1-6:未来から来たフクロウ型ロボット

 地面で転がるルソーの周りに、ネズミ、野犬、カラスが集まっていた。人間の追い剥ぎが出るのはもう少ししてからだろう。

 風前の灯。ただ死ぬ前に、自分と同じくギフトがない妹のことが気に病んで死に切れない。

 最期に神に祈った。


「(神様、どんな神様でもいい。モネを、せめて妹だけでも助けてやってくれ……)」


 身体中を齧られている。ついばまれる内臓。痛みはもはや感じない。

 体が冷たくなって、感覚が徐々に失われていく。そんな時だった。動物たちが一斉に四方へ逃げるように散っていく。

 音もなく降り立ったのは、銀翼の梟だった。鳥籠に囚われているはずの、仕事の回収物だ。

 大きかった体躯は縮み、ルソーの額の上に着地する。


「困った時の神頼み、か?」

 くりくりとした丸い目が覗き込んできた。


「(こいつ、俺の考えを読めるのか?)」

「えっへん! スゴイだろ! 脳波をチョチョイってな」

 そう言ってフクロウは羽を動かし、ドヤ顔で胸を張った。


「(……お前、神の使いだったのか)」

「あ、さっきの死神の使いだろ? 追い払っておいてやったぞ。オレはおまえをスカウトしにきたんだ、フリーなマレビトさん」

「(俺はいいから、妹を助けてやってくれ)」

「いいや、今おまえを助けてやる。その代わりにオレと『到達不能極点(ユートピア)』を目指してほしいんだ」

「(はっ、負け犬にビジネスの話か?)」

「まだ負けてないだろ? 番狂せはこれからだ。で、どうだ? 悪くない話だろ?」

「(……さぁ、どうだか)」


 思考するのがだんだんと面倒になってきた。そろそろ死の瀬戸際に差し掛かっている。


「ふむ、死にたいのか?」


『そんな訳ないだろ』という考えはすぐに打ち消された。


「(あぁ、もう疲れた。毎日毎日ニコニコしながら仕事に追われて、発狂しそうだった。寝るために深酒して、誰も気にしない……。それなら楽になりたい)」


 ずしりと、地面にのめり込むような感覚が心地良い。


「ひっひっひ、一生楽して暮らせるって言ったらどうする?」


 そう言ってフクロウは前のめりになって熱弁する。


「美味しい食事に睡眠、綺麗な住居、それにドラッグや最高のセックスだって。オレの元居た世界じゃ人間は労働から解放されて、好きなことだけをして生きていたんだぜ。そんな世界で幸せに暮らしたくないか?」

 それは桃源郷の世界、おとぎ話でよく出てくるような場所だ。


「(……バカにすんな。そんな世界がリアルにあるわけないだろ? もう、寝かせてくれよ)」


 鼓動がだんだんと弱くなってきた。浅い呼吸すらゆっくりになり、脳機能も秒ごとに低下していく。それを感じとったフクロウは静かに問うた。


「……逃げるのか? 家族を置いて?」

「(仕方ないだろ)」


 逃げても何も得られないなんて言うが、それは嘘だ。逃げれば、楽になれる。勝ち目のない戦いから逃げて何が悪い。生まれた瞬間から負け確定の人生だ。


「(俺はずっと逃げなかった)」


 長い間ずっと独りで戦い続けてきた。諦めたくなかった。誰にも認められなくたって、努力して少しでも良くなるように、ずっと頑張ってきたんだ。でもこのザマだ。もう限界だ。


「死にたい」「生きたくない」なんて考えてないあの頃に、戻れるなら戻りたい。


 指一本すら動かせない。鯉みたいに口を開けっぱなしで、憧れた地上の裏側を見つめる。


「(見て分かるだろ? もう、マジでボロボロなんだ……)」


 目尻から涙が伝う。溢れ出す雫が、血に滲む。

 傷ついた心と体で何ができる?


「できるさ」


 柔らかな羽が涙を拭った。


「今ならおまえの傷を癒してやれる。まだ間に合うっ」

「…………」

「オレと一緒に来れば、『自由』を手に入れられるぞ?」

「(……自由?)」


 初めて聞く単語。


「そう、自由の翼だ」

 バサリと広げる白銀の翼。


「(俺が欲しいのは『才能(ギフト)』だ。そんなもの――)」


「才能なんて神頼みのもの、当てにするな。自由の翼は、先人たちの積み上げてきた知恵や経験だ。翼を得たら今日この瞬間から、お前はもう無力じゃない」


 確信めいた言い方に、好奇心が上回る。

 可能性があるのなら……期待してしまう。

 どうせ逃げるのなら、もっと良い人生の方へ逃げたい。


「(……それは強くなれるのか?)」

「力も金も名声も、全ては自由のための道具に過ぎないんだぞ?」


 怪しい。地下街でもよく詐欺が横行しているが、そうした詐欺師の話術を彷彿とさせる話し方だ。だが、それでも――


「妹を助けて欲しいって言ってたな? 自分で助けてみろよ。その力くらいは授けてやれる」


 負け犬のまま人生を終えるのか、自由に生きて死ぬのか。


「だからオレと仲間になれ、ルソー!」

 差し出された翼。


「賭けるのはその身一つだけだ!」


 死ぬ間際。人生最後のチャンスだ。もしかしたら、全てを得られるのかもしれない。

 それを掴み取るか? それともビビってみすみす見逃すか?


「(お前はどうするんだ、ルソー?)」


 自分自身に問いかけた。

 腹から出た内臓が臭い。血で全身がベトベト。裂傷からは齧られた肉が顔を覗かせ、腹からは肋骨が痛々しく突き出ている。

 声を出そうとしても、もう喉の筋肉が動かない。

 今か今かと、肉を喰らおうと待ち構える動物たち。『さっさと死ね』そう言っているみたいだ。

 もう、落ちるとこまで落ちた。失うものは、まだ取り戻せる。


「(……質問がある)」

「なんだ?」

「(俺は、間違ってたと思うか?)」

 真剣な目だった。だが、それを梟はあっさりと返す。


「さぁな、それはおまえがこれから確かめれば良い」

「(ふんっ……。モネを助けるまで、ゴッドジェムを手に入れるまでの仮だ。『剣王』の方が強かったら迷わずそっちを選ぶからな)」

「ニシシ、決まりだなっ!」


 羽がルソーの唇に触れた瞬間、光が視界を覆った。そこに居たのは……。


「オレはレヴィナだ。レヴィって呼んでくれ、相棒!」


 笑顔で身を乗り出してくる幼女が空中に浮かんでいた。


     ×    ×    ×   


「まずはその傷を治療するゾ。それもタダでな。有り難く思えよ」


 そう言ってルソーはカシャリと首輪のような物を付けられた。


「(……え?)」


 ブゥゥンと重低音が聞こえる。脳がチクチクと刺激される感覚。


「(おい、ふざけるなよ? なんだこれは? 奴隷用の魔道具か?)」


 ルソーは睨んだ。これ以上誰かに首輪を付けられるのはごめんだからだ。


「ち、違う違う。そうカッカすんなよぉ。怖いだろぉ」


 すると――『ニューラリング1%使用中』の文字が浮かび上がって消えた。


「(おわっ⁉︎ なんか、目の前に……)

「それは軍事用の非侵襲型BQCIだ。特注品でメチャ高価なんだぞ」

「(なんだよ、それ?)」

「説明してたら一日が終わっちゃう。ほら、医療用ナノマシンを打ってやるから、絶対暴れるなよ? 痛むぞ」


 レヴィは空中に出現した黒い穴から筒を取り出し、腹の穴に直接刺した。

「――――っ⁉︎」


 思ったよりも痛みが少ない。麻痺しているのだろう。


「胃が空っぽだったのが不幸中の幸いだな。臓器汚染が少ない」

「(……そういや全部吐いたからな)」


 ベルトーニファミリーのアジトへ行ったのが随分前のことのように感じられる。

 すると、突然身体中の痛みがぶり返してきた。


「があぁぁぁぁぁ――――ッ!」

「おおっ、おまえ、ヴァンパイアの王族に血を吸われたな⁉︎ ちょっと混じってるぞ」


 危ないところだったぁ……と冷や汗を拭くような仕草。

 ルソーは痛みでそれどころじゃない。

 視界の端に現れた『治療中』の文字と体の簡易図。部位ごとに色で分けられ、重傷度合いを示している。

 その色が徐々に薄くなって減っていき……。


「……声が出る。それに傷跡も」

「でもまだ肝心の内臓治療が残ってる」


 表示された図の腹のあたりはまだ赤かった。

 だが圧倒的だ。噂に聞く最高級ポーション並みの回復力かもしれない。死にかけの体が復活したのだ。


「とりあえず臓器屋に行くゾ。血と脾臓、小腸を三十センチほど買いに行く。それで臓器を治療する」


 ルソーは恐る恐る体を起こす。まだ痛みやだるさは残っているが、我慢できない程ではない。


「さっきの『なのましん』で治療できないのか?」

「できない事はないナ。でもその説明に二日はかかるからナシ。その前に死んぢまう」


 ホゥ、とフクロウっぽい鳴き声。


「ほら、良い店を知ってる。こっちだ」


 ブン、と視界に現れる光の矢印とマップ。


「うおっ、なんだコレは?」

「これも拡張現実(オルタナ)、空間コンピューティングの一種だな。同じく説明は省くから、自分でライブラリーにアクセスしろ」

「……あと、この線はなんだ? 赤色のやつ」

「体力ゲージだな。わかりやすいように視覚化してやったぞ。ほらほら急げよー」


 すいすいと泳ぐように空中を移動するレヴィ。

 ルソーはゆっくりと立ち上がった。自分の臓器だった残骸を踏まないように、場所を選んで歩き出す。


「……なぁ、お前は一体何者なんだ?」

『到達不能極点』、そんなもの聞いたことがない。それにコイツを捕まえたマリオは空島産、しかも浮遊大陸産だと言っていたし、どうやって籠から逃れたのかも不明なままだ。

 思考がクリアになるにつれ、怪しく思えてくる。

 レヴィは振り返った。それも自信満々に、ドヤ顔で。


「へへっ、ウルトラ知能が高いAIとだけ言っておこう」


 その顔からは知性など微塵も感じられない。


「……知能が高い?」

「なんで疑問系なんだよぉー!」


 頭を突かれながら、ルート通りによろよろと進むルソーであった。


     ×    ×    ×   


 地下街スラムの路地裏。

 耳をつんざくような銃撃音。音速を倍以上超えた銃弾が、襲いかかるギャング達を射抜いた。

 銃口の先には緑色の弾道予測線が拡張現実に表示される。敵にヒットする軌道なら黄色へと変わり、クリティカルヒットなら赤色だ。これら予測線がレーザーポインタの役割を果たす。

 また、敵にも脅威や距離などの変数によって制圧の優先順位が現れるので、できるだけその通りに倒していく。

 セミオートとはいえ、じゃじゃ馬のようなリコイル。ルソーは歯を食いしばって撃ち続けた。

 一分間に増えた屍は29体。まずまずだ。


「はぁはぁ……どうだ!」


 全員倒し切ったところで、レヴィの方を向いた。

 死体が消え、この場が真っ白な空間になる。


「うーん、筋は悪くないケド……」

「まだ無駄があったか? さっきみたいにホログラムの録画を見せてくれ」


 映し出される立体映像。色々と反省点をリストアップして表示され、レヴィは総括した。

「奇襲&救出作戦を実行するには、ちょっぴり不安ダナ」


「…………っ」


 ルソーの体力は全回復。

 先ほどレヴィと一緒に闇市の臓器屋へ行き、臓物の経口摂取を済ませたばかり。

 拷問の後味を血液で口直しした後は、妹の救出作戦を立てた。モネを助けるために、この後サロンへ襲撃を行うことにしたのだ。モネの初夜権が売り出されるなら、今晩だと踏んでいる。

 そのために今、ルソーはこうして仮想空間で訓練しているのだ。

 使用した銃はレヴィの『FN FAL』――頑丈で命中精度も高い〈自由世界の右腕〉と呼ばれたバトルライフルだ。


「くそっ、あと数時間もないってのに……」

「心配するな、オレがいるだろ。チートを使わせてやる」

「……ちーと?」


 フォン、とルソーの視界に画面が現れる。『圧縮強化学習リスト一覧』とあり、多種多様な教材が揃っていた。


「擬似神経回路のライブラリだ。ここにアクセスすれば、手っ取り早く老練の兵士みたいに銃を扱えるぞ」

「まじか」


 サロンのような屋内戦だと、取り回しに難のあるFALはベストではないかもしれない。だがこれならば……。

 ルソーは早速『バトルライフルマスター』にアクセスし、自分の脳と繋げた。

 そしてサロンを模した空間を創り、模擬作戦を開始する。


「よしっ」


 コッキングレバーを引き、木製のグリップを軽く握って構える。

 さっきまでとは比べ物にならないほどの滑らかな動作。拡張現実の画面サポートがなくても、銃の重さで残りの弾薬数まで分かってしまう。

 引き金に指を掛け、アイアンサイトが的を捉えた。

 数分後――


「全部当たった……」


 それに客や嬢たちへの被害もゼロ。

 その成績にレヴィが鼻を高くする。


「へへーん、スゴイだろ? このライブラリ、ナイフや剣術、馬術だってあるんだぞ。これがなんと使い放題! 『剣王』なんてギフト、爪楊枝以下だナ!」

「中級魔導ライフルの方が強いし、オーラの鎧だって無視できない」


 そう言ってルソーが黙っていると、レヴィが拗ねる。


「むぅ……。ちょっとくらい褒めてくれてもいいじゃないか」

「はいはい、スゴイデスネ」


 無言で頭をポコポコと殴られるルソー。


「いてて、頭噛むなよ!」


 肩車の状態からカジカジしてくるレヴィをなだめつつ、カチリと安全装置を外す。


「フルオートも試してみたいんだが?」

「オ、オレで試すつもりかっ⁉︎」

「それも一興かもな」

「ヒィィっ」


 パタパタと離れるレヴィ。

 ふぅ、と一呼吸置く。集中――。

 そして動く的に向かって引き金を引いた瞬間、ルソーは目をひん剥いた。じゃじゃ馬どころの反動ではない。暴れ牛だ。


「うぉぉぉっ⁉︎」

「うわぁぁ! 本気かよぉっ!」


 銃口がレヴィの方へ向いたので、すぐに射撃を中止する。ぷりぷりと怒るレヴィ。


「悪い悪い」


 命中率も当然下がり、肩も痛めた。

 流石にこの反動には耐えられない。身体への負荷が大き過ぎだ。


「うーん、やっぱりナノマシン無しじゃキツいナ」

「現実じゃ肩が外れてたぞ」

「だったらこういうのはどうだ? オレがニューラリング経由でルソーの身体を精密操作して、戦闘時に反動を抑える。カンペキだろ?」

「そんなこともできるのか?」

「にひぃー、虎焼きを買ってくれたらなっ」


 イーストサイド名物の虎焼き、それがレヴィの好物らしい。

 だが今は悠長にグルメを楽しむ暇なんてない。ルソーは白けた眼でジッと見つめる。


「…………」

「うぅ……」


 か弱い小動物のような瞳で見つめてくる。挙句、


「だめ、か……?」


 と、上目遣い。

 元が小さなフクロウだけあって愛くるしく、ルソーは目を背けた。


「……全部終わったらな」

「てぇやっはっはー、さっすがぁ!」

「その代わりだ」


 はしゃぐレヴィに条件がある、と指を立てた。


「もっと扱いやすい武器が欲しい。こいつは威力は強いが、屋内じゃ取り回しがキツそうだ」

「ひひっ、任せろっ」


 そう言って胸を叩いた途端、武器が一瞬で並んで現れた。床から胸の高さで浮き、ゆっくり回転している。


 レヴィがそのうちの一つを念動力のように持ち上げた。

「コレはどうだ?」


 ふよふよとやってくる銃。

 早速試し撃ちだ。

 三点バースト、セミオート、フルオート……。そして最後にもう一度模擬作戦を実施する。

 汗を拭い、ニヤリと笑うルソー。


「百発百中だ……」


 訓練もそこそこに、二人は現実世界へ帰って作戦に臨むことにした。



     ×    ×    ×   


 続く――。(毎朝8時更新)

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