1-9:浮遊大陸へ――
目の前に『警告――緊急地震速報』の文字が現れ、カウントダウンが始まった。
「地震だ! 建物から離れるぞっ!」
「――地震? なんだそれ」
瞬時にライブラリから知識を引っ張り出す。
「――――ッ⁉︎」
カウントダウンは0までもう秒読み。拡張現実のハザードマップと誘導ラインに従い全速力で噴水広場まで駆け抜ける。
『マグニチュード9クラスの地震が予想されます』のアラートが、ゼロになった。
「くそっ、間に合わない!」
だが広場は目の前だ。少し坂になっているため距離が長く感じられるのだ。
大きく揺れ始める地面。きゃんきゃんと怯えたように吠える犬。夜市を楽しんでいた市民にも恐怖の波が広がっていく。
大地が嘶いた。地中深くから底冷えるような恐ろしい声が街に轟く。だが、揺れたのは数瞬間だけ。地震はぴたりと止まった。建物の被害も少ない。
「これは……失敗だな」
レヴィナは空を見上げた。一転して、ケロッとしたような軽さで言う。
「今の地震は魔神教の仕業だ」
「魔神教団……?」
「アイツらはこの時代、地震を人工的に発生させる魔道兵器を実験してるんだ。今後衝突することもあるかもしれないぞ」
「……はた迷惑な奴らだな」
人工地震など、規模の大きい話に実感が湧かないルソーは当事者意識など持てなかった。
地震がひとまず収まったのなら、宿を探したい欲求に考えが支配される。朝から交渉し、魔導銃で撃たれて瀕死になり、変なニワトリと契約を交わしてギャング組織を半壊させたのだ。それに家族や幼馴染を亡くしたばかり。流石に休んでもバチは当たらないだろう。
『おいっ、変なニワトリってなんだよっ!』
『おっと、聞こえてたか』
プンスカと怒るレヴィナだったが、また表情が少し曇った。
『ルソー、宿探しはお預けだ。最悪の場合、しばらくは空島で寝ることになる』
『はぁ? なんでだよ?』
欠伸をしながら宿の多い方へ進んでいると、視界にまたも『警告』の文字が現れた。
マップに続々と増えていく赤い点。
鼓動が一瞬で早鐘を打ち始める。戦闘体制が整ったのだ。
『囲まれてる。このルートで空港へ向かえ』
「ちっ」
道路に光の道筋が表示される。
ルソーは疲労困憊の身体に鞭打って走り出した。
『ルソー、おまえはやっぱり何か持ってるぞ! 悪運とかっ!』
『全部地下に置いてきたつもりだけどな!』
『この感じだと、相手はギャングだな』
『くそっ、もうかよっ……』
視界の端に映ったのは、一度だけ見たことのある顔。見下すようなあの目は、ギャングの幹部だ。
やはりピンクパンサーの親組織〈ネビュラ〉の一派閥が動き出したのだ。
『おまえに報復しに来たのかもな』
『どうする? この装備で勝てそうか?』
『地上でドンパチはまずいぞ』
『憲兵か?』
『憲兵もそうだけど、『カラス』が動くんだ』
『カラスって、お前の鳥仲間のカラスか?』
『ちがーうっ、オレは猛禽類……って、超知能だ! 『カラス』はコレだっ!』
ライブラリに『カラス』の項目が追加され、圧縮された情報がルソーの頭に入ってくる。
『カラス』――スカイポリスの王室所属暗殺組織のコードネーム。『レイヴンズ』と『クローズ』の2部隊に分けられ、公的には存在しないことになっている。憲兵では解決できない任務を受け持つ影の治安維持特務機関。その中でもM7(マグニフィセントセブン)と呼ばれる上位七人は星等級ダイバー並みの戦闘力を誇る。
『今のオレ達には絶対勝てない相手だ。出会えば瞬殺されると思えよ』
『やっこさんはそんなこと気にしてなさそうだが?』
二人に向かって魔導銃が撃たれた。ルソーの顔の真横にあった蒸気配管に当たり、スチームが勢い良く噴き出す。
弾道予測線のお陰で難なく避けられるが、家や石畳がガンガン壊れていく。吹き飛ぶ鉢植えや街灯。中には路面電車を撃ち抜く流れ弾もあった。
そんな光景に、小綺麗な服を着た市民達は悲鳴を上げながら尻餅をついたり、逃げ出して行く。
