第20話
「返せっ、返せっ! わだじぃのウィルざまをがえぜぇッ!!」
「クルセア、もういい……もういいんだよ」
「――――ッ!」
俺が止めるのも聞かず、クルセアは息絶え、顔面が変形して判別不可能となった男の顔を殴り続けていた。
「……許せよ、クルセア」
「ゔぅっ」
見かねた俺はクルセアの意識を手刀で断ち切り、彼女を抱え、フィオナを探すために森に足を踏み入れた。
「あっちか!」
急いで鉄のぶつかり合う音の方に向かうと、フィオナとソイフォンが剣を交え、激しく鍔迫り合っていた。
「フィオナ!」
「ユキオ!」
「――――!?」
バックステップで距離を取ったソイフォンは、怪訝な表情でこちらを見つめていた。
「なんであんたがここにいるんだい。……ナオキはどうした?」
「榛村なら死んだ」
「!?」
怒り狂うものと予想していたが、ソイフォンはわずかに顔を歪めただけで、驚くほど冷静だった。
「うそ……というわけじゃなさそうだね」
「残ったのはお前一人だけだ。悪いことは言わないから、もう自首するんだ」
「それはあたしに死ねって言ってんのと同じさ。あたしは7年前に貴族を殺している。貴族殺しは重罪だからね。そうでなくても罪を数えればきりがない。自首したところで絞首台はまぬがれないだろうね」
「だとしても、お前は罪を償うべきだ。お前のせいで、なんの罪もない10歳の子供が死んだんだぞ!」
「それがどうしたって言うんだい。所詮この世は弱肉強食さ、弱いやつは強いやつに殺されても文句は言えない。……あたしはね、ガキの頃からそうやって生きてきたんだよ。後悔はない。懺悔なんざするつもりないね!」
剣を構える彼女の顔には、悪党らしい笑みが浮かんでいた。ソイフォンという女は、まさに根っからの悪党なのだ。
「勝負だよ、くそガキィッ!」
「――――っ」
捕まるくらいなら死を選ぶ、本当にどこまでも身勝手な女だった。
◆◆◆
「いっ……」
「ヒーリングオール」
神聖魔法がフィオナの傷をあっという間に癒やしていく。
「あのときも、本当はユキオだったのよね?」
きっと彼女はスパランドでの一件を言っているのだろう。
「言おうと思ったんだけどな」
「あの空気じゃ言えないわよね」
「だな」
「……なんか、ごめんね」
フィオナはとてもおかしそうに笑っていた。
「そんなことよりすぐにここから離れよう」
「この地響きと何か関係あったりする?」
俺は榛村の能力について簡単に説明した。黙って話を聞いていた彼女の顔が青ざめていく。
「一万の魔物がピリリカに!? 街には父も母もクロウニーも、みんないるのよ!」
「わかってる。だからこの事をみんなに伝えるんだ」
シュトラハビッツ家には女神もいる。彼女なら榛村の
「でも、歩いて戻っていたら間に合わないわよ」
「それなら問題ない」
「問題ないって……」
一度行ったことのある場所ならテレポーテーションが可能だ。今すぐにピリリカに戻ることができれば、街の人々の避難を進めることもできる。
「説明している時間はない。さあ、俺に掴まって」
「ちょっと待って、これだけ持っていくわ」
彼女はソイフォンが使っていた魔法剣【スネイクリヴァー】を拾い上げていた。
「いるのか、それ? あの女が使っていた剣だぞ?」
「剣に罪はないわよ。それを扱う人間に問題があっただけだもの」
それは確かにその通りなのだけど……にしたってそんなに嬉しそうに抱きかかえなくてもいいだろ。俺には初めからフィオナが魔法剣スネイクリヴァーを欲していたようにしか見えない。
「女でも武功をあげれば国から評価される時代なの。強い武器を持っていて損することなんてないんだからっ!」
「さいですか」
気を失っているクルセアを背に担ぎ、俺は女神権限によってテレポーテーションを行う。
テレポーテーションには二通りの使い方がある。一つは使用者の視界に映った場所に瞬時に移動するというもの。これは以前、幹夫との戦闘時に行ったものだ。移動する場所をわざわざ選択する必要がないので、使い勝手がいい。ただし、目に見える場所にしかテレポーテーションできないというのが難点だ。
今回使用するテレポーテーションは選択式の方だ。テレポーテーションを発動すると、頭の中に選択肢が浮かび上がる。【ワーゼン】【ホスパリー】【ピリリカ】この中から行きたい場所を脳内で選択すれば、テレポーテーションが自動で発動される。ちなみにワーゼンとは、幹夫と出会った始まりの街であり、ビスモンテ家がある街のことだ。
◆◆◆
「本当に一瞬でピリリカに戻って来ちゃった。ユキオって、ひょっとしてとんでもなくすごい魔法使いだったりする?」
「まあ、それなりに」
チート持ちなので最強です……とはさすがに言えなかった。
「他の魔法使いに関してはあんまり知らないんだ」
「辺境の地にいたから世情に疎いってこと?」
「……ああ、うん、まあ……そんな感じかな」
うっかりボロを出してしまいそうになり、内心冷や汗がすごかった。
「それよりも早くフィオナの家に行かないと」
テレポーテーションでピリリカまで移動したのだが、なぜか移動した先は駅構内だった。細かい移動先までは指定できないようだ。
「あっ、その前にちょっと駐屯所に寄ってもいい?」
「駐屯所……?」
なぜそんな所に行く必要があるんだろう?
