ミラー・イン・ミラー
新井狛
ミラー・イン・ミラー
「おああああああ!!!!!」
「うおおおおおお!!!!!」
背後から大岩。前方には曲がりくねった洞窟の道。お約束も極まったそのシチュエーションの中を二人の男が必死の形相で駆けていく。
「このクソバカミラー! お前はいっつもいっつもいっつも罠という罠を踏まなきゃ気が済まねぇのか!?」
「やめてよレオお説教とかしてる場合!? あ、ダメもう無理走れない」
「止まるなバカ!! ああクソったれが!!」
虚ろな目をして足を止めた
「あんだって? 聞こえねーわ! あとにしろ!」
「……其は怒り、渦巻き、穿ち、打ち砕け!」
急にボリュームを上げたミラーの声に呼応して背後で爆発音が轟き、爆風が勢いに任せて背中を蹴りつける。レオとミラーは抱き合うようにしてごろごろと数メートル吹っ飛ばされた。地面に投げ出された二人の体の上を、バラバラと細かい石の破片が飛んでいく。
ガバッと起き上がってレオが怒鳴った。
「出来んなら最初からやれぇ!」
「走りながら詠唱できる訳ないでしょ。これだから脳筋は……」
のそのそと体を起こしながらミラーは顔を顰めた。レオの顔を見てはぁー、と深いため息をついたミラーのこめかみを、レオが両の拳でぐりぐりと締め上げる。
「だーれのせいでああなった? あぁん?」
「いたいいたいいたいいたい」
されるがままに頭を揺さぶられながら、ミラーは奥の壁を指さした。「あん?」と呟いたレオは、そちらに顔を向けるとパッと顔を輝かせた。ぐりぐりしていたミラーの頭を投げ捨てて、壁に駆け寄る。突然手を離されてバランスを崩したミラーは、「ぐぇ」と言って尻餅をつくとじとっ、とレオの背中を軽く睨んで吐き捨てた。
「ねぇ僕の扱い酷くない?」
「何してんだミラー! 早く来いよ!」
「聞いてないね」
すっかりワクワクに支配された顔で濃いルビーの瞳を煌めかせている相棒を見てミラーは肩を落とす。やれやれと言った様子で立ち上がると、奥の壁に歩み寄った。
複雑な紋章と古代文字の描かれた石壁を見上げると、模様に沿って華奢な手を滑らせる。
「うん、古ライシス語だね。ここに魔力をこう流せば……」
ミラーの手が淡く輝き、壁の模様を光の糸が駆け上がった。重い響きを立てて石の扉が開いていく。それを見たレオが飛び上がり、ガッツポーズを決める。
「きたきたぁ! いいぞミラー!」
「はぁ、調子いいんだから」
ミラーは苦笑した。そのミラーを振り返り、レオはびしっと指を突きつけた。
「いいか、俺が先に入るからな。罠チェックが終わるまで何も触るなよ」
「はいはい」
慎重な様子で入口を検分してから、レオはそろりと一歩を踏み出した。円形のその空間に足を踏み入れると、ぼ、ぼ、ぼと壁に掛けられたトーチに次々に火が入っていく。
念入りに入り口付近の床を探ってから、レオは振り返って頷いた。
「入っていいぞ。触るなよ」
「分かってるってば」
ゆっくりとミラーもその空間に足を踏み入れる。苦労して辿り着いた古代遺跡の最深部は、想像より遥かに質素な作りだった。壁にトーチが掛かっている以外は、部屋の中央に鏡と、豪奢な作りの箱が一つ。
鏡からは魔力の気配が漂ってくる。その気配に惹かれて、ミラーはほてほてと部屋の中央に歩み寄った。
壁を調べていたレオが、振り返って目を剥く。
「あっ、バカ待て!」
「え?」
静止の言葉も虚しく、ミラーの足が箱の前のスイッチを踏み抜いた。
狭い空間に光が溢れる。あまりの眩しさにレオは目を覆った。光が消え、恐る恐る目を開ける。
「ミラー?」
ミラーの姿は消えていた。慌てて部屋を見回すが、銀髪の華奢な相棒の姿はどこにもない。
「レオー……」
「ミラー!?」
背後からか細い声が聞こえてきて、レオは慌てて振り返った。相変わらずその姿を見つけることのできない視線を、ミラーの声が導く。
