閉幕

「しかし、異様な光景ですよねー」  


 念願の捜査一課に配属された新人刑事の内海うつみは、金髪に近い明るい栗色の髪を指先でくるくると弄びながら、定年間近のベテラン刑事、中島なかじまに言った。 中島刑事は、チャラチャラした内海の身なりや軽薄な言動に内心苛立ちを感じながらも、ベテラン刑事らしく、落ち着き払って、2LDKの木造アパートの2階の角部屋の様子を、鷹のような鋭い目で見渡した。 玄関を上がると、すぐ左側には八畳ほどのスペースにキッチンとダイニングが、その奥には六畳ほどの部屋が引き戸で仕切られ2部屋並んでいた。 西側の寝室と思われる部屋には、パイプベッドが窓辺に面して置いてあり、そのベッドの上に20代前半と思われる男性の遺体と、白いチュチュを着せられたマネキンが重なり合うように横たわっていた。 ベッドの横に置かれたガラステーブルの上には、薬の瓶と薬を流し込むためのアルコールが置かれていた。この家には、寝室のベッドとガラステーブルの他には殆ど物が無く、何冊かのバレエに関する書籍が床に無造作に置かれているだけだった。


「マネキンと心中したんですかね?」


 内海は、好奇の眼差しをベッドに向けながら言った。


「仏さんの前で、軽はずみな言葉を言うんじゃねえっ!」  


 中島の、ドスの効いた声に気圧された内海は、叱られた子犬のようにこうべを垂れた。


 と、その時、


 北側の大窓から吹き込んできた風で、床の上に無造作に置かれていたバレエに関する書籍の頁がパラパラと捲れ、書籍の間に挟まっていた変色した新聞紙の切り抜きがふわりと舞い上がった。 切り抜きの内容は以下の通りだった。


***

 イギリス××地方で、日本人留学生の天羽 あもうエリカさん(18)が、11月11日未明、彼女の自宅アパートにて、頭部から血を流し死亡しているところを発見された。この日、彼女は、彼女が所属する××バレエカンパニーで、ソリストとして出演することとなっており、本人もその日をとても楽しみにしていたが、前日のゲネプロに姿を現さなかったことを不審に思った関係者が、アパートの管理人に事情を話したことから事件が発覚した。××カンパニー内で唯一の日本人である天羽エリカさんのソリスト抜擢を快く思わない団員も複数人いたようで、現地警察は事件として捜査を進めている。

***


 新聞に掲載されていた天羽エリカという美少女の顔写真と、男が愛おしそうに抱きしめているマネキンは酷似していた。男の亡骸から放出されている狂気に満ちた執念の愛に、中島刑事は、思わず、身震いをした。


                                     了

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エリカ 喜島 塔 @sadaharu1031

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