「多分そこにクロウニーがいると思うから、彼に事情を説明しておきたいのよ。そうすれば、街の人達の避難誘導なんかは王国兵がやってくれるでしょ?」
なるほど、そういうことか。
「わかった。なら駐屯所に寄ってから、シュトラハビッツ家の屋敷に向かおう」
フィオナの案内で駐屯所に到着した俺たちは、駐屯兵団の隊長に同行していたクロウニーを発見。ここに至るまでの事情を彼らに説明し、急いでシュトラハビッツ家に向かった。
「旦那様、フィオナお嬢様がお戻りになられました!」
「本当かっ!」
娘が無事に戻ってきたことに歓喜するシュトラハビッツ夫妻だったが、俺たちの姿を確認した途端、彼らの顔から笑顔が消えた。
「ウィル様と……伯爵がおらんようだが」
「実は――」
悲しみに沈むフィオナに代わり、俺が事の詳細を説明した。ウィルの死と、彼を殺害した犯人がバード伯爵であることなど、にわかには信じがたい話ばかりだったが、俺の言葉を疑う者は一人もいなかった。
「やはりバード伯爵だったか……」
「やはり?」
彼の発言に疑念を抱いていると、ガーブルは俺たちが不在の際に盗賊に襲撃されたことを教えてくれた。
「襲撃って、みんなは無事なのか?」
「勇者様が対応してくださりましたから、幸い怪我人は出ておりません」
「へぇー、幹夫がね」
正直意外だった。
あいつの性格から判断すると、ファンシア意外はどうなろうと興味がないものとばかりに思っていた。幹夫も少しは成長しているということなのだろうか。
「襲撃者の狙いは勇者様の命だったようなのです」
「あ……そう」
てっきり悪党からみんなを守るために勇者として立ち向かったものと思っていたが、実際は危険が迫ったから自分を守るために対処したというだけ、実に幹夫らしいと思う。少しでも彼の成長に感動した自分が馬鹿みたいだ。
「さあ、こちらへ。勇者様もお待ちです」
「ああ、うん」
ガーブルの招きに従って食堂に足を踏み入れると、女神と幹夫が激しく睨み合っていた。
……これは、一体どういう状況なんだ?
さらに、食堂の片隅には右手首を失い、縄で拘束された悪漢が座らされている。確か、名前はドブラだったか……?