「こっち、たぶんコレ鏡の中」
「うわマジか」
箱の上に
「触ってないよ」
鏡の中の相棒は不貞腐れた様子で言った。レオは深い深いため息をついた。
「罠作動魔のお前には触るなじゃなくて、動くなって言うべきだったな……」
三分の一くらいに縮んだ
「レオ……。足元に骨がごろごろ転がってるんだよ……出してぇ……」
ちょっとヤバめのその報告に、レオも顔を引きつらせた。
「今探してやるから待ってろ」
レオが慌てた様子で解除スイッチを探すのを鏡の枠に張り付いて眺めていたミラーだったが、こつんと足に何かが当たる感触に泣きそうな表情になって振り返る。
「——?」
レオがいた。ミラーのいる鏡の世界は、鏡が映した部屋そのままの形をしている。床にゴロゴロと人骨がたくさん転がっているかいないかの違いはあるが、それ以外は全く同じだ。そしてその同じ部屋の、レオがいるその位置にレオがいた。
ミラーの心の中で、むくむくと好奇心が頭をもたげた。そうっと鏡像のレオに近づくと、杖の先でつんつんとその尻をつつく。
「うひゃう!?」
レオは素っ頓狂な声を上げて飛び上がった。きょろきょろと背後を見回すが、何も見つけることが出来ずに気味悪そうに目を
「レーオ」
ミラーはくすくすと笑いながら相棒を呼んだ。振り返った
「俺が誰のために――っ」
言いかけたレオの顔の真横を矢が通り過ぎ、鏡の横に突き刺さる。錆び付いた機械人形のような動作でレオが背後を振り返った。
「チッ、何外してんだ」
「わぁお」
絵にかいたような悪役面が雁首揃えて部屋に雪崩れ込んできたのを見て、ミラーが呑気な声を上げる。
「レオ、お客さんだよ」
「見りゃ分かるわ!」
問答無用で斬り掛かってきた先頭の男の刃をナイフで受け止めながらレオが怒鳴る。ギリギリと合わせていた刃からすっと力を抜くと、勢い余ってバランスを崩したゴロツキの脇腹に回し蹴りを叩き込んだ。反対から斬り掛かってきた男を巻き込みながらゴロツキが吹っ飛んでいく。
「後ろ後ろ」
「見えてる! 黙っとけ!」
回し蹴りで前のめりになった体勢をそのまま利用して、後ろで刃物を振り下ろそうとしていた男の顎を蹴り上げる。ごぎん、と嫌な音がして男は悲鳴を上げてもんどり打った。
更に横にステップ。床の僅かな出っ張りを踏みつける。壁から飛び出した矢が、レオの頭を狙っていた弓手の額を貫いた。
「やるじゃないか」
パチ、パチ、パチと手を打ち鳴らしながら、悪人オブ悪人ヅラと言った風情の男が進み出た。一瞬にして4人を無力化したレオは、低い姿勢を保ったまま男を睨みつける。
「未開封のお宝に、見目のいい男が封じ込められた鏡か。こりゃあいい。取引と行こうぜ、兄ちゃん」
「あぁん?」
相手のガラも悪いがレオのガラも悪い。レオはリーダー面のゴロツキを睨みつけて、低く唸った。
「取引だぁ? 出すもん持ってるようには見えないがな」
「お前の命と交換してやる、つってんだ。さっさと失せろ」
ニヤニヤと笑いながら言う男に、レオは黙ってナイフを構え直すことで答えた。男の顔からすっと笑みが消える。
「やれ」
じりじりとレオを囲んでいたゴロツキたちが、一斉に飛び掛かった。複数の刃がレオに突き立てられるかと思われたその刹那、空気が凍る。透明な氷の壁に弾かれて、ゴロツキどもはたたらを踏んだ。
レオを守った氷は瞬時に搔き消え、バランスを崩したゴロツキどもをレオの回し蹴りが襲う。蹴りの届かない反対側では炎が渦巻いた。
鏡の中ので杖を構えているミラーを見て、リーダー面が悪人面を歪めて喚く。
「クソ、鏡越しに魔法を使ったのか!? ええい鏡はいい、裏手に回って叩き壊せ!」
「あ、おいバカやめろ!」
ゴロツキどもの一部がレオを避けて鏡に向かったのを見て、レオが慌てたように鏡に手を伸ばした。意識が逸れてがら空きになった背後から、石の欠片で頭をぶん殴られて目の奥に星が散る。レオはつんのめり、鏡に掛けた手が滑って、
「「あ」」
箱から滑り落ちた鏡は、冷たい石の地面に叩きつけられて粉々になった。
「ミラー!!!」
レオの頭に、地面に叩きつけられる直前のミラーのまん丸に見開かれたエメラルドの瞳がフラッシュバックする。
「……はは」
ゴロツキの誰かが笑いを漏らした。
「こいつ自分で仲間を割りやがった! 今だ、たたんじまえ!」
震える指で鏡の破片に手を伸ばしたレオに、ゴロツキどもが飛びかかろうとしたその刹那。眩い光が狭い空間を満たした。ゴロツキどもが視界を奪われて動揺した声を上げる中、涼しげな声が凛と響く。
「どうも、みなさん。レオが世話になりました」
絶対零度を思わせる冷たい冷たい声。その声は果たして、ゴロツキどもの耳に届いたのだろうか。部屋全体は氷に包まれ、ゴロツキどもは目を眩しげに歪めたまま、プディングの中のレーズンよろしく全員がその中に封じ込められていた。
部屋の真ん中、そこだけ氷結から逃れた狭い狭い空間の中で、レオはくしゃみをひとつこぼした。
「……さむい」
「いや、他に言う事あるでしょ。割れた時死んだかと思ったんだから」
「謝らねーぞ。割れたら出てこれたんだからそれでいいだろ。てか元はといえば罠を踏んだお前が悪い。……まあ、無事でよかったけどさ」
「ちぇー。ごめんなさいが言えない子に育てた覚えはありませんよ」
「お前に育てられた覚えはねぇよ!」
「もー、口が悪いんだから」
ぷうと頬を膨らませながら、ミラーはレオの頭を乱暴に鷲掴んだ。「っで!!」とレオが叫ぶが構わず魔力を流し込む。石で殴られた頭の傷を治療し終えると、ミラーはにこっと微笑んだ。
「はーい。ありがとうは?」
「誰が言うか!」
「ちぇー。いいよいいよーだ。お宝開けるもんね」
そう言って宝箱に手をかけたミラーから視線を外して、レオはぐるりと周りを見渡した。
「待て待て、こいつらどうすんだ」
「えー? ほっとけばいいよ。3日くらいしたら溶けるから」
宝箱を開けながら、ミラーは面倒くさそうに言う。レオはミトラ食堂の不味い煮込み料理を食べた時と同じ顔をした。
「お前のこと、たまにこえーって思うわ……」
「お褒めに預かり光栄ですよ……って、ありゃー」
「どうした」
宝箱を開けて切なげな声を上げたミラーの肩越しに、レオは宝箱を覗き込んだ。
箱の中にはボロボロになった布に包まれるように、夕焼けを閉じ込めたかのような柔らかなピンク色の巨大な鉱物が鎮座している。レオはその顔に喜色をたたえて微笑んだ。
「おお? なんかよさげじゃねえか」
「塩です」
「は?」
「岩塩だよこれ」
「はああ〜〜〜〜!?」
レオは絶叫した。あの数々の罠をくぐり抜けて、盗賊崩れのゴロツキどもと死闘を繰り広げて、手に入れたものが岩塩??
「この辺りは内陸部だし、塩も採れない地域だもんねぇ。古代人にとっちゃ、そりゃお宝だったわけだ」
「そんなのアリかよ〜〜」
「どっちかといえば……」
ミラーはちらりと粉微塵になった鏡を見た。
「あの鏡なら、かなりの値が……」
「やっぱりお前のせいじゃねーかこの罠作動魔!!」
ミラーのこめかみを、レオが両の拳でぐりぐりと締め上げる。
「いたいいたいいたいいたい」
ひとしきりぐりぐりやって満足すると、レオはどさりと石の床に身を投げ出した。ちなみにそうして見える光景は悪党プディングである。
「割に合わね〜……」
「まあまあ、あれ売ったら今日の夕飯代くらいにはなるって」
「あのクソ重そうなやつ抱えてあの罠道帰んの?」
「……じゃあ、置いてく?」
「あ"ーーーー!!!」
レオの苦悶の声が、古代遺跡の奥に響き渡った。
(終)
ミラー・イン・ミラー 新井狛 @arai-coma
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