1-8:人工の地震

 従業員専用エリアに入ると、嬢達が固まって震えていた。


「お、オーナー⁉︎」


 一人が気づいて、一斉に皆が顔をあげる。


「殺されたって聞きました……」

「オーナー、モネちゃんは⁉︎」



 泣いて心配してくれる元従業員達。

 そんな彼女達にすら、武器を持っていないか〈スーパービジョン〉で疑ってしまう。


「みんな、すまない。俺も余裕がないんだ。できればしばらく店外へ逃げてくれ」


 ルソーは裏口を指差す。


「ここは危険だ」

「わ、私たちどうなるんですか……?」


 高級娼婦とはいえ、彼女達はいずれも身寄りのない地下街の住人(社会の底辺)だ。このサロンでは彼女達の努力によってなんとか稼げているが、他の娼館でもやっていけるかは分からない。

 オーナーだったルソーは経営者としてこんな時でも頼られてしまうのだ。


「分からない」そう答えるのは簡単だが、それでは経営者失格だ。最後まで責任を取らなければならない。

 ルソーはまだ若い嬢の涙を拭った。先ほどレヴィにしてもらったように、優しく、そっと。


「……大丈夫だ。なんとかする」


 ここ以外に居場所がない彼女達。

 信頼を寄せてくる瞳に、心が痛い。


「さぁ、早く行け」

「はいっ、オーナーも気をつけて!」


 全員立ち去るのを見送り、ルソーは銃を構えて地下へ降りた。

 真っ暗闇。だがナイトビジョンである程度の明るさへ調節できる。

 こちらの様子を伺うようにじっとしている影が6つある。これで全部のようだ。


『レヴィ、閃光弾だ』

『あいよ』

『お前が投げられるか?』

『うーん、オレは戦闘はからっきしなんだ』


 手渡されるフラッシュバン。これで稼げる時間はせいぜい一秒程度。だが、たった一秒が勝敗を制する。


『行くぞ。3、2』

 安全ピンを抜く。


「1――』


 ――投擲。コンマ五秒置いて、一七〇デジベルの爆音と閃光が爆ぜた。と、同時に動くルソー。

 弾道予測線のおかげで走りながらの射撃も簡単にできる。

 三点バーストが火を噴き、ものの数秒で制圧が完了する。

 勝手知ったる自宅の電気を点け、構えながらロイとハイネに近づく。


「うぐぅぅ……」

「なっ、なにこれ、なにこれなにこれなにこれ――――ッ⁉︎」


 あたりに飛び散る肉片や脳髄。


「ロイ、モネは本当に死んだのか?」


 初めに出た言葉はそれだった。

 驚くロイ。撃たれた脚を抑えながら顔をこちらへ向ける。


「…………その声、ルソーか⁉︎」

「答えろ! モネは⁉︎」

「あぁ、モネちゃ……」

「痛い痛いいたいイタイ痛い……」


 パニックになったハイネの声に掻き消される。


「ルソー? どうしてこんなことするの?」

「黙れ」

「アタシ達、幼馴染じゃない!」

「黙れと言ってる!」


 ルソーはずっと愛用していたリボルバーを取り出し、ハイネに向かって4度撃った。

 両耳、脇下、股下を外れて跳弾する。

 ジョロジョロジョロ……とハイネのスカートから聴こえる失禁の音。


「……あは、あははははっ、へ、へたっぴね」

「外れたんじゃない。外したんだ」


 ルソーはハイネの瞳を覗き込んだ。できれば殺したくはない。だが……。


「……う、ウソよ。アタシの『豪運』で外れたんだからっ。どうせアタシを殺さないのも――」

「もういい、ハイネ。サヨナラだ」


 彼女の脳天を、安物の弾丸が撃ち抜いた。


「(……最後までよく分からない……地雷みたいな女だったな)」


 空の薬莢を取り出し、一発を残してシリンダーを回転させる。


「さてロイ、お前はどうする? 死ぬか?」


 交錯する視線。


「……俺は、お前に殺されても仕方ないと思ってる」

「あっそ。それで? モネは、本当に死んだんだな?」


 ロイは苦しそうに顔を歪め、肩を震わせながら肯定する。


「お前が……ルソーが死んだって聞いて、売り出しの前に抜け出したんだ。俺が手引きした」

「…………」

「でもハイネにバレててよ……。俺は最後、また何も出来なかった! 捕まるくらいならって、奈落に飛び込む寸前、モネちゃんが俺の目を見て言ったんだ。『ありがとう』って」


