【ショートストーリー】「黒猫と旅人の永遠」

藍埜佑(あいのたすく)

【ショートストーリー】「黒猫と旅人の永遠」

 暮れゆく空の下、時は止まり、世界はここにあるひと握りの物語を待っていた。

 記憶の彼方に黒い猫が一匹、横切った。

 その日は特別に静かで、風はどこか遠い場所へと旅立ったかのようだった。

 猫の足音だけが、アスファルトにこだまする。

 そこに彼はいた。

 いつもの場所で、いつものように、時間を忘れる男。

 その帽子は風に飛ばされることもなく、ただ佇む。

 彼の目は、空に浮かぶ雲のように流れていく。

 彼は語り始めた。

「時間は、この世界の糸だ。我々はその糸に結ばれ、どこか遠くへと引かれていく。だが、それでも、一瞬の輝きは失われない」

 その言葉には重みがあった。

 空気が震え、猫が立ち止まり、耳をそばだてる。

 彼の言葉は詩であり、音楽であり、時には刹那の哲学だった。

 街角には、彼の言葉を真似しようとする詩人達が集まる。

 でも彼らにはわからなかった。

 彼の言葉の背後にある悲しみと、無限の孤独を。

 空はますます暗くなり、星がひとつ、またひとつと灯りをともす。

 彼の周りだけが、不思議なほど明るく、暖かい光を放っていた。

 それは彼の心が作り出す光で、彼の言葉が照らす希望だった。

 彼の話は続く。

「私たちの存在は、星屑のようなものだ。いつか消えてなくなるかもしれないが、今はここに輝いている。それでいい。それが美しい」

 そして、彼は立ち去った。

 静かな夜に紛れるように、そっと、しかし確かに。

 彼が去った跡には、言葉が残り、それが人々の心に染み入り、彼ら自身の詩を紡ぎ始める力となった。

 不可思議で、論理的で、感情的で、詩的な世界が、彼らの内に生まれ、輝き始めた。

 星は夜空で不変の物語を語り、猫は再び闇の中を歩き始める。

 街角には再び静寂が訪れ、帽子を忘れた時間の旅人がいなくなった。

 しかし、彼の言葉は、風に乗り、時を超え、未来へと生き続ける。


(了)

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【ショートストーリー】「黒猫と旅人の永遠」 藍埜佑(あいのたすく) @shirosagi_kurousagi

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