伝子操作を施しながらも誕生した赤子なのじゃからな」


この室内に居たもう一人の80は超えているであろう、その男は言う。

男の名前は長山熊藏ながやまくまぞう

ルーヴシュカの祖国と敵対するアメリカの機関に所属しており、当然ながら彼らのいる研究所はその国の施設である。


何故、そんな施設にルーヴシュカが居るのかと言えば、彼女自身は表向き祖国に命を狙われている亡命者という体の二重スパイであったからである。

熊藏はルーヴシュカが二重スパイである事を知りつつ、彼女と研究を続けていた。

何故なら、熊藏自身も二重スパイだからである。


「で、この事をくそったれの国アメリカに報告するのかい?」


机に腰かけ腕組みをしたルーヴシュカは不機嫌そうにしながら熊藏に訊く。


「ふっ…何を馬鹿な」

「そんな事するはず無かろう」


一方、椅子に腰かけた熊藏は冷笑を浮かべながら、その問いに答えた。


「へぇ………」

「じゃあ、我が国ロシアに流してくれるってことで良いのかい?」


ルーヴシュカは、少しばかり若気にやけた顔をして訊く。


「答えは同じじゃよ」


一方、熊藏は満面の笑みを浮かべて返答した。


「ちょっと、それはどういう事だい?」


途端に不愉快な顔へと変貌するルーヴシュカに対し、熊藏はこう続けた。


「研究は、まだ始まったばかりじゃよ」

「誰が、こんな愉快な研究物・・・を渡すというのだ」

「それに、もし渡しでもしろ。わしは用済みになるだけじゃ」

「こんな辺境の日本に亡命者という体で飛ばされた、お前も同様よ。ククククク」


熊藏はルーヴシュカを指差しながら言う。


「………てか、今の会話も含めて今までの事、祖国ロシアに駄々洩れじゃないの?」


「ふん。そんなものは最初から対策済みよ」

「わしの作ったAIでここでの会話を全て変換して、ずーっと流しておるからの」

「奴等には、常に偽の報告しか上がっておらんよ」


熊藏の言葉に、ルーヴシュカは小悪魔な笑みを浮かべた。


「で?…実際、この子をどうやって育てる気だい?」

「このまま置いておいても、流石にいずれバレちまうわよ」


「わしの表向きの職業を言うてみぃ」


「何を今更………医者でしょ」

「都内の、大病院の院長」


「わしは、それに加えて身寄りのない孤児を育てる施設も大病院のすぐ近くに併設しておってな」


「はっ、アンタみたいな男が慈善事業?笑わせるわね」

「…って……まさか………」


ハッとするルーヴシュカに熊藏は下卑た笑みを浮かべ、ルーヴシュカもつられて同様の笑みを浮かべた。


しかし、次の瞬間。


『何が面白いの?』


どこからともなく聞こえた、その言葉に二人は驚きおののくと同時に、辺りをくまなく見回した。

しかし、自分達以外に誰も、その姿を確認する事が出来ない。


「まさか………奴等祖国と敵国のAIがここに入り込んでるっていうのかい!?」


「そんな馬鹿なっ!?………もし、そうだとすれば………いや、違う!」


そう、自分達以外にもう一人・・居るではないか。

そう思った二人は、恐る恐るその子・・・に視線を移したのだった。

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