1-7:強襲
「やっぱり昔の少年兵って言ったら、この武器だよなっ」
梟の姿に戻ったレヴィがルソーの装備を見て、うんうんと頷く。頭の上に居座られているので少しくすぐったい。
「似合ってるぞ」
ルソーが背負っているのはFN FALではない。AK47だ。
顔はニューラリングの拡張機能で偽装中。ホログラフィック迷彩のおかげで千の顔に化けられる。服装はマフィア風の高級スーツにコートで、今は20代のマフィア幹部に見えるはずだ。
だから客として潜入し、モネの初夜権を買って一緒に裏口から逃げる算段である。
「でも銃を過信し過ぎるなよ? さっきの訓練も半分ゲームみたいなものだし――」
「大丈夫だ。モネを助けるまで死ぬつもりはない」
「……そうか」
処女や新入りのオークションが開始されるのは二十時から。あと三十分というところで、二人はサロンに着いた。
ルソーは妙な気持ちに襲われ、少し口角を吊り上げた。つい昨日までオーナーをしていた店なのに、すでに敵地になってしまっているのだ。
扉に掛けた手が震えていた。
一呼吸おいて、心を鎮める。
AKはいつでも取り出せるよう、レヴィが管理してくれているし、サポートもある。
「よし、行くか」
店に入るとボーイがピクリと反応し、慌てて頭を下げる。
「(ベルトーニファミリー⁉︎ オーナーを殺した時に……っ⁉︎)」
店内はいつもより落ち着きがなく、せっかくのロマンチックな水槽が台無しだ。
嬢達の表情もいつもより暗い。何人かは目を腫らしていた。
それに武装した構成員もフロアをちょくちょくうろついている。
確認したところ、このフロアの武装勢力は全部で十五人、余裕だ。
「いっ、いらっしゃいませ。おひ、おひとり様でいらっしゃいますか?」
頷くルソー。
念話――ニューラリングを介してレヴィに話しかける。
『お前のこと、本当に見えてないんだな』
『オレの身体はナノマテリアルだからなっ! 光学迷彩で透明化なんて朝飯前だぜ』
光を意のままに操る素材で、なんなら形状変化も自由自在。髪の毛に化けることも可能だとレヴィは胸を張る。
『ひひっ、おまえがハゲたら頭を守ってやるよっ』
『羽、むしり取るぞ』
『んなっ』
キャットファイト寸前、というところでボーイがおずおずと訊く。
「あの……お客様?」
「んんっ……ああ」
こほんと一つ咳払い。
そしてライブラリの『ボイスチェンジャー』にアクセスし、ベルトーニの若頭の声を真似た。
「初夜権だ。新入りの噂を聞いたから、初夜権を買いに来た」
サーッと青ざめるボーイ。
「(よりによってモネちゃん狙いか……)じ、実は……」
「金なら出す。一〇〇万はどうだ?」
ルソーは焦っていた。ボーイのこの様子から、もうすでに落札されたのかもしれない。
「早く連れてこい」
「あ、あのですね……。大変申し上げにくいのですが……」
オロオロと言葉を探すボーイ。
「なんだ?」
「じ、実は……彼女は夜逃げしまして」
「……は?」
ルソーは一歩近寄り、ドスの利いた声で脅す。
「嘘はよくないぞ?」
「い、いえっ、決して嘘では――」
ただの方便かもしれない。少なくともモネの身に危険が迫っていることは確かだ。
ルソーはレヴィに確かめる。
『地下を透視できるか?』
『んー、やってみる』
視界の端に〈スーパービジョン〉の文字が現れた。
床を凝視すると、奥の地下空間が青白い線で表示される。そこには人もシルエットで映し出される。ルソーの部屋、モネの部屋、アンクの部屋、どこを探してもモネは見当たらない。
だが、見知ったシルエットが三つあった。
ボーイに向き直り、命令する。
「鋼鉄の心臓ブラス・ハートに会わせろ」
「はい……? お客様、それはいくらなんでも無理ですっ! ボスは……」
あたふたと慌てるボーイの肩に、ポンと手を乗せ耳打ちする。
「だったら直接伝えろ」
「ひっ……」
ごくりと生唾を飲み込むボーイ。
「ベルトーニの若頭・ブルーノが会いたがっていると……」
「…………は、はひっ」
一目散に去って行くボーイを尻目に、ルソーは近場の席に座る。囲まれにくく、背後を取られにくい場所だ。
「レヴィ、作戦変更だ。アレを出してくれ」
「アイアイサー!」
レヴィはアリスリング――異空間収納――からパンに似た兵器を取り出し、一つをルソーに手渡した。
「ここでブロスを討つ――」
二人は確実に仕留めるため、準備に取り掛かった。
× × ×
しばらくすると、ぞろぞろとブロスの手下六人ほどがやってきた。〈スーパービジョン〉で隠し持った武器を確認する。
『ルソー、コイツらのギフトと強さを視覚化してやろうか?』
人化したレヴィがそう提案するが、ルソーは首を振った。
