ぶっ飛んだ聖女様の、恐怖のリサイタル
無月弟(無月蒼)
前編
皆さんは、聖女をご存知でしょうか?
聖女。それは神様から与えられた奇跡の力を、その身に宿した女性のこと。
この世界には、穢れと呼ばれる毒が存在します。
それは人や大地を汚染してその命を奪い、魔物と呼ばれる生き物を呼び寄せてしまうこともある、危険きわまりない悪魔の猛毒なんだけど、それを浄化する力を持っているのが聖女なのです。
世界にはたくさんの聖女が存在しているんですけど、私、ジェシカがお世話係をしている聖女様は世界でも5本の指に入ると言われている、5大聖女の一人。
そんな方に仕えるだなんて、大変な名誉な事なのですけど……。
「はぁ、あの方にも困ったものです」
私が今いるのは教会の中にある、お仕えしている聖女様の部屋。
どうしてこんな事になっているのかって? 聖女様が片付けてくれないからですよ。あの方ときたら、恐らく歴史上ナンバーワンの、片付けられない聖女なのです。
片付けたとしても、1日たてばひっちゃかめっちゃか。その度にお世話係の私が片付けをしているのですけど……。
仕方ありません、今回もさっさと片付けてしまいましょう。
聖女様は現在、この部屋の隣にあるお風呂で身を清めています。今のうちに終わらせてしまいましょう。
だけど片付けていると、浴室のドアが開きました。そして……。
「かー、疲れた後のひとっ風呂はやっぱ気持ちいいー!」
そんな声と共にお風呂から出てきたのは、私がお仕えしている聖女、ダイアン様です。
しかし、出てきたそのお姿を見て、私は悲鳴を上げました。
「キャー、ダイアン様なんですかその格好はー!?」
聖女様を見て悲鳴を上げるなんて、失礼じゃないかって? そんな事を言ってる場合じゃありませんよ。
だってダイアン様、服も下着も一切身に付けていない、素っ裸だったんですもの。
しかもそんな一糸纏わぬ姿にもかかわらず恥じらう様子もなく、タオルを肩にかけて大また歩きで闊歩しているのです。
せ、聖女様とあろうお方が、なんてハレンチなー!
「ダイアン様服! 服はどうしたんですか!?」
「ごめんごめん、ちょっと用意するのを忘れてねー。けどまあ慌てない、どうせ部屋にはアタシとジェシカちゃんしかいないんだから。程よく冷えるから、火照った体には丁度いいの」
「何を言っているんですか!? そりゃあ女同士ですけど、それでも聖女様がそんなみっともない姿を晒すだなんて」
「むぅ~、みっともないとは失礼だねえ。この引き締まった美ボディを見よ!」
言いながらダイアン様は、両腕で力こぶを作りながら、がに股になるという珍妙なポーズを取る。もちろん全裸で。
絵にするとこんな感じですね→ᕙ( ˙꒳˙ )ᕗ
ああ、ダイアン様。アナタはどうしていつもそうなのですか?
確かにダイアン様のお体は、無駄なお肉なんて無い。
形の良い豊満な胸。対して腰は細く、スラッとしたくびれを形成している。程よく筋肉のついた四肢は美しく、黄金色の髪はまるで金の糸のよう。街ですれ違ったら誰もが振り返る、美麗なお顔。
しかしその全てを、残念な言動が台無しにしています!
最初にダイアン様にお会いした時、私はこんなに美しい人がこの世界にいるのだと一種の感動を覚えたのですが……ダイアン様、あの時の感動を返してください!
そんな頭を抱えたくなる私をよそに、ダイアン様はどこからか取り出した牛乳を一気飲みする。
「ぶはーっ、うめぇ! やっぱ風呂上がりはコレだねえー」
なぜでしょう。牛乳を飲んでるだけなのに、何故かその姿がおっさんみたいに思えてきます。しかも全裸だし。
黙ってじっとしていれば絶世の美女なのに、黙ってないしじっとしててもくれないから困ったもの。
この方が5大聖女の一人だなんて、信じられますか?
