勇者は遅れてやってくる
杜侍音
勇者は遅れてやってくる
「くっ、何て強さなの……これが魔王軍四天王フレイアの力!」
世界に害なす魔物を生み出す元凶──魔王。
その配下となる四人の幹部の内の一人、業火の誘惑者──
紅色の髪が燃え盛る焔のように逆立たせ、踏みしめる辺り一体は焦げ、全てを燃やし尽くしていた。
「ふっ、私に勝てるとでも思ってるのか。勇者はここに隠れているんだろ? 勇者の首一つ差し出せば、他の命まで奪いはしないさ」
勇者一行は、勇者が魔王に対抗し得る新たな力を手に入れるため秘境の村を訪れていたのだが、その情報を手に入れた魔王軍によって侵略されようとしていたのだ。
「どうすんのよ。もうアイツの居場所教えた方が早くない?」
「ダメですよ! それは人道的に良くないです……!」
お気に入りのピッチリとした黒タイツが戦闘で穴が空いてしまい萎えてしまっている魔女に対し、純白の修道着を着た女性が注意する。
「…………」
その様子を黙って見守る屈強な戦士。
このままでは勝ち目がないのはみんな分かっている。それだけの戦力差だ。
しかし、健康的な太ももを保有する武闘家は諦めていない。仲間に喝を入れる。
「……みんな。勇者が、ヒロトが帰ってくるまで持ち堪えるのよ。あいつならきっと、多分、強くなって帰ってくるはずよ!」
「はい!」「ああ」「わかってるわよ!」
勇者の幼馴染である武闘家。
実はとある王国の姫君である聖女。
寡黙な地上最強の戦士。
ツンデレな天才魔女。
彼女たちは勇者が助けに来てくれるその時まで、村を守り抜くと決めた……!
──そんな勇者は察知されないほど遠い草陰から、望遠魔法を使って様子を窺っていた。
「ねぇ勇者! 仲間が戦ってるんでしょ! 早く助けに行かないと‼︎」
「……いや、まだだ。まだ早い……!」
「……はぁ? 何言ってんの! こんなとこで道草食ってないで早くしなさいよ‼︎」
「いいや、まだだ。まだ耐えれる!」
村の奥にひっそりと佇む遺跡で出会った妖精。
出された試練を乗り越えて、勇者は数段と強くなった。
耳元で蚊のように飛び回る妖精が勇者を促すも、彼は断じて動かなかった。
「いいか。よく聞けよ妖精。俺がいた前の世界ではな、ヒーローは遅れてやってくるってのがある。アニメではオープニングと共に話の最後にしてようやく仲間の危機に駆け付ける。少女漫画ではチャイムが鳴ってから教室に入るヤンキーとヒロインが恋に落ちる。マラソン大会では最下位がみんなに応援される。一時は屈辱を味わうもののクーデレヒロインに『最後まで頑張って偉いじゃん』ってスポドリと一緒にその言葉が渡されるんだ。そう、残り物には福があるんだよ」
「……で? だから何」
「ヒーローは勇者だ。つまり遅れて行くもんなんだよ」
「だからどうして⁉︎ 助けられるならさっさと助けた方がいいでしょ!」
「ピンチになればなるほど、助けた時に感謝される度合いが増えるだろうが‼︎」
(こいつクズだ……‼︎)
彼に勇者としての矜持は備わっていない。
異世界転生する前は圧倒的社会不適合者。女性と会話することは、同居する母親に暴言吐くぐらい。
仕事はもちろんせず、引きこもり。ずっと美少女アニメとAVを身漁る他、エロゲでは最短ルートで肌色画面にさせるかFPSではキーボードクラッシャーの称号を得られるかの特技しかなかった男。
死因は急性アルコール中毒。別に彼の人生にこれ以上語ることはない。
「いいか。俺は異世界転生したらモテると思っていた。異世界なんてどうせ貞操観念低いからすぐヤレると思ってた」
「今すぐこの世界の人たちに詫びなさいよ」
「だけど! 現実はそう甘くなかった! あんなに可愛い幼馴染とも長年一緒なのにそんな関係にならねぇし! 太もも見てるだけでラッキースケベすらなかった! てか地元に彼氏いやがって何より処女じゃねぇし‼︎ 何でだよ、普通純潔じゃねぇの異世界ってのは⁉︎」
「あんたが貞操観念低いって言ったんだろ!」
「おっぱい魔王級の姫さんは宗教的な問題があるからつって男とはソーシャルディスタンスを徹底しやがるし、ロリババア魔女っ子もツンデレかなー? と思ったら一向にデレねぇし。てかあのおっさん戦士にだけはデレやがるから、そゆことじゃーん⁉︎」
「そんなんだからモテないんじゃないの⁉︎」
「あ」
すると仲間たちの戦況が一気に変わる。
「戦士死んだ」
「えぇぇぇぇ⁉︎ ちょっ、さっさと助けに行かないから‼︎」
他のみんなを守るため貫かれた腹が燃えたぎる戦士。
側では泣き叫ぶ魔女の姿が。
「だが、これでいい」
「どこが⁉︎」
「戦士は俺を除いた唯一の男だ。ハーレムのためにはあいつは邪魔だったんだよな」
「仲間死なせてまでハーレム大事⁉︎」
「別に教会でちょちょいと蘇らせれるんだから。そんな泣くことはねぇだろ」
「勇者が命を軽く扱ってるんじゃねぇよ⁉︎」
魔王軍四天王の攻撃は止まらない。
爆発を伴う火球が、せっかく戦士が作り出した時間で発動した聖女の防御結界を壊そうとしていた。
このままでは多種多様な三人の美女たちの身が危ない。
「よし、そろそろ……タイミング大事だぞぉ〜、ヒビ割れて穴が空いた瞬間にサッと割って入ってスッと助ける。これでもうあいつらのハートは鷲掴みよ!」
「顔がゲス顔……つぅか、性格だけじゃなくて顔もイケてないしなぁ……」
「なんだとぉ⁉︎ クソッ、意識を保ったまま異世界転生した最初のご褒美が美人なお母さんのおっぱいを吸えることだってのによ、それが異世界転生アニメのテンプレだってのに! お前は顔がオークのおっぱいを飲まされる苦痛を味わったことあるか⁉︎ オークの母乳を味わったことがあんのか⁉︎ 母がオークで父がゴブリン顔の俺を憐れんでくれよ‼︎」
「今すぐ両親に謝りなさいよ‼︎」
そうこうしている内に、聖女の防御結界が崩壊した。
死を目前に覚悟を決める三人……しかし、
(いつの間にあそこに⁉︎ やっぱり勇者としての能力は本物……!)
(やるやるやるやる早く宿屋に戻ってヤル。カッコいいセリフを言って惚れさせてから、それから──*自主規制)
(クソなこと考えてる顔してるー‼︎)
そして、勇者は剣をフレイアに向けて掲げる。
「……危機一髪だったなぁ! 待ってたぜ、この時をよぉ‼︎」
「ヒロト!」「勇者様!」「勇者‼︎」
「見せてやるぜ、魅せてやるぜぇ! 俺の新しい力を‼︎」
そしてこの後、魔王軍四天王フレイアのデカくて美麗なおっぱいに魅了された勇者は、「見た目ギャルっぽいとかめちゃくちゃいい……」と前世のお気に入りリストを思い起こしながら言い遺して、仲間諸共こんがり焼かれることになった。
**
何とか教会で復活をすることはできたヒロト。
しかし、一度死んだ判定を食らったことで勇者の力は別の誰かに引き継がれてしまった。
力もなければ、人望などあるわけない仲間にはすぐに見放されて孤独となってしまったとさ。
「俺はこれからどう生きていけばいいんだー!」
「はぁ、とんだクズっぷりね……仕方ないから、あんたはあたしが面倒見てあげる。最悪だけど力を与えたことによりもう離れられないからね」
「おぉ……妖精ってのも異世界転生らしくていいよな。小さくて可愛いし、こういうファンタジーってのも堪んねぇよな」
「あたしオスだけど」
元勇者のヒロトはパーンと両手を叩いて潰そうとした。
妖精がギリギリで避ける。
「危ねぇ⁉︎」
「危機一髪だったな妖精……確かに初めて会った時から、下から湧き上がるものを感じなかったってわけだ。ぬか喜びさせやがって、許さんぞぉ!」
「こんのクズ野郎がぁ! アタシがお前の性根を叩き直してやらぁ!」
こうして、元勇者の童貞クズと妖精♂の異世界更生冒険譚が始まる……かもしれなかった。
勇者は遅れてやってくる 杜侍音 @nekousagi
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