『それに興味はあるが、雑魚に興味はない』
近付いてくる集団へ冷ややかな目線を向ける。すると、
「おい、お前がベルトーニの倅か?」
そう言って一歩踏み出したのはブロスの直参の手下だ。
「こっちだ。ボスの所へ――」
手下が言い終わる前に、ルソーはグラスを投げつけた。『投擲術』の擬似神経回路へアクセスしているので、神力がなくてもそこそこの攻撃力を誇る。ちなみにグラスの値段は一つ6万アクシオムもする高級品。その分威力も上がることだろう。
顔に直撃した。骨のゴッと鈍い音と、グラスが弾け飛ぶ音に全員が唖然とした。
ルソーは立ち上がって凄む。
「……接客がなってないぞ、三下」
臨戦体制に入られる前に、ルソーは装備したスタングローブを発動させた。掌から放たれる紫の電流と火花が薄暗い店内をバチバチと照らす。
何も知らない相手からすれば、神力によるものだと勘違いするだろう。
「お前がブロスなのか?」
鼻血を流した手下は鼻をつまみながら降参の合図を出す。
「いっ、いえいえっ。ボスが……ブロス様があなたを連れて来いと……」
「『連れて来い』? ……何様だ?」
出力を30%に上げた。手のグローブから形作られるのは、電撃のブレード。それをソファに向かって振り下ろす。
触れた瞬間、革張りのソファは深く抉れ、爆散した。
水の入ったボトルは弾けて割れ、周りの水槽にヒビが入り始める。
焦げ臭いにおいと黒い煙。嬢達はみんな奥へと引っ込み、周りはルソー達だけ。
ジャリ、ジャリ、と一歩近づくごとにガラスの破片が鳴る。
男のネクタイを引っ張り、静かに睨みを利かせた。
右手には爆ぜる電撃を纏う。
「二度も言わせるな。あいつをここへ呼んでこい。今すぐだ」
× × ×
ルソーはブロスに頭を下げられていた。
「たいっへん、誠に、申し訳ありませんでした!」
向かいのカウチに座るブロスは、頭を下げたまま平謝りする。
後ろに控えている護衛の手下達は無表情、無言を貫く。
「…………」
「次代のベルトーニの首領とは知らされておらず……。ご挨拶が遅れてしまいなんと言い訳すれば良いか……。どうかお許しを……」
「(前から小物だと思っていたが、ここまでとはな……)」
半ば呆れ気味で本題を切り出す。
「さっさと顔を上げろ。なぜ俺が呼んだかわかるか?」
「そ、それは……」
額に汗の粒が浮かんでいる。思い当たる節が多すぎるのだろう。
「新人の初夜権について確認するためだ。モネという少女はいないのか?」
ピタ、とブロスの顔が固まった。
「(どうしてベルトーニがルソーの妹を知っている⁉︎ アイツら……死んでも面倒を起こしやがって)」
「どうした? 質問の意味がわからないのか?」
イラついた様子で訊かれ、ブロスはたじろいだ。
「お耳が早いことで……。おっしゃる通り、モネという少女は今晩が売り出し始めだったのですが」
またも深々と頭を下げるブロス。
「夜逃げしまして……追いかけたのですが、タルタロスの穴に飛び込んでしまいました」
それを聞いて、ルソーの中の何かが崩れる音がした。全身の力が抜け、まるで夢でもみているかのような感覚に陥る。
「ですので、もうその少女は――」
「もういい」
「え――? ですが――」
「黙れ」
ルソーは手で顔を覆う。
タルタロス――凶悪なモンスターや半神・亜神が神々によって封印されている大穴。その上にはダンジョン『神の塔』が立ち、蓋としての役割を果たしている。
そんなタルタロスに通ずる穴がこのスカイポリスの地下街にはいくつか存在し、死体や証拠隠滅を図る時以外は誰も近づかないのだ。
そこに、モネが落ちた。
「ブ、ブルーノ様? いかがされました?」
恐ろしく動揺するルソーを見て、機嫌を損ねたのかと心配するブロス。
ルソーの頬を涙が伝う。
沸々と込み上げてくる静かな怒り。
ピンク色のスーツと痩せた強面が、これほど鬱陶しいと感じたことはなかった。
発狂して、今すぐアサルトライフルで暴れ回りたい衝動を抑える。
「……モネはお前らが突き落としたのか?」
「い、いえ。自分から飛び込みまして……」
「本当か?」
「は、はい! 嘘などつきようがありません! あと一歩、というところで自殺したのです」
ちら、と伺うようにブロスはルソーを見やる。
「あの、失礼ですが……ブルーノ様はあの娘とどういったご関係で……?」
「――兄妹だ」
「……はぁ(なんだコイツ?)」
ルソーはコートのポケットに左手を突っ込んだ。そしていつでもAKを握れるように右手を構える。
『レヴィ、作戦開始だ』
フクロウの状態に戻ったレヴィはニューラリング経由でルソーの脳を刺激する。