◇◆◇◆
部屋の片付けも一通り終わり、ダイアンバスローブを着てくれて一安心。
するとふと、ダイアン様が言ってくる。
「そういえばジェシカちゃん、前にアタシが穢れを浄化した時、アタシの歌を上手いって言ってくれたよね?」
「えっ!? は、はい。ダイアン様の歌声は、それはもうオペラ歌手のように美しかったですヨー」
歌がどうかしたのかって?
人や草木に病を運ぶ穢れを浄化するのが聖女のお仕事なのですが、ダイアン様の場合歌を歌うことによって浄化するのです。
このような浄化の効果のある歌は、『天使の歌』と呼ばれていて、人々から有難がられているのですけど……。
「実を言うとね、アタシ歌うの苦手だったんだー。聖女として本格的にデビューする前、聖女の教育係を勤めるアリーシャって人にレッスンを受けていたんだけど、何度もダメ出しされてキツかったなー」
「へえー、そ、ソウナノデスカー」
「けど、ジェシカちゃんに誉められた時は嬉しかったなー。それで、あの後アタシなりに歌の練習をしたんだけど、ちょっとは自信がついてきてね。良かったら聴いてくれるかな?」
「聴くって、ダイアン様の歌をですか!? ああ、すみません。本当はすごく聴きたいのですけど、私この後用事が……」
「なに、それはいけない。だったら今すぐ歌わないと」
「え? ちょっ、ちょっと待ってくださ……」
だけど私が止めるのも聞かずに、ダイアン様は大きく息を吸い込んだ。
そして……。
ホゲ──ッ!
──っ! #☆∞*<&@=¥©!?
ダイアン様の口から発せられたのは、この世のものとは思えない怪音波。
ひ、ひぃ~、始まってしまいましたー!
これが、穢れを浄化する天使の歌。
しかし、しかしですよ! ダイアン様の歌は確かに穢れを浄化する効果はあるのですけど、歌唱力の方がちょっと……。
その歌を聞いた犬や猫などの動物は倒れ、空を飛んでいる鳥は地に落ち、人間は耳を塞いでのたうち回る。
それがダイアン様の歌なのです。
そんな彼女の歌を、確かに私は前に誉めました。
しかしそれは、ダイアン様を気遣ってのリップサービス。失礼ですけど……本当に失礼きわまりない言い方で申し訳ないのですが、本当はガラスを引っ掻いた音の方がまだマシって思っているのです!
しかし素直なダイアン様はそんな私の言った社交辞令を真に受けて、天使の歌を聴かせてくれたのです。
ボエ~ッ!
ホゲ──ッ!
ボゲえぇえぇえぇえぇッ!!!!!!!!
……ああ、私が子供の頃、天国に旅立ったおばあちゃんの姿が、雲の上から手を振っています。
『天使の歌』って、もしかしたらこういう意味だったのかも?
だけど私もおばあちゃんの元に旅立とうとしたその時、歌が終わりました。
「いやー、歌った歌ったー。ジェシカちゃんどうだった? 前よりよくなったと思うんだけど」
「す、素晴らしかったで~す」
つい先ほどリップサービスをしたことを後悔したばかりですけど、それでもついお世辞を言ってしまいました。
だって私はお世話係。本当の事を言ってダイアン様を落ち込ませるわけにはいきませんもの。
しかし気をよくしたダイアン様は、とんでもない事を言い出したのです。
「ありがとうー。歌が上手くなれたのは、ジェシカちゃんのおかげだよ。それでね、上達した歌声を披露したいから、今度教会の関係者を集めて、リサイタルを開こうと思ってるんだけど」
「リ、リサイタルですか!?」
それって、大勢の教会関係者の前でさっきの歌を歌うってことですか?
そんなのまるでテロじゃないですか!
ど、どうしましょう。
とんでもないことになってきましたよー!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます