後編
ダイアン様のリサイタルを何とかして阻止したかったですけど、やる気満々の彼女を私が止められるはずもなく。
それどころかなんやかんやあって、何故かリサイタルに来る人を集める係りになってしまいました。
ああ、どうして私がこんな事を。ダイアン様のリサイタルに招待するなんて、サバトの儀式に招待する方がまだマシなのではないでしょうか?
そう思いながらも、何人かの教会関係者に声をかけてみたのですけど……。
「聖女ダイアン様のリサイタル!? 痛たた、急にお腹が痛くなってきたから、残念ながら行けないなあ」
「ごめん、隣町まで行く用事があって、一週間は帰ってこれない。いやー、ダイアン様の歌、聞きたかったのにザンネンダナー」
「バカ言うでねえ! あげな歌聴かされたら、命に関わるだ! オメエはオラを殺す気か!?」
と、こんな感じで、皆さん仮病だったり居留守を使ったり、ヤケクソになって頑なに行くのを拒絶したりしています。
まあ、気持ちは分かりますよ。
結局一人も集められず、部屋に戻った私は恐る恐るその事をダイアン様に報告したのですけど……。
「そっかー、皆都合が悪いのかー。なら仕方ないね」
「え、怒らないのですか?」
「何言ってるの。用事があるのに、無理強いするわけにもいかないでしょ。それくらいで怒るような狭量じゃ、聖女が務まらないっしょ」
怒る様子も落ち込んだ様子もなく、趣味のダンベル上げをしながら清々しく返事をするダイアン様。
さすがダイアン様。彼女は言動はぶっ飛んだ所がありますけど、案外爽やかな所もある良い方なのですよね。
しかし、ダイアン様はさらにこう続けたのです。
「それじゃあ今度のリサイタルは、ジェシカちゃんと一対一での一人リサイタルになるのかー」
「へ? リ、リサイタルは中止されるんじゃないのですか?」
「何言ってるの。観客が一人でもいてくれたら、アタシはやるよ」
「そ、そんな。私のためだけに、わざわざ歌わなくても。それに私は、もう聴きましたし……」
「あんなのはただのウォーミングアップだって。本番は3時間ぶっ通しで歌い続けるから、楽しみにしててよ」
グッと親指を立ててウインクをするダイアン様を見て、私は目の前が真っ暗になりそう。
ダイアン様は、根は優しいお方。100%善意で言っているのでしょうけど、私にとってはそれが地獄への誘いです。
結局断ることができないまま、ダイアン様の部屋を出た私は、教会の廊下をとぼとぼと歩く。
ああ、3時間ぶっ通しで、ダイアン様の歌を聴かされるのかあ。遺書でも用意していた方が良いかも。
そんな事を考えていると……。
「ジェシカさん、少しよろしいでしょうか?」
「えっ……アナタ様は!?」
不意に後ろから声を掛けられ、振り返った私はその人を見て、目を丸くしました!
◇◆◇◆
ついに迎えたダイアンリサイタル当日。
ダイアン様と私だけの、二人きりのリサイタル。そう思っていましたけど……。
「お久しぶりねえダイアン。今日は歌を披露されるそうですね。どれほど上達したか、聴くのが楽しみですわ」
「げげっ! なんでアリーシャさんが!?」
聖女にあるまじき声を上げるダイアン様。そう、集まった観客は、私一人ではありません。
ダイアン様と対峙しているのは、白髪頭の高齢の女性。
背筋をピンと伸ばした、美しく整った姿勢。火の灯ったような目からは、凛々しさを感じます。
彼女こそ、これまでたくさんの聖女に淑女としての振る舞いを教えてきた、教会きっての教育係、アリーシャさん。
そしてアリーシャさんは前に、ダイアン様の教育係でもあったわけですけど……。
彼女は時に厳しく、またある時はやっぱり厳しく。愛のある厳しさと情熱のある厳しさを持ち合わせた、とにかく厳しい方なのです。
そんなアリーシャさんを前に、ダイアン様の顔色がみるみる悪くなっていきます。
「な、なんで……どうしてアリーシャさんが、ここに? たしか今は、別の教会に派遣されてるんじゃ?」
「用事があって、一時的に帰ってきたのです。しかし驚きました。あんなにも歌が不得手だったアナタが、まさかリサイタルを開けるほど上達しているとは。私も是非聴きたいですわね、アナタの歌を」
