十二分三十六秒の日常

水奈川葵

十二分三十六秒の日常

昨日で僕の命は終わっていたはずでした

いじめだとか

バクゼンとした将来だとか

明日までの宿題だとか

強制的なクラブ活動だとか

そういうことみんな

ぜんぶ嫌になってしまって

なんだかひどくむなしくなってしまって

だから

生きていたいと思えなかった

死んでしまいたいとも思わないけど

生きる価値なんて僕にはヒトカケラもないように思えた


けれど学校からの帰り道

僕は見つけたのでした

赤い花

したたるような濃い緑の間に

ぽつりと、赤

のっぺらぼうの僕の顔よりも豊かな表情を浮かべて

その花は咲いているのでした

どうしてこんなにも鮮やかなものが

瀕死の僕の目に飛び込んでくるのでしょうか

どうしてこんなに美しいものに

無感動に行過ぎることができるでしょうか


台風が過ぎた後の

名残の強い風が

その赤を無法に散らしました

渇ききったネズミ色のアスファルトの上に

落ちた赤

血よりも炎よりも

その花は赤いものでした

赤く豊かなイノチでした


風の行く先を見ていると

それはどこまでも見知った風景でした

けれど一度も見たことのない風景でした

台風の後の夕焼け空は

灰、白、橙、薄紅、薄紫

こんなに色とりどりの雲が浮かんで

東の空はだんだんと深い海の底に

西の空はドロドロに溶けた鉄のように

三歩進むごとに月はしろつややかにひかりを帯びる

どうしてこの空に触れることなく

何も感じることなく

生きて死んでいくことができるでしょうか


この尽きることのないあたりまえの日常は

けれど今まで知らなかった日常でした


僕は無言の中で叫んでました

なんの興味もなく生きてきたカラカラの心が

ヒリヒリした痛みをともなって

叫んでました

「美しい!」

「美しい!」

「美しい!」

僕は走りました

あの中で僕の空虚な心など一気に押し潰されそうで

僕は歌いました

僕は笑いました

僕は怒りました

僕は泣きました

満ちあふれる感情の中で

僕は死に方を忘れました



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