「この者がすべてを自供したのです。黒幕がバード伯爵であったことも……」
「それなら話が早い」
俺は妖盗蛇衆のリーダーが異世界から召喚された勇者だったこと、その勇者が死の間際、一万の魔物をピリリカに向けて放ったことを説明する。シュトラハビッツ夫妻や使用人たちは黙って話を聞いていたが、その顔色が次第に青ざめていくのが見て取れた。
「ほら見ろ! だから逃げたほうがいいって言ったんだ!」
俺の説明に耳を傾けていた幹夫が、激しい口調で女神に詰め寄っていた。
「幹夫さん、あなたは勇者なんですよ! この街を守ることがあなたの使命でしょ! それなのに、一目散に逃げようとするなんてありえません!」
「あのねぇ、じいちゃんの話聞いてなかったの? 一万の魔物が来てるんだよ? 僕一人で何ができるって言うんだよ。たとえレーヴァテインを以てしても、そんな数の魔物を相手にするのは不可能だ! 第一これ使うとすごく疲れるんだよ! チートなら使っても疲れないようにしろよ!」
「ステータスならレーヴァテインによって上がっているはずです! まったく疲れないようにするなんて、そんなの無理に決まっているでしょ!!」
「それを可能にするのがチートだって言っているんだよ!」
「それならこの状況を何とかするのが勇者でしょ! そのためにチートを授けたんです!」
「そのチートのせいでこうなっているんだろ! 自分が招いたことなんだから、自分で何とかすればいいだろ! 何でもかんでも僕に押しつけないでくれっ! もううんざりだ!」
このふたりはフィオナたちが見ている前で、堂々と何を言い争っているんだ。
幸いにも、彼女たちはチートが何なのか理解していないので、問題はないだろうが……。
「二人とももうよせっ! 今は争っている場合じゃないだろ。それより女神、榛村の
「もう強制送還しちゃったんですよね?」
日本に送り返したことを伝えると、女神は静かに首を横に振った。
「では、残念ながらありません。〝統べる者〟によってテイムされたモンスターは、何があっても主人の命令を優先するようになっています。たとえ〝統べる者〟の所有者がいなくなったとしても、一度受けた命令は絶対なんです」
女神であれば最悪の事態を防ぐ手段を知っているのではないかと期待していたが、現実は甘くはない。榛村の強さを軽んじていた自分を殴り飛ばしてやりたい気分だ。
「くそっ……打つ手なしかよ」
ピリリカの住民たちを安全な場所に避難させる以外には、どうすることもできないようだ。
こんなところで呑気に話している時間はなかった。
「ガーブル子爵、我々も駐屯兵団と合流して街の人たちの避難誘導に尽力しましょう」
「うむ、ユキオ卿の言うとおりだ。皆、力を貸してくれ」
フィオナやリネット、そして使用人たちが協力的な態度を示す中、唯一幹夫だけが非協力的な態度を取っていた。彼は他人のことを気にせず、自分たちだけで逃げるべきだと主張している。その勇者らしからぬ言動に驚く者もいれば、彼の意見に賛同する者もいた。無法者のドブラである。
「ゲハハハ――勇者なんて言うから甘っちょろいだけのクソ野郎かと思っていたが、ハイムラといいてめぇといい、オレ達と同じただのろくでなしじゃねぇか。気に入ったぜ!」
「お前みたいなのに気に入られたって、別に嬉しくないよ」
「いっ――もう少し優しく扱ってくれよ、辺境伯さま」
「無駄口たたくな」
ドブラを強引に立たせた俺は、フィオナたちと一緒に急いで駐屯所に向かった。その途中、中央広場に集まった民衆のなかに、駐屯兵団の隊長とクロウニーの姿を発見した。
「クロウニー、アボック隊長!」
ガーブルの声に、慌てた様子でふたりが駆け寄ってきた。
「なぜこのような場所に集まっておるのだ。すぐに北門から避難を急がせるのだ」
「それが……街の者たちが避難を拒んでいるのです」
予期せぬ事態をガーブルに伝えるのは、駐屯兵団隊長のアボックだ。
「何を馬鹿なっ! 一万の魔物の群れが押し寄せているのだぞ!」
「この街を失ってしまえば、彼らの多くは生きてはいけないのです。それならば、皆街を守るために戦うと言って聞かないのです。彼らが街に残って戦う以上、我ら王国兵が逃げるわけにもいきません」
ピリリカの人口は約10万人であり、この世界にこれだけの数の避難民を受け入れられる街が存在するとは考えにくい。たとえ受け入れられたとしても、新しい仕事を提供することは困難。ここに残って戦いたいという人々の気持ちも、ある程度は理解できた。
しかし、魔物とまともに戦える兵士はおおよそ三千人。冒険者などを募ったとしても、その数は三千五百人。一万の魔物相手にできるとは考えにくい。さらに、今ピリリカに接近している魔物は、榛村の〝統べる者〟によって強化された魔物の軍勢だ。あのとき襲ってきた魔物たちを思い出せば尚更、彼らに勝てるとは思えなかった。