「え、アリーシャさんも聴くの? い、いやー、そのー、別に聴かせるほどのものじゃないって言うか……」
「おや、ではアナタはそんな歌声を、披露しようとしているのですか? ダイアン、私はアナタをそんな風に教育した覚えはありません。これは一から全てを教え直さないと……」
「げー、勘弁してよー! あ、アタシなんだか腹痛が痛いなー。というわけでジェシカちゃんもアリーシャさんもゴメン。今日のリサイタルは中止ってことでー」
そう言うとダイアン様は逃げるように……と言うか、完全に逃げていますね。一目散にどっかへ行ってしまって、後には私とアリーシャさんが残されます。
「まったく、あの子にはさんざん手を焼かされましたけど、相変わらずみたいですね。ジェシカさん、アナタもお世話係、大変でしょう」
「いえ、そんな事はありますけど……で、でもダイアン様だって、いい所はあるのですよ」
「ええ、そうですわね。苦手だった癒しの歌も、上手くなろうと必死になって練習していましたもの。あの子はああ見えて、努力ですから。まあ人間どうしても苦手なものもありますから、上達しなくてもそれは仕方がないですわね」
この様子だと、どうやらアリーシャさんがダイアン様のお歌の教育もされたようですけど、それってあの歌を何度も聴かされたということでしょうか?
「しかしダイアンには悪いですけど、その歌を大勢の人に聴かせるのは……。まああの子も悪気があってやってるわけではないので、強くは叱れませんけどね。今回の件も、穢れを浄化する天使の歌を、たくさんの人に聴かせたいと思っての行動だったわけですし」
「はい……それでもアリーシャさん、ダイアン様を止めてくださって、ありがとうございます」
アリーシャさんに向かって、深く頭を下げる。
たまたまアリーシャさんが来てくださってて良かった。アナタは命の恩人です!
本当に危機一髪でしたよ。
「ジェシカさん、ダイアンのお世話、大変でしょう。けどあの子は性格はまあアレな所もありますけど、真っ直ぐで誠実な子です。ダイアンの事、頼みましたよ」
「アリーシャさん……はい、必ず」
何だかんだ言いながらも、アリーシャさんはダイアン様を信頼しているみたい。そしてそれは、私も同じです。
いささか以上にぶっ飛んだ所があるので誤解されがちですけど、ダイアン様は本当に真っ直ぐなお方。
よく教会に訪れる子供達と遊んであげたり、弱いものいじめをするような輩がいれば見て見ぬふりをせずに容赦なく蹴り飛ばす。そんな人なのです。
お前の物は俺の物なんて言う、どこかのガキ大将とは違うのですよ。
今回は大変でしたけど、私はこれからもあの方の、お世話係を続けていきたいです。
……数日後、アリーシャ様が再び別の教会に行ってしまった後。
「この前はビックリしたよ。アリーシャさんが帰ってきてるとは思わなかったもの。自信がついたとはいえ、アリーシャさんに歌を聴かせるのはやっぱちょっと怖いからねえ」
「ダイアン様にも、頭が上がらない人がいたのですね」
「まあね。けど、今のアタシがあるのはあの人のおかげなんだから、感謝はしてるよ」
ニカッと笑うダイアン様。
ダイアン様も何だかんだ言いながら、アリーシャさんの事は好きみたいです。
こんな風に信頼し合える関係って、ちょっと羨ましい。
「と・こ・ろ・で。中止になってたリサイタルだけど、アリーシャさんが行っちゃったことだし、今度こそ開こうと思うんだ。今夜にでも」
「は……ま、またやるんですか!?」
「ああ、今日こそやっちゃうよー! ジェシカちゃんも聴いてくれるよね?」
力強い手で、ガシッと肩を掴まれる。
あ、これもう終わった。逃げられません。
こうしてその日の夜、3時間ぶっ通しでダイアン様の歌を聴かされ続けた私は、倒れてお世話係を続けるのが困難になってしまいました。
残念ながら、今度は危機一髪とはなりませんでした。
これからもお世話係を続けていきたいって思ったばかりなのに、無念。
おしまい♪
ぶっ飛んだ聖女様の、恐怖のリサイタル 無月弟(無月蒼) @mutukitukuyomi
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