第21話

「本当に僕一人でやるの?」


 俺は幹夫とふたり、街の外壁の上に立ち、東から押し寄せる魔物の群れを眺めていた。


「そりゃ勇者様がやる以外ないだろ?」


 下を見ると、武装した王国兵や冒険者たちが笑顔で手を振っている。その表情は緩んでいて、これから一万の魔物が攻め込んでくるとは思えなかった。


「やっぱり勇者様はすごいよな」

「一人であの数の魔物を相手にするんだぜ」

「しかも、万が一俺達が巻き込まれないようにと配慮して、あんな下手な演技までしてくれたんだ」

「マジで勇者様ぱねぇよ!」


 呑気だな。

 人って本当に自分の都合のいいようにしか考えないんだろうなと、彼らを見ていると感じずにはいられない。そう思ってくれたほうが、幹夫が勇者ムーブを取りやすいのも確かなのだが……。


「本当に立ってるだけでいいんだよね? 僕が戦わなくてもいいんだよね?」

「さっき説明した通りだ。お前は押し寄せてくる魔物の前に立っていればいい。あとは俺がチートで処理してやる」

「それなら楽勝だね。じゃあ、ちょっと行ってくるよ」

「幹夫、これを持っていけ」


 俺は神の宝物庫からお馴染み魔剣ストームブリンガーを取り出し、幹夫に装備させた。


「レーヴァテインあるけど?」

「二刀流の方がかっこいいだろ? 勇者はビジュも大事だからな」

「じいちゃんって、昔からそういうところあるよね。じゃ、とりあえず行ってくるよ」


 幹夫が外壁から飛び降り着地すると、まるでスーパースターが来日した空港のように兵士や冒険者たちが大喜び。少し照れくさそうな表情の幹夫も手を振りながら、彼らの歓声に応えていた。


 一人で魔物の群れに果敢に立ち向かう勇者に、誰もが畏敬の念を抱いている。

 夕暮れ時ということもあり、幹夫の後ろ姿は特に印象的だった。


「そんじゃ、いっちょやるか」


 押し寄せる魔物の大群にひとりで立ち向かう幹夫の背中を見据え、俺は操り人形マリオネットを発動する。


「よし」


 幹夫の肉体を制御することに成功した。


「(え……じいちゃん? あの、なんだか急に体が動かなくなっちゃったんだけど)」

「(ああ、お前に操り人形マリオネットを発動したからな。以前ファンシアにやったやつだ。覚えているだろ?)」

「(……いや、それはもちろん覚えているけど、なんで僕に使うの? あの魔物の群れはじいちゃんが倒すんだよね?)」

「(そうだ。だからお前は何もしなくていい。楽ちんだろ?)」

「(そ、それは凄くありがたいのだけど、ならどうして僕を操り人形マリオネットで操る必要が?)」

「(何言ってんだよ。操る肉体がないと魔物と戦えないだろ)」

「(は? 戦うって……ふざけんなよっ! 話が違うじゃないか! 僕は何もしなくていいって言ったじゃないか!)」

「(だから操り人形マリオネットで俺がやってやるって言っているだろ?)」

「(そ、そういう話じゃないって言っているんだよ! こんなの詐欺だ!)」


 詐欺って、相変わらず幹夫のやつは大袈裟だな。


「(いいか? レーヴァテインによってただでさえ強いお前が、ストームブリンガーの効果によってさらに強くなっていくんだ。しかも全体を見渡しながら俺が操るおまけ付きだ。こんなのほぼ無敵じゃないか。文句をいう意味がわからん)」

「(そういう事を言っているんじゃない! 僕は――)」

「(おっ、おいでなすったぞ)」

「あっ、いや……ちょっ、ちょっと!?」


 オーケストラを指揮するマエストロのように、俺は両手を広げた。その仕草に呼応するかのように、幹夫がレーヴァテインを水平に構える。その直後、果てしなく広い荒野が真っ赤に染まり、わずかに遅れて轟音がとどろいた。先頭に立っていた数百の魔物が一瞬で灰に変わった。


「すげぇ……」


 しかし、感心している場合ではない。炎が燃え広がる中、おぞましい魔物が次々と現れ、氷砂糖にむらがる蟻のように幹夫へと集まりつつあった。


「いぎゃぁあああああああああッ!?」


 泣き叫ぶ幹夫を操り、俺は無我夢中で魔物を討ち続けた。一万の魔物に立ち向かうその姿は、まさに勇者そのものだった。観戦していた女神も、満ち足りた微笑みを浮かべていた。


「やっぱりレーヴァテインとストームブリンガーの相性は最強だな」

「殺す気かぁああああああッ!! じいちゃんはいっつもそうだ――――」


 魔物をすべて討伐した幹夫からは小言が飛んできたが、つまらないので省略する。





「「「勇者様バンザーイ」」」


 滅亡の危機を脱したピリリカは、その後数日間にわたりお祭り騒ぎが続いた。 街では幹夫の銅像を建てる計画が進行中だが、本人は喜ぶどころか、相変わらず幼女以外には興味を示そうとしない。


「みんなミキオに感謝してるけど、本当はユキオが手を貸したんでしょ? あのとき外壁の上で何かやってたみたいだったし」


 フィオナは意外と鋭い。

 別に隠すようなことでもないので、俺も否定はしなかった。


「それより、クルセアの方はどうだ?」

「心の回復にはもうしばらくかかるだろうって、お医者さんは言っていたわ」

「そうか」


 彼女にとってウィルはそれほど大きな存在だったということだ。ちなみにドブラは王国兵に引き渡され、現在は檻の中にいる。じきに刑が執行されるだろう。


 今回の一件で王国側が頭を悩ませているのは、バード伯爵に関することが大半だという。真相を公にするにはバード伯爵の闇があまりにも深刻で、貴族への信頼が著しく損なわれる可能性がある。そのため、バード伯爵の死亡理由は現在も伏せられたままだ。


 しかし、そんなことよりも俺にはもっと大事なことがある。


「おい、女神! 約束通り幹夫のクラスメイトを日本に強制送還してやったぞ! さあ、今すぐ俺にかけた呪いを解け!」


 俺の一番の目的、それはこの股間にかけられた悪しき呪いを解くということだ。


「雪夫さん、幹夫さんが異世界に残ることを勝手に約束しちゃったそうですね?」

「いや、約束って言ってもだな、あれは幹夫が正式に勇者として認められた場合の話だ。そうでもしないと魔物行進モンスターパレードは止められなかっただろ? そうなれば榛村をこちらの世界に送り込んだお前の責任になるんじゃないのか?」

「むむっ」


 どうやら図星のようだ。

 俺は天界に知られる前に事態を解決する唯一の方法がそれしかなかったことを説明する。もし魔物の大群がピリリカに襲来していたなら、その被害は相当なものだっただろう。そうなれば天界に死者が増え、女神のミスが最高神に露呈していた。


「わかったら早いところ治してくれよ」

「ダメです」

「は?」

「だって元気になってしまえば、雪夫さんはきっとまた使命を忘れてしまいます」

「何言ってんだよ! それじゃあ話が違うだろ! 女神のくせに俺を騙したのか!」

「女神聞き悪いこと言わないでください。勇者候補があと何人いると思っているんですか?」

「それは……」


 確かに、俺が強制送還に成功したのはまだ榛村一人だけだ。ただ、すべての勇者候補を日本に送還するまで呪いが解けないとは聞いていない。なにより、これは男の尊厳にかかわる深刻な問題だ。


「なら、次に勇者候補を日本に送還することができたら、そのときには呪いを解除するというのはどうですか?」

「次……?」

「ムクナさんとの一件があるで、こればかりは雪夫さんを信用することができません」


 それを言われると言い返す言葉も出てこなかった。


「わかったよ。その代わり次は絶対だからな!」

「女神に二言はありません! では、私は飲みに行ってきます」

「飲みにって、そんな金あるのかよ? 無一文じゃないのか?」

「奢ってくれる男の人と約束しているんですよねー。私こう見えてモテるんですよ」

「女神のくせに最低だな……」

「女神にも息抜きは必要なんです」


 デートに向かった女神を見送ったところで、入れ替わる形でフィオナがやってきた。


「ユキオ! 探したんだから」


 肩で息をしている様子から察するに、彼女は俺のことを探しまわっていたのだろう。


「なにか用か?」


 お父様がユキオと話したいんだってと言いながら、フィオナにがっつり腕を掴まれる。さり気なく振りほどこうと抵抗してみるのだが、抱きかかえるように掴まれているので抜け出せない。


「わたしたちの婚約についての話じゃないかしら?  クナッパーツブッシュ家の領主が亡くなった今、ピリリカの未来も不安定だから、お父様としては早く安心したいんでしょう」

