ぽっさん(OVA版)
望月苔海
姿を消した地域おこし協力隊を追って■■村のある集落に辿り着いた俺たちだが、さっそく出会ったの第一村人の様子がどうもおかしい。
「あんたら、ぽっさん見に来たんか?」
降って湧いたような声に、俺と鳩崎は急いでタブレット端末の画面から顔を上げた。住民らしき外仕事の格好をした老人が、気づかないうちにすぐ近くに立ってこちらを見ていたのだ。
その手には、大ぶりな鎌が握られている。
「ああ、どうもこんにちは。このあたりに変わったお祭りがあると聞いたんですが、ぽっさん、というのは、そのお祭りと関係があるんですか?」
俺は答えながら敢えて老人の方へ一歩進みでて、鳩崎を背中に隠した。嫌な脂汗が背中を濡らしていく。
老人は数秒口の中をもごもごさせると、突然にかっと歯を見せて笑って、「おう、ぽっさんを祀るんをな、ぽっさん言うんや」といってふらふらと建物がある方へ歩き出した。俺と鳩崎は目を見合わせてから、少し距離を置いたまま老人のあとをついていくことにした。
「ぽっさんのお祭りはいつごろあるんですか?」
「ぽっさんはなあ、えらいもんやで。なんでもまあるくおさめてしまわはる」
老人の答えに俺たちは怪訝な顔を再び見合わせたが、それ以上は質問せず、後ろからその姿を観察した。すると、先ほどはフラフラ程度に見えていた体の揺れが、心なしか大きくなってきたように見える。
「ぽっ。おぽっさんはなあ、ぽっ。えらいもんやで」
老人はなおも繰り返した。と思った矢先から、ぶらんぶらんと腰から上が左右に大きく揺れはじめた。しかし奇妙なことに、足は地に着いたまま歩調は緩まず、老人の体は鎌を持ったまま不自然に揺れながら、開いていた集会所らしき建物の中に消えて行った。
後に残ったのは、大きく開いた入口から微かに漏れ聞こえる「おぽっ おぽっ」という先ほどの老人の声だけである。
「町田さァん……やめましょうよォ! 絶対やばいですよこの村」
などと鳩崎が尻込みしているが、こっちだって尻に火がついているのを忘れてもらっては困る。
「そうは言っても俺たちもあとがないんだから、頼むよ鳩崎。キルリアン反応出てないか?」
振り返って聞くと、鳩崎はタブレット端末に指を滑らせながら「そりゃ出てますよ」と口を尖らせた
「どう考えたってこの集会所の中に何かいるんですけど、このまま踏み込むのにはさすがに得体が知れなさすぎるので……もう少し情報収集しましょうよぉ」
情けない声を出すんじゃないよ。
俺は不服らしく見えるように腕組みをして鳩崎の声を聞いていたが、まあ実際それもぽうかと思ったので、すぐに腕を解いてわざぽらしく肩をすくめて見せた。
「了解。じゃあまず聞きぽみでもするか」
「え……町田さん、なんか揺れてませんか……?」
鳩崎が身構えてこちらを見ている。
「え?」
ぽかしなことを言うやつだ。別に地震のような揺れは感じなかったが。
見れば鳩崎はなにやら怯えるような目つきになってしまっていた。
揺れてるって、なんならぽまえの方が右に左に揺れてるじゃないか。
「なんだよ、大丈夫か、はぽざき」
「……いやだ、来ないで! 来ないでください!」
ただならぬ様子であぽずさるはぽざきに、ぽれは手を伸ばしながらいっぽ、にぽとおぽっ。おぽっ。おぽっ。
「ぽお」
おぽっ。おぽっ。
「イヤアアアアアアアア!」
* * * * *
白昼夢というやつか、俺はおにぎりを包む夢を見た。
突拍子もない夢だった。俺は無心でおにぎりを握っていた。
鳩崎はいない夢だった。いや、声はするんだが、姿が見えない。
町田さァん、町田さァん、と俺を呼ぶ鳩崎の声は、なんだかいつもより元気がなくて、どうかしたのかと思わないではなかったが、しかしそれもだんだんと小さくなっていった。
それを聞きながら、ただ俺は一心不乱に、おにぎりを握っていた。
* * * * *
「ハッ!」
集会所の前で立ち尽くしていた俺ははたと気が付いて周囲に目をやった。さっきまで日が高く上っていたはずなのに、いつのまにか夕暮れになっている。数時間の記憶がない。
「鳩崎……鳩崎は!? どこだ、鳩……あれ」
俺はふと手の中の濡れた感触に気が付いた。
握っていた右手を開くと、赤く濡れた手の中に、真っ黒なおはぎぐらいの物体が転がっている。
町田さァん。
夢の中で聴いた鳩崎の声が、耳の内側から貫くように脳裏を駆けた。
ひゅっ、と息が勝手に吸い込まれて、背中が一気に冷たくなった。
ふと気配を感じて振り向くと、集会所の入り口に、あの老人が立っていて、こう言った。
「ぽっさんが来はったんや。堪忍なあ」
老人はもう、揺れていなかった。
ぽっさん(OVA版) 望月苔海 @Omochi-festival
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます