1-5:初めての死

 ルソーが殺される十分前――。

 一仕事終えた三人はアジトの帰路を急いでいた。

 歩いていると、物陰から現れる四つの影。いつぞやの少年たちだ。もう立派な青年になり、揃ってはいないがそれなりの武装もしている。


「よお、景気の良さそうな話してるな」


 じりじりと距離を詰めてくるリーダー格の青年。後ろからも囲むように二人がにじり寄る。

 ルソーはぴたりと一瞬歩みを止めるが、すぐにまた歩き出す。


「お前ら、まだそんなとこで燻ってんのか?」

「うるせぇ……お前こそ能無しのくせに!」


 ルソーは無視して横を通り過ぎろうとすると、魔導銃を向けられた。

 以前やり合った時には蹴りを主体としていたはずが、飛び道具に頼っている。磨けば相当な実力者になっただろうが……。


「(自信を折られたか)」


 瞳に狂気を宿していた。スラムでたまに見る野犬の類だ。同族同士で獲物を奪い合う姿勢。


「お前、ダイバーになるんじゃなかったのか? ランクいくつだ? あぁ? 言ってみろよ、ほら!」

「……おい、近寄るな。ニオイがうつる」

「うるせぇっつってんだろ! 金だ。金とその荷物を寄越せ」

「はぁ……へいへい」


 ため息を吐いて懐に手を入れる。すると、


「動くな!」


 と銃口を頭に突きつけられた。


「……お前な、どっちだよ」


 焦るロイに目で合図する。


「そんなビビんなよ。金だって。欲しいんだろ? ほら」


 金貨四枚を見せるように取り出した。そして扇状に広げ、空中に投げ捨てた。

 チャリチャリーン、と景気良く転がっていく硬貨。貧困を極めるスラムの住民にとって、それは脳を溶かす神の福音だ。物陰から覗く野次馬達の必死な顔。取り巻き連中は慌てて拾いにかかる。

 青年の目も金貨を追った。その時――。


「ロイ!」


 ルソーは振り向かずに、ただ一言――。


「やっちまえ」

「おう!」


 ルソーは魔導銃の射線を素早く頭から逸らし、銃口に注意しながら小手返しを極める。だが神力の無いルソーでは決め手に欠けた。そこにロイが襲いかかる。

 一瞬だった。かつては格上だった目の前の青年が、ロイに瞬殺されて地面に突っ伏してしまう。

 組み伏せられたままもがくが、ロイのオーラには敵わない。


「ぐううぅ! 放せ! オラァ!」

「おい、お前。俺が羨ましいのか?」


 銃を蹴って後方へ飛ばし、青年を見下ろすルソー。交錯する視線。

「俺はお前らとは違う。ギフトが無いからな。だから努力で埋めて、ようやくここまで来た」

 睡眠時間を削って仕事を誰よりも多く、完璧にこなしてきた。

 だから地下街でもそれなりの暮らしを手に入れた。妹と弟を養って、地上に暮らすための貯金だってしていた。

 今回も然り。身体を削って高い情報を買い、誰も犠牲にならず、五体満足で敵対組織のアジトから帰って来れた。

 プレッシャーに弱気になって独り部屋で泣いたこともある。しょっちゅう吐くし不眠症だって患っている。


「『努力が足りない』んだよ、お前らは。スラムのあいつらだってそうだ」


 取り巻き連中と金貨を奪い合っている彼らを指差す。


「俺と違ってギフトがあるのに、努力していない。だから一生底辺の暮らしをしてるんだ」


 青年は憎しみを込めてルソーを睨む。反抗的な野生の眼だ。躾けておかないと、後々後悔するだろう。


「ロイ、念の為脚を折っておけ。再起不能なくらい――」


 その時、視界の端が白く光った。酷い耳鳴りがルソーを襲う。


「…………かはっ」


 天地がひっくり返っている。土手っ腹からは腸がまろび出て、地面が血で染まっていく。てらてらと光る臓物は生き物のように地面をうねっていた。


「――――は?」


 理解が追いつかない。

 浅い呼吸。


「……はっ…………はっ……はっ……はっ…………がああぁっぁぁぁ――――ッ⁉︎」


 後追いの痛覚に悶絶するが、なんとか意識を保つ。

 声を出すだけで、息をするだけで死にそうだ。

 グチュ……ぴちゃ、という拷問のような音。内臓を踏み潰しながらやってきたのは……。


「ルソーが悪いのよ。アタシとロイを見てくれないから」


 ハイネは魔導銃を放り出し、チキチキチキ……とカッターを取り出す。


「なぁに、ルソー? そんな化け物を見るような眼をして。アタシの事なんか、ギフトの財布程度にしか見てなかったのにさ」


「――――――ガッ!」


 傷口にグサリと突き立て、中でぐちゃぐちゃに掻き回す。ピュッと吹き出した血が顔に付くが、恍惚とした表情を浮かべて全身を切り付けていく。


「あはははっは! あーはははっはっはっはっは……っ!」


 逃げるように海老反りになって、ルソーはのたうち回る。


「『お金がないのは、努力してないからだ』ぁ? 『不満があるならもっと考えろ』ぉ? ふざっけんなぁ! そうやってアタシの『豪運』だけ利用して! 人生ナメんなよ! なぁにが『自己責任』だ! あんたが上手く行ったのも、全部アタシのおかげだっつーの!」


 ハイネの狂刃がルソーの喉を切り付けた。鮮血が、おもちゃの水鉄砲のように放物線を描く。

 血がロイの顔に掛かる。放心していた彼は我に返り、ようやく口を開いた。


「お、オイ……何やってんだよ……?」

「仕事だ。私が頼んだ」


 そう答えたのは、ピンクのコートに身を包んだギャングのボスだ。

 ブラスが手下をぞろぞろ引き連れて歩いてくる。


「よくやってくれた、ハイネ」


 同じく放心状態のスラムの青年に目を向け、金の入った袋を投げて寄越した。


「お前もだ。もう行っていいぞ」


 よろけながら逃げ出す青年。

 ブラムはルソーを見下ろし影を落とす。


「……おつかいご苦労。褒美に餞別だ。一服ぐらいくれてやる」


 そう言って葉巻を取り出し、少しふかしてからルソーの口に咥えさせた。

 ボトリと地面に落ちる葉巻。


「……お、まえっ」


 喉が切られたせいで上手く発声できない。それに話すだけで激痛が走る。


「あぁルソー、お前は優秀すぎた。上はお前に『剣王』を与えるそうだ。良かったな、正式に暴力団(ギャングスタ)の後継者に任命されたわけだ」


 ルソーは目だけを動かし睨みつけた。

 それをブラスは余裕の表情で受け止める。


「だが残念だが、『部下のルソーは仕事を終えて気が抜けた瞬間を敵対組織の下っ端に襲われ殺された』、そう報告しておこう。あぁ、非常に残念だ」

「ふざ……けんな!」

「不満があるなら、お前も頑張って下部組織のボスになってから立候補すればよかったんだ」

「俺は、必死に……仕事を……こなした!」

「フハハ、最初の頃よく教えてやっただろう? こうなったのも自己責任だ、ルソー。だが安心しろ、家族は私が面倒を見てやる。妹は稼ぐ娼婦、弟の方も鉄砲玉くらいにはなる」

「ごろず!」


 ルソーは最後の力を振り絞り、懐からリボルバーを抜いてブラムへ引き金を引いた。

 三度、火が吹いた。


「……『煙化』のギフト。お前には話していなかったか」


 脱力して落ちるルソーの腕。もう、力が出ない。


「(あぁ……クソが……)」


 一発ぐらいハイネに当てればよかった。


 ――詰みだ。もうこの流れは止められない。

 モネに虚偽の死亡報告をして、娼婦にしたてあげる段取りが手に取るように分かる。

 悔し涙が溢れ出す。

 再度襲い掛かる激痛。ハイネが全身を蹴り付けていた。


「死ね! 死ね死ね! しね……死ねぇッ!」


 徐々に光を失っていく瞳。


「あはは、まだ生きてんの? すごい! スラム魂ってやつ?」


 身体中の傷口を、砂利で汚れた靴で順番に踏みにじっていく。


「痛い? 痛いでしょ? でも、アタシの心はもっと痛かったんだよ?」

「行くぞ。地下街とはいえ憲兵に見られたら面倒だ」

「あはははは、バイバーイ、ルソー。最期に楽しかったよ」

 ブラスの一声で去っていくギャング達。

「…………ロ……イ」


 一人残っているロイ。目には涙が浮かんでいる。

「も…………」


『モネを頼む』、そう言いたかった。だがもう、息すら出来ない。

 ロイは聞くのを怯えるように、一言残して去って行った。


「すまねぇ……」


 小さくなっていくロイの背中。


「(俺が間違ってたのか?)」


 数回の瞬き。気づけば誰もいなくなっていた。


「(強いギフトさえあれば……)」


 ぽつんと転がる葉巻の火が、遂に消えた。


     ×    ×    ×   


     ×    ×    ×   


 続く――。(毎朝8時更新)

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