 そう言って咽び泣くロイ。心の弱い彼は罪の意識から逃げられないのだ。感謝の言葉が呪いとなって、何度もフラッシュバックするのだ。

 そんな彼に、ルソーはリボルバーを逆手にして差し出す。


「一発だけ弾を込めた。何発目かは不明だ」


 差し出された銃をじっと見つめるロイ。


「自分に向かって4回撃て。それで死ななかったら、お前は生きろ」

「……俺を殺さないのか?」

「生きてここの嬢達を守ってやれ。俺と違って、お前はまだやり直せるはずだ」

「俺がルソーを撃つとは思わねぇのか?」

「お前は俺を撃つのか?」


 ロイは目を逸らした。


「俺はここで探し物がある。しばらく考えとけ」


 ルソーは『剣王』のゴッドジェムが入ったケースを探し始める。


『なぁ、いいのか? アイツに銃を渡しちまって』


 レヴィが納得いかなさそうに訊いてくる。


『お前を撃つかもだぞ?』

『撃たないさ、あいつは。俺じゃなく、自分を撃つ。そんな男だ』

『ホントかよ?』


 そう言ってレヴィはロイの方向を向く。指眼鏡のスーパービジョン越しに様子を伺い……


「おおっ」


 と、空中で思わず言葉を漏らす。


 そして聴こえてくる、最後の銃声。


「驚いた……。お前の言った通りだぞっ」

『…………あった。あれがそうだ』


 アタッシェケースに歩み寄る。レヴィはその背中を見て、何も言わなかった。

 ルソーもまた、サロンを出るまで一言も話さなかった。


     ×    ×    ×   


 ルソーとレヴィナは、モネが自殺したとされる奈落の外穴に来ていた。

 墓は建ててやれないから、せめて好物だったあずき芋を供えてやろうと足を運んだのだ。

 底を覗くように、穴の縁ギリギリに立ち、袋いっぱいの芋の菓子を放り投げる。

 その落ちていく様を勿体なさそうに、指を咥えて見守るレヴィナ。


「ああっ……もったいない……」


 感傷的になっていたルソーは、そんな気分も一緒に底へ投げ放つ。

 家族が死んで悲しいはずなのに、どこか呪縛から解放されたような開放感があった。そんな自分を気持ち悪く思う。


「強いギフトさえあれば、良い暮らしが出来ると思ってた」


 手に持った『剣王』のゴッドジェムを見つめる。透き通った黄金色の宝玉。特に『剣王』クラスのジェムには凄まじい神力が秘められており、それを持って自身の主神に祈ればギフトを後天的に得られるのだ。