「もしや、あなた様は勇者様では?」
「そうだけど、なに?」
幹夫に気がついたアボックが〝勇者〟と口にすると、広場の人々は一斉に幹夫に注目し、瞬く間に歓声が広がった。
「助かった!」
「勇者様がピリリカのピンチに駆けつけてくださったぞ!」
「勇者様が居られれば一万の魔物だろうが問題ない!」
「当たり前だ! なんたって勇者様なんだからな!」
「これでこの街も救われるのね」
中央広場では、まるで魔物の軍勢を打ち破ったかのように、至る所で「勇者バンザイ」という歓喜の声が響き渡っている。勇者の出現に沸くのは一般市民だけでなく、先ほどまで緊張の中でこわばった表情を浮かべていた王国兵たちも、自らの勝利を確信し、笑顔で仲間と抱き合っている。
「御主人様、怪物と戦うの?」
「ううん、戦わないよ。すぐにこの街から避難しないとね」
「ファンシアまた列車に乗りたい! プール行く!」
「それ最高だよ! やっぱりファンシアは頭いいなー」
「うぉーたーしゅらいだーも乗る!」
「あー今僕もそれ言おうとしていたんだよね。僕たちって以心伝心だよねー。あっ、ちょっとそこ邪魔。どいてよ、小さい子が通れないでしょ」
歓声に包まれた人混みを押し分け、幹夫はファンシアと一緒に駅に向かって歩いていく。
「勇者様、どちらへ!」
「ん、駅だけど」
「なぜ駅に向かわれるのです?」
「なぜって、魔物が襲ってくるんだから逃げたほうがいいでしょ。逃げるなら徒歩より馬車より列車が一番いいに決まっているもんね。それに列車にはスパランドもあるからねー」
「ねー」
中央広場は、サッカーワールドカップでの日本の勝利時のようなスクランブル交差点の賑わいに似て、まるでお祭り騒ぎだった。しかし、予想外の勇者の言葉に、まるで冷水をかけられたかのように、人々は静まり返っていた。
「……今、勇者様が逃げるって言わなかった?」
「いやいや、さすがに聞き間違いだろ。だって勇者様なんだぜ」
「だよね」
「え、でも私も勇者様が逃げるって言ったように聞こえたんだけど……」
「俺もたしかに逃げるって聞いたぞ」
「勇者様! 逃げるなんて冗談ですよね? ピリリカを救うために来てくださったんですよね?」
「救わないよ」
濁すことなくきっぱりと否定する幹夫。
「あとさ、僕のことを勇者っていうのやめてくれない? 君たち異世界人がいう勇者って、ただのボランティアマンのことだよね? 勝手に期待して勝手にがっかりして、本当にいい迷惑だよ」
市民も兵士も、ある意味で清々しいほどのクズっぷりを見せる勇者に、みんなが唖然としていた。期待していた勇者像とのギャップには相当なショックが走ったのだろう。
「みんなも変に誰かに期待しないで、とっとと逃げたほうがいいよ。ホームレスになりたくないから自殺するとか、正直どうかと思う。這いつくばってでも生きていく、そういう覚悟が必要なんじゃないの? 小さい子供もいるんだしさ」
幹夫の言うことは最もなのだが、今の彼らが勇者に求めているものは正論などではない。
「幹夫さん!」
女神の呼びかけにも応じることなく、幹夫は中央広場をあとにしてしまった。
「ちょっとすまん」
唖然呆然と立ちすくむ人々を無視して、俺は幹夫を追いかけた。
「幹夫!」
「嫌だよ。榛村くんのチート能力で強くなった一万の魔物と戦うなんて、僕は絶対に嫌だから。第一、なんで僕がそこまでしなくちゃいけないのさ。やりたきゃじいちゃん一人でやればいいだろ」
「そりゃそうだ。お前は何も間違っちゃいない」
「え?」
「勇者だからって何でもかんでもただでやらせるのはおかしい。それに関しては俺も同感だ。危険な仕事を任せるんなら、それに見合った報酬は必要だろ?」
「……うん、まーそうだね」
そこで、俺は考えていた提案を幹夫に伝えることにした。
「お前がこの世界で真の勇者になることができたら、お前を日本に送還することを取りやめるってのはどうだ?」
「え、それって!」
「お前はこちらの世界で死ぬまで暮らすってことだ」
「そんなこと可能なの? というか、じいちゃんが勝手に決めていいの?」
ダメだろうな。
しかし、女神を説得することができれば、不可能な話ではない。それに幹夫が日本に帰ったところで、最悪な事件を起こす未来しか見えない。だったら、こちらの世界に残ってもらった方が安斎家のためになると思う。
「その辺は俺が何とかしてやるよ」
「本当に!?」
「男に二言はない。ただし、お前はこっちの世界で誰もが認める勇者になるんだ。勇者として振る舞っていくことがどれだけ大変か、わかるよな?」
「ファンシアとずっと一緒にいられるなら、僕はどんな事だってやってやるつもりだよ!」
「なら、決まりだな」
俺は幹夫を引き連れ、フィオナたちがいる中央広場に引き返した。
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