スラムでも地上でも、人間のこういった本能的反応は何も変わらないのだ。
「よく狙え! すばしっこいぞ!」
「あいつ、壁をっ⁉︎」
馬車を踏み台にして壁をよじ登り、屋上へ逃げようと試みるが――
『逃走ルート変更だ!』
地上との距離はすでに15メートル程あるが、矢印は地面を指している。
「――――無茶だろ!」
『前のおまえならなっ』
擬似神経回路(スキル)『パルクール』に接続。ベランダの柵を伝って降下し、地上へダイブ。
元のルートの先にはギャングの手下達が魔導銃を手に待ち構えていた。
空中で掠めていく弾道。
回転しながら着地。勢いを殺さずそのまま低姿勢で疾走し、後続からの銃撃を回避した。
「ちっ、頭の後ろに目でも付いてんのかよっ」
「いいから撃ち続けろ!」
魔導銃一丁で地上に一軒家が建つほどの値段がするが、奴らはそれを数十丁揃えており、中にはライフル型も数挺あった。だが、ルソーはスキル『スプリンター』、『ランナー』にアクセスしているので、即死弾はどれも外れてしまう。
『ルソー、スモークを使え! ここで撒き切るぞっ』
アリスリングを起動し、レヴィナは煙幕弾を取り出しルソーに手渡した。
『前に投げろよ、あそこだ!』
『了解!』
視界にベストポイントが示された。路地裏へ続く死角だ。
ピンを抜き、そこへ向かって投擲する。
一方、ギャングのリーダーは焦ってギフトを発動した。
「もういい、俺がやる!」
「アニキ、地上じゃマズいですって!」
「どけっ、ぶっ放す――ッ!」
両手を合わせ、人差し指と親指で銃を形作りながら、ルソーをロックオン。
極小の火焔球が指先に灯り、
「――射出(ファイア)」
と、呟くと同時に、青色の火炎放射が魔導銃より速く飛んでいく。
一瞬で距離を盗む炎。ルソーに直撃するようにして、凄まじい爆発音。爆心地から空に向かって火柱が立った。
同時に煙が立ち込め、辺りには熱気が漂う。
「チッ、オヤジはこんな奴に組織を任せようとしてたのか? 雑魚じゃねぇか」
今の一撃で仕留めたと言わんばかりに、自信満々と歩み寄る。
だが、煙を風のギフト持ちの部下に払わせると、無人の通りが現れる。
「……一旦ずらかるぞ! さっさとしろっ!」
ドンッ、と身近にあった石柱に拳を叩きつけ、肩を怒らせながら帰って行った。
× × ×
ルソーとレヴィナは空島行きの飛行艇が停泊する空港へ向かっていた。遺跡探索でレヴィナイチオシの装備を揃えるためだ。だが営業時間的に、最終便ギリギリだ。
ジャケットを脱ぎ、シャツを捲るルソー。息を切らしながら汗を拭う。
『街中でぶっ放しやがって……。漏れるの早すぎだろ』
上位貴族でも所有者が少ない通信系の魔道具を使ったのだろう。そうでなければ異常な対応速度だ。
レヴィナは涼しい顔でふよふよと宙に浮かぶ。
『おまえ、そういえばダイバーライセンスは持ってたよな?』
スラムの子供でも取得できるライセンスだが、それがないと空島へは行けないのだ。
『ああ、最低ランクだけどな』
歩きながら木彫りのドッグタグをポケットから引っ張り出す。
ランクは下から順に木、石、鉄、銅、銀、金、星等級に分かれており、ダイバー協会が発行している。
『だったら『新世界』一択だな。レベル上げだ』
『レベル上げ?』
『ああ。今のままだと魔道銃を一発でも貰えば致命傷だ。それに攻撃力も全然足りない』
レヴィナが手を振ると、視界に『ステータス』と書かれた画面が現れた。
『ゲーミフィケーションだ。そっちの方が努力し甲斐があるだろ?』
『よく分からないけど……』
『よし、じゃあおまえの強さを数値化してやる』
ふふん、とドヤ顔で胸を張る。
▪️――――――▪️
【ステータス】
名前:ルソー
レベル:1
ダイバーランク:木等級
ギフト:擬似神経回路へのアクセス権
加護:レヴィナ神の最強の加護
▪️――――――
HP:100
NP(ナノポイント):0
ナノスーツ耐久値:0
ニューラリング使用率:1%
▪️――――――
筋力:10
防御力:1
敏捷性:5
速度:10
知性:20
▪️――――――▪️
「……なんだこれ?」
訊きたい項目はいくつかあるが、見逃せないのが二つある。
『へへっ、オレ考案の――』
『このレヴィナ神の最強の加護ってなんだ?』
ギロリとレヴィナを睨む。
『なんかムカつくな……。加護とギフトは消せ』
『ええー、いい――』
『いいから、消せ』
レヴィナの頭を鷲掴みにし、力を込めて三合四合――こめかみをグリグリと痛めつける。
AIが痛みを感じるかは不明だが……。
「いっ、イタタタタッ、消すっ、消すからやめれぇっ!」
「ふんっ」
ギフトと加護は無事に消え、ルソーは画面を手で薙ぎ払う。
今度はぷにぷにしたレヴィナの頬を掴んで訊いた。
「で、アレに乗って『新世界』に行くんだよな?」
「お、おう」
アヒル口のレヴィナはモゴモゴと答える。
気付けばもう空港の入り口に着いていた。
目の前に広がるのは、建物がいくつも入りそうなほどの巨大飛行艇の数々。
「大人になっても、やっぱりデカいな……!」
子供の頃、何度もロイ、ハイネ、モネ、アンクと見に来た空港。ダイバーライセンスを取っても終ぞ一度も乗ることがなかったが、まさか逃げるために乗船するとは思ってもみなかった。
毎日三十分おきに空島へと運行する飛行艇だが、『新世界行き・最終便』の文字が目に入る。
「やば、走るか」
『おいっ、そっちじゃない』
大きな飛空艇の方へ向かうルソーを止めるレヴィナ。
『オレたちはあっちだ』
指差す先は、こぢんまりとした飛空艇。少しボロくて、些か不安になる。
「えぇ……」
竜の鳴き声のような汽笛が鳴いた。出発の合図だ。
飛空艇の昇降口でドッグタグを受付に見せ、滑り込む。
中も外に劣らず、怪しいまでに朽ちている。
染みついた血の染みや、破けた座席の布。
馬車二台分の座席しかない上に、窓も小さく空気がこもりやすい。
幸いなのは、搭乗者は他に一人だけ、ということだ。
「あ、あははっ! こんな夜に奇遇ですねっ」
黒を基調とした高級そうな戦闘服に、レイピアを二本引っ提げた美少女が声を掛けてきた。
綺麗な眼をしているが、羞恥のためか頬が少し紅潮している。革の短いスカートからのぞく白い柔肌は、もしこれが昼なら多くの男のダイバーを釘付けにしていただろう。
「あ、ああっ、貴方も夜にスカイダイビングですか?」
「まぁな。相席よろしく」
ルソーは適当に手を振って挨拶を済ませた。窓辺に座り、離陸の瞬間を今か今かと楽しみに待つ。
『ルソー』
『なんだ?』
窓から目を逸らさずに答えた。
女の子と相席できてよかったな、と普段なら茶化してきそうだが、違った。
『絶対に動揺するなよ?』
レヴィナは敵地に足を踏み込んだような、険しい顔をする。
おちゃらけたいつもの雰囲気ではない。
『どうした……?』
『この女、『レイヴンズ』だぞ。しかもM7の部下だ。たぶん――』
彼女は勢い良く立ち上がってお辞儀をした。胸元から谷間がチラリと覗く。
「どっ、どどどっ……どうぞ、よろしくお願いしましゅっ!」
綺麗な顔よりも、腰に差した二本の細剣に目がいってしまう。
よく見ると、乾き切っていない血糊が鞘の裏側に付いていた。
密室に、暗殺部隊の女と二人きり……。
ジワリと手に冷や汗が浮かんだ。ひどくゆっくり聞こえる鼓動。
『――お前を追ってきたんだ』
早鐘を打ち始める鼓動。
どこか意識の遠くの方で一声、ぼうと出航の汽笛が鋭く鳴っていた。
ご愛読、ありがとうございました!
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UNDER SLUM DOG~AIと負け組人生をゲーム化して表向きは凄腕探検家、裏では闇社会の支配者に気付けばなってました~ 極東亜機構 & Roid @and-Roid
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