「餌に釣られて周りが見えなくなって、挙句に騙されて……。やっと手に入れたと思っても、お前がいないんじゃ本末転倒だよな」


 このゴッドジェムを投げ捨てるか、否か……。ルソーの頭の中で、今ゆっくりと天秤が揺れ動いている。

 そこへ照れたような顔をしてレヴィナが窺う。


「なぁルソー」


 ルソーはチラリと目だけを動かし見やる。指をいじりながら上目遣いで見てくるレヴィナ。


「それ、オレに話しかけてるのか?」

「……馬鹿にしてるのか?」


 所詮はまだ全ての機能を取り戻していないAI。無理に笑ったルソーの表情を見て、今のひとことが怒りに触れたことをレヴィナは学習した。

 ルソーの目にキラキラとした雫が溜まっていたのだ。


「いや、そうか! 悪い悪い、久しぶりすぎて忘れていたんだ。きっ、気にするな」

「ああ、五歳児は静かにしてろ」

「ぬぬっ⁉︎ オレは五歳児じゃないぞ!」といつもなら反抗するところだが、今はグッと堪える。ルソーが両手を合わせて目を閉じ、黙祷していたからだ。

 タルタロスからモンスターの呻き声が聞こえてきそうなほどの静寂。重たいが、透明なしじまだった。

 そしてルソーが沈黙を蹴破る。


「なぁレヴィ、『あの話』って本当なのか?」


 以前聞いた、荒唐無稽なあの話。


「ん? 『あの話』って?」

「お前の居たっていう世界だ」


 ルソーはライブラリの情報にアクセスしてから、レヴィナが完全に異世界から来ていると確信していた。その世界へ戻るために力を貸せと、レヴィナは言っていた。

 そこまでして戻りたい世界なのか、疑問だったのだ。


「本当に何の不安も喪失感も無い、幸せな世界なのか?」

「そうだぞ。まさしく理想郷だ」


 神々が人間にギフトと加護を与えるこの世界でも、人の命はこんなにも安い。いったいどんな神がいれば、理想郷を創り出せるのか。


「神は居ない。神はとっくの昔に死んだんだ」

 思考を読んだレヴィナの返答。その清々しいまでの断言は、なぜかルソーの胸に刺さった。

 今までの人生で、ルソーはひっそりと神に祈ったことが実は何度もある。だが、一度でも助けてもらったことはない。他の人間は助けるのに、一度もだ。

 才能なんて神頼みのもの、当てにするな――目の前の少女はそう言っていた。

 ポケットの中で光る宝玉。

 天秤が、傾いた。


「俺は、自由が欲しい。もう理不尽には振り回されたくないんだ……!」

 ゴッドジェムを取り出し、穴に向かって思い切り放り投げた。


「お、おいっ⁉︎」


 長年血眼になって追い求めた『剣王』のギフト。今となっては、ポイ捨てしても少し勿体無いと思う程度だ。


「いいのか? あれ凄く価値が高いぞ?」


 振り返ったレヴィナに、右手を差し出した。


「俺もユートピアを目指す。一緒に行くぞ、理想郷」

「…………ホントか? ほんとの本当なのかっ⁉︎」


 そうなれば二人が目指すのは、浮遊大陸〈新世界〉の最前線のさらに奥、『到達不能極点』だ。


「今の見ただろ? もう後戻りはできない」


 レヴィナはお祭りの日の子供のように、声をあげて驚喜した。


「おおおおおおおおっ⁉︎ よしっ! オレ達が組めば、絶対に辿り着ける! 今回は、絶対に!」


 そう言って勢いよくルソーの顔にダイブしたレヴィナであった。


     ×    ×    ×   


 歴史に残る大事件の発端が起こったのは、地上へ出てすぐだった。

 ピンクパンサーの残党や親組織〈ネビュラ〉からも報復が考えられたので、現場に近い地下街から移動したのだ。


「あ、そういえば――」


 何か思い出したようにレヴィナの頭にはひらめきマークが浮かぶ。


「おまえの弟のことはいいのか?」


 アンクのことを忘れていたわけではないが、いつからか同じ兄弟でもモネとの扱いに差が出ていた。それはアンクにギフトが覚醒したあの日からだ。だがそれでも、今までは表面上は取り繕ってきた。しかしモネがいない今、ルソーは毛ほども興味がなさそうに答える。


「俺はあいつと同じ歳で、下二人の面倒を見ていた。ギフトもあるし、問題無いだろ」

「冷たいのか優しいのか……」


 その時だったのだ。

 すでに夜の帳が降りた空。星空が見えなくなるほどのカラスの大群が、ガアガアと鳴きながら飛び去っていく。まるでそれが一つの生き物のように、ウネウネとうねっている。

 そして、猫や鼠、野犬やテイムされたモンスターまでが騒ぎ始めた。

 何かの予兆のように生き物達がざわめき出す。

 そして、微かな振動。


「ルソー!」


 目の前に『警告――緊急地震速報』の文字が現れ、カウントダウンが始まった。


     ×    ×    ×   


 続く――。(毎朝8時更新)

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