『(まだルソーにはナノマシンを打ってないからな。これで戦闘力アップだ)』
脳神経細胞の発火が無数に起きた。
その瞬間カテコールアミン三種が分泌され、脳の視床下部が強制的に闘争モードに入った。
そしてオステオカルシン――「記憶力」「筋力」さらには「生殖力」まで強化するメッセージ物質が骨芽細胞より放出され、血液を通して全身に広がっていく。
視界の端の生体モニターには、どんどん上昇していく心拍数・体温・血圧。
この間、約零コンマ一秒――。
『ルソー、戦闘準備は整ったぞ』
普段よりも、周りが静かだ。メタ認知したかのように、音楽や話し声が遠くに聴こえる。
それにゆっくりに見える景色。人間が知覚できるフリッカー値のリミットを突破した証拠だ。
変装を解く。ブロス達の呆けた表情。人の顔が急に変わり、理解が追いついていないようだ。
「…………ん?」
レヴィに仕掛けさせた『とある兵器』のボタンを、ポケットの中で押す。
コンマ一瞬遅れで、頭上が爆発した。
天井の水槽が割れ、破片が水と落ちてきた。ピチャピチャと空中を泳ごうとする魚達。
「なっ――――⁉︎」
「ルソーだと⁉︎」
きゃあああ、と奥で叫ぶ嬢達の声。
驚くブロスと手下。
ルソーの右手にはAK47が。
「――死んで償え」
ギャングの額に、二〇〇〇ジュールのエネルギー弾がフルオートで撃ち込まれる。
時にはガラスの破片越しに、また時には水滴や魚を貫いてから、手下たちに凶弾が襲いかかる。
血飛沫が舞ったのは束の間。数秒もしないうちに、ブロス以外の全員を片付けた。
「ぐああああああっ……」
腹と両肩に命中したブロスはソファの上でのたうち回る。
「こっ、これは……お前はっ⁉︎」
「濡れたせいでヘタに煙化できないだろ?」
完全に煙化対策。先ほどレヴィにC4爆弾を水槽へ仕掛けさせておいたのだ。
「炎で熱して大気中に溶かしてやろうとも思ったんだけどな。それじゃ手ぬるい」
ルソーは立ち上がり、電気グローブでブロスの身体の自由を徹底的に奪う。
「よくもモネを殺してくれたな」
「まさか、ルソーのアンデッドか……⁉︎」
そう勘違いされても仕方がないくらい、ルソーの顔は変貌していた。
AK47をリロードしながら、ヒタヒタとアンデッドのように近づく。
銃身を半回転捻り、右側のコッキングレバーを左手で引いて弾丸を薬室に送り込んだ。
仕留める準備は万端だ。
「ま、待て! 私を殺したら上が黙ってないぞ!」
「だろうな」
「は、はは……そうだろう! だから殺さないでいてくれたら――」
銃口をブロスの口に突っ込んだ。
「おい、『剣王』のありかを吐け。そうすれば助けてやる」
「本当か⁉︎」
モゴモゴしながら答える。
「この地下に私のアタッシェケースがある。そこにゴッドジェムが――」
「レヴィ」
感情分析ツールを使って表情や声、脳波の機微から嘘かどうかを調べる二人。
「本当だナ。あとでケースを調べるか?」
ステルス迷彩を解くレヴィ。ブロスの双眸にその姿が映り込む。
「銀翼の梟……お前が盗ったのか!」
ルソーの肩に留まったレヴィを忌々しそうに睨む。
「お前のせいでピンクパンサーは『剣王』を返却――おえぇっ……」
銃口を喉の奥に突っ込み、嘔吐か(えずか)せる。
「これも自己責任だ。そうだろ、元ボス?」
「お、お前――――ッ」
三度の銃声がブロスの喉から発せられた。
胴体から離れた首を見て、レヴィは「ヒィィ……」と手で目を隠す。
「あのなルソー、その武器一応『貸し出し』なんだからなっ」
「…………確かに汚ねぇな」
べっとりついた血糊。
死体の服で銃に付いた体液をゴシゴシと拭く。
『ルソー? 大丈夫か?』
ルソーはふらふらと銃を構えた。そして……。
「ああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ…………!
弾倉が空になるまで、ありったけの弾をブロスの死体に撃ち込んだ。文字通り蜂の巣、ただの肉塊となったボスの死体。
空撃ちも程なく停止する。
「うう……ふぐっ……」
ポタポタと流れ出てくる涙。その雫と顔についた返り血を、レヴィは柔らかい羽根で拭う。
「ルソー、辛いのは分かるけど、まだ終わってないぞ。すぐに増援が来る」
「…………ああ」
レヴィはルソーの頭を羽根で優しく撫でた。
ぷるぷると震える唇を噛み締め、ルソーは立ち上がる。
地下に数人残っている。ロイとハイネと他の手下たちだ。
「……ケリをつける」
× × ×
続く――。(毎朝8時更新)
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