「そ、そうなんだ」


 やばい。フィオナとの婚約のことを完全に忘れていた。本格的に婚約の話を進められるのは非常にまずいので、何が何でも有耶無耶にする必要があるのだけど、彼女が離れてくれない。


「さあ、行くわよ」

「え!? 行くってどこに?」

「家に決まってるじゃない」

「ちょっ――――」


 引きずられるようにしてシュトラハビッツ家に連れてこられた俺は、現在応接室で借りてきた猫状態。対面には笑顔いっぱいのシュトラハビッツ夫妻が座り、隣にはフィオナが座っている。相変わらず腕はしっかりと掴まれたままだ。


「……」


 くそっ、これでは逃げられない。


「婚約発表の件なのだが、やはりユキオ卿の屋敷で盛大に行うというのはどうだろう?」

「今から各方面に招待状を出したとしても、婚約パーティは秋頃になるんだし、早いほうがいいわよね。フィオナもそれでいいわね」

「ええ、わたしはユキオに任せるわ」


 ダメだ。このままでは本当にフィオナと婚約することになってしまう。彼女との婚約自体は嫌ではないが、そうなると俺が辺境伯でないことがバレてしまう。もし平民だと知られたら……想像するだけで恐ろしい。


「では、こちらもすぐに招待状を送るとしよう」

「――ダメだッ!」

「「「!」」」


 焦りから、思わず大きな声が出てしまった。三人はその突然の大音声に驚いている。


「ユキオ卿、どうかされたのですかな?」

「その……知っての通り、今の俺は勇者幹夫をサポートする立場にある。そんな俺が婚約だのと浮かれていては領地を任せている者たちに示しがつかない。それに明日にはここを立つつもりだ」


 フィオナと別れるのは少しさみしいけど、これは仕方のないことなんだと自分に言い聞かせることにした。


「また突然なのですな」

「勇者幹夫は世界を救わねばならないのです。平和が訪れた場所にいつまでも留まることはできません。俺は明日の出発の準備があるので、これで失礼します。フィオナ、最後になったけど、君と出会えて本当によかった。世界が平和になったそのときは、君を迎えに来るよ。それまで元気で……」


 バタン――と応接室を出てドアを閉め、中の様子を確認するようドアに耳を当てる。


「ユキオ卿はお忙しい御方なのだ」

「はい、仕方ありませんわね」


 どうやら上手く誤魔化せたようだ。

 安心したら腹が減ってきた。クロウニーに言って、何か部屋まで持ってきてもらおう。



 翌朝、まだピリリカにとどまりたいという勇者幹夫とファンシア、そして使命を忘れて酒を飲み続ける女神を連れて、俺はシュトラハビッツ家を出ることにした。


「ガーブル卿とリネットには本当に世話になった」

「何をおっしゃるユキオ卿、我らはすでに家族のようなもの、遠慮など無用です」

「あ……うん、ありがとう」


 皆と別れの挨拶を交わしている最中、フィオナの姿がどこにも見当たらないことに気がついた。突き放すように一方的に別れを告げたことで、彼女を怒らせてしまったのだろうか。


「それじゃあ、フィオナにもよろしく言っておいてくれ」


 どんよりとした重い気分を振り払うように、皆に手を振りながら一歩踏み出そうとした瞬間、突然大きな声が突風のように吹き抜けた。


「待って! わたしも一緒に行くわ!」

「えっ!?」


 スネイクリヴァーを腰に提げたフィオナが笑顔で駆け寄ってきた。


「お父様、お母様、わたしユキオの力になってくるわ」

「いや――――」

「それは名案だな!」


 危険だからやめておいた方がいいと言ったのだが、俺の声はガーブルの声にかき消されてしまった。


「ユキオ卿に変な虫が付かぬよう、お前がしっかり監視し――見守ってあげなさい」


 いや、今監視って言ったよね!


「うん、そのつもり」


 そのつもりなのっ!?


「さあ行くわよユキオ、ミキオ、ファンシア! それに女神ちゃん! サクッと世界を救って辺境伯婦人になるわよ!」


 ど、どうしよう……。

 内心ガクブルの俺の気持ちなど知らず、フィオナはまるでピクニックにでも行くかのように、満面の笑顔で歩き出した。




 そんな彼女の隣で、俺は早くも胃痛に悩まされるのだった。

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最強の勇者殺しはクラス転移した勇者たちを日本に強制送還させるため、異世界に派遣されました。 🎈パンサー葉月🎈 @hazukihazuki

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