第一章ー25
「あ奴ら、一体何がしたいんじゃ?」
ぎゃいのぎゃいのと騒いで統率が乱れたかと思えば今度は皆で狂った様に船を進め始めた海賊たちの行動の意味が分からず、空中で急ブレーキを掛けて一先ず止まる。
別段奴らが何か策を弄してきたところで我には無意味。
ただ、万が一にも負ける気はしないが、物の弾みでうっかりと殺してはしまうかも知れない。
その相手が首魁であったらこれまでの苦労が水の泡と化す。
万全を期すためにもここは間怠っこしいが少し様子を見るべきか。
だが、我は直ぐにその悠長な考えを改めることになった。
海賊たちの船の進路その先に、帝国の船があったからだ。
更には帝国の船に搭載されている大きくて美味そうな、ではなく、海賊たちの軟弱な船なぞ容易く吹き飛ばすであろう武器が狙いを定める様に動き出す。
このまま海賊たちの船が木っ端みじんに吹き飛ばされると大いに不味い。
散々海賊たちの船を吹き飛ばした我が言うなと主がこの場に居れば言われそうだが、そんなこと今はどうでもいい。
再び海賊の船へと向けて全速力で飛ぶ。
本当ならさっきの急降下で甲板へと降り立ち船を制圧する気だったのだが、今度は違う。
優先すべきはこれ以上帝国の船に海賊たちを近づけぬこと。
ならばと我は船の舳先へと回り込むと体当たりをかました。
人間と船が衝突した際、勝つのはどちらかなど言うまでもない。
幼子でも分かる単純明快な答えだからだ。
しかし、人側が我ならば結果が変わってくる。
勝つのは当然我。
船の舳先は木っ端微塵に壊れ、船は動きを止めた。
衝突の衝撃で何人か海へ落ちたのが見えたが、首魁は無事なので問題ないだろう。
しかし軽く体当たりしただけで壊れて沈み始めるとは、あまりに脆く張り合いがない。
……船が、沈み始めた?
「い、いかん! やり過ぎた! これだから木なんて噛み応えのない脆くて美味くもない物は好かんのじゃ!」
慌てて甲板へと上がると、海賊たちは必死の形相で船から落ちまいとその辺にある物に掴まっていた。
沈没への恐怖からか、すっかり瞳に宿っていた狂気の色は消え失せてしまっている。
中にはいい年であろうにお母ちゃん助けてと情けない顔で泣き叫び股座を濡らす者までいる始末。
「どうするどうする! このままでは不味いぞ!」
海賊同様、我も必死になってどうすればいいか考える。
この姿でも二、三人くらいなら簡単に運べるが、それだけの数では小娘に文句を言われそうだし、追加で報酬をせしめることは叶わないだろう。
かと言って元の姿に戻れば全員捕まえて運ぶなんぞ容易く出来るが、絶対に暴れるであろう人間を沈みかけの船から摘まむなんて器用なこと、出来る気がしない。
果実の様にぷちっとやってしまうか、うっかり船に手を当てて沈めてしまうのが目に見えている。
考え込む間にも少しずつ船は沈んでいくし、時間があまりにも足りない。
もうこうなれば、この場全てを吹き飛ばし、主と新たな土地にでも行ってやろうかと思えてきた。
「うーむ……そうじゃ!」
だが、稲妻の如き閃きが我を襲い、冷静さを取り戻させた。
「死にはせんかったら、ちょっと怪我するくらいはいいじゃろ。口さえが利ければ小娘も文句は言うまい」
閃きに従い、手近にいた海賊の襟首を掴み、そのまま放り投げる。
海賊は霧を突き破り、青空へと飛んでいった。
勿論、適当に放り投げたわけではない。
ちゃんと主たちが乗った船を狙って放り投げたのだ。
狙いが外れて海に落ちたとしても、船の近くならば主たちがどうにか回収するだろう。
時間も無いことだし、放り投げた後どうなるか確かめることなくどんどん我は海賊を投げていく。
海賊たちが上げる悲鳴が遠ざかっていくのが少し面白い。
船が沈む速度よりも我が海賊を捕まえて投げる速度の方が圧倒的に早く、あっという間に船に残る海賊は首魁一人になった。
「お、お前なんなんだよ! 人間なのか? 魔獣なのか?」
「お主は人間にこんな芸当が出来ると思うのか?」
折角答えてやったと言うのに、首魁は返答の礼の代わりに銃を向けてきおった。
「魔獣なんかが俺の薔薇色の未来を壊しやがって! くたばりやがれ!」
「や、止めろ愚か者!」
銃を向けられ焦るガイナに、首魁はほくそ笑みながら引き金を引く。
船から投げ出されぬ様に舵を掴んでいるせいで銃を片手でしか構えられない首魁は、連射の反動を上手く殺すことが出来ず、ガイナの図体ど真ん中を狙った筈の銃弾の弾道はばらけてしまう。
しかし、至近距離での発砲だったのが功を奏し、銃弾はガイナの全身満遍なく命中するという最良の結果に繋がった。
「や、やったぞ! 魔獣女を仕留めた! ざまあみろってんだ」
ただの人間ならば即死。
例え人間でなくとも真面な生物なら大概は助からない。
首魁は勝ち誇ったように立ったまま死んだガイナに向けて唾を吐く。
沈みゆく船で、一時の勝利を祝っている場合ではないと理解はしていながらも、首魁は喜ばずにはいられなかった。
全てを台無しにしてくれた相手を蜂の巣に出来たのだから喜ばない方が彼からすれば無理な話なのだろう。
しかし、彼は直ぐにぬか喜びだったことを知る。
コン、コン、コンと金属が木に当たる音で、だ。
それはガイナの全身に当たった筈の銃弾が一発、また一発と体から甲板へと落ちる音。
普通、人間に銃弾が当たれば柔らかい肉を貫かれ、血を流すものだ。
当然ながら特別な装備を身に着けているか、幸運にもポケットに入れていた物に当たった、なんて嘘みたいなことがなければ、銃弾が防がれることはまずあり得ない。
服に覆われている部分ならばまだ、その下に何か装備を付けている可能性があり、銃弾が防がれたのも納得は出来る。
だが、剥き出しの生身の豊満な胸からも銃弾が落ちた時、首魁の喜びの感情は暗く深い海の底へと沈んでいった。
「貴様、よくもやりおったな。服が穴だらけになったではないか! 小言を言われるのはお前ではなく我なのだぞ!」
バリボリと、口で受けた顔へと飛んできた銃弾かみ砕きながら近づいて来るガイナの鬼の形相に、首魁の精神は崩壊した。
虚ろな目で、うわ言の様にこれは夢だと呟き続ける。
「チィ! これでは話を聞けぬと小娘に文句を言われそうじゃな。全く、人間は体も弱ければ心も弱いとは、救いようがないな」
本当ならこ奴も放り投げるつもりであったが、これ以上使い物ならなくなっても困る。
渋々ながら我は首魁の腕を適当に掴むとゆっくりと浮上し、そのまま主の待つ船へと向けて、これまたゆっくりと飛び始めるのだった。
魔獣艦隊出撃せよ【異世界に転生したので何故か女の子になるモンスターたちと最強の艦隊を作ることにします‼】 武海 進 @shin_takeumi
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