幕間ー4

 仕事の手を止めていた艦橋にいる者たちはモノッコの命令通りに各々、自分の仕事に戻る。


 ただ一人、双眼鏡で海賊船の末路を見続けるベインスを除いては。


 彼は双眼鏡越しに見る海賊船の甲板で行われている出来事に驚愕しながらも、周囲に悟られぬ様にポーカーフェイスを貫く。


 甲板では空飛ぶ女が次と次と海賊たちを天高く放り投げていた。


 恐らく魔獣ないし、それに相当する何かとは言え、人間大の生物があれだけの怪力を発揮出来るものなのだろうか。


 生物学には明るくないが、それでもあり得ないとしか思えない。


 しかし、彼女は一体なんの目的があって海賊を天高く放り投げているのだろうか。


 殺すだけなら船に体当たりして動きを止めた後に放り投げる必要は無い。


 他の船と同じ様に爆破すればいいだけだ。


 手間をかけて殺すのには必ず理由がある筈だ。


 寧ろあって欲しいとさえ思う。


 でなければ、あんな異常な行動を軽々とやってのける存在が光導王国政府と繋がっていることになるからだ。


 モノッコはこの艦に搭載されている銃火器を使えば問題なく彼女を倒せると思っているらしいが、それは違う。


 確かに主砲や機銃は魔獣相手にも十分通用する威力がある。


 だが、彼女の行動を注意深く観察した私には分かる。


 全銃火器で一斉掃射したとしても恐らく通用しないであろうことが。


 彼女の飛行速度はあまりに早すぎるのだ。

 

 弾速ならばこちらが上だが、狙いを付けるのは人間。


 その人間が狙いを定められないであろう速度の相手に、砲弾や銃弾を命中させることなどまず不可能だ。


 弾薬が尽きる程、面上に攻撃すればまだ命中する可能性が——かなり低いだろうが——あるかもしれないが、それをするにはこの艦の装備では間に合わない。


 戦闘を想定するならば反撃される可能性も当然ある。


 木造船と比較すればまだ彼女の焼夷弾に似た攻撃にこの艦は耐えられるとしても、またも人間という存在がネックになる。


 何故なら高速で接近され、乗り込まれてしまえば艦の性能など関係ないからだ。


 横流しした帝国製の銃を持っていた海賊が意図も容易く放り投げられているのを見るに、こちらが如何に武装しようとも恐らく通用しない。


 使う前に爆破されたり投げられただけで、当てることさえ出来れば通用するはずだと考えるのは愚かで楽観的過ぎる発想だ。


 そもそも今の様に一人一人我々を相手取ってくれればいいが、艦内に侵入ないし、艦橋へ肉薄してあの攻撃をされれば、それでお終いだ。


 これら全てはあくまで私の観察結果から導き出した想像に近い分析であり、実際は警戒のし過ぎ、もしくは彼女が想定よりも強力な存在である可能性も十二分にある。


 だが、一つだけ確かな事実がある。


 今回のモノッコが決行した作戦は虎の尾を踏んだに違いないのだけは確実であるという事実だ。


 しかし、王国は何故あれだけの戦力を持ちながら帝国との条約を受け入れたのだろうか。


 国王である望家の国民を第一に考える性格を思えば、武力衝突の可能性が生まれるのを避けたかったから、火種になり得る彼女の存在を隠したと考えれば筋は通る。


 だが、彼女の存在を条約締結前に見せつけていれば、不平等な条約を結ばされることもなく、同盟国として扱われた可能性もあった筈だ。


 少なくとも条約の内容を幾らかマシなものには絶対に出来ただろう。


 そんなことが分からない程、望家は愚鈍でもなければ平和ボケしている訳でもないと常日頃からの交流から分かる。


 では何故彼女の存在をひた隠していたのか。


「違う、隠していたんじゃないんだ」


「何か言われましたか、副長」


「いや、ただの独り言だ。気にしなくていい」


 うっかりと漏れた言葉を部下に聞かれてしまった。


 気を付けねば。


 考えを戻そう。


 私がここに配属されてから三年程経っているが、彼女の姿は一度も見かけたことすらない。


 そんな彼女が突然姿を現したのは昨日。


 そして昨日はこの国の第一王女たる美乃が帰国した日。


 脳内でピタリとパズルのピースが嵌った音がした。


 王国はあれだけの強力な戦力を隠していたのではない。


 今になって得たのだ。


 それならば条約締結前に彼女を交渉材料しなかったのも頷ける。


 単純な話、いない者はどうあがいても交渉材料に出来る訳がないからだ。


 この事実に気付いてしまった私はこれからどう動くべきなのだろうか。


 本国に報告するか?


 いや、そんな事をすれば帝国が軍事行動に出るのは確実。


 一般人に被害が出る様な事態を私は決して望まない。


 ならば王国に今回の一件について全て明らかにして謝罪し、なんとか示談にでも持ち込むか?


 恐らく無理だろう。


 あのモノッコが自らの過ちを認めて隷属民と呼ぶ相手に謝る訳がない。


 他に色々と対応策が浮かんでは否定してを繰り返すが、妙案が浮かんでくることはなかった。


「すまないが少し気分が優れないので外の空気を吸ってくる。後は頼んだ」


 部下にそう告げた私は艦橋から外へ出ると、潮風を目いっぱい吸った。


 幾分か艦の中よりも鉄臭くない空気の中に、焦げた匂いを感じる。


「一体この先、どうすればいいんだろうか」


 こんな時、酒か煙草でもやれれば気分が少しは晴れるのだろうが、あいにくどちらも趣味ではない。


「副長、少しよろしいでしょうか。内密の話があるのですが」


 少しでもざわつく心を落ち着かせようと空を眺めていたら、ファルケンが声を掛けてきた。


「別に構わないが。場所はどうする?」


「ここで構いません。手短に済むので。これを見てください」


 ファルケンが渡してきたのは一枚の封筒だった。


 中に入っていた二枚の手紙を見た私は、怒りの余り手が震えるのを抑えられなかった。


 一枚目には優秀で部下だけではなく王国とも信頼関係を構築しているコモエンティス中佐を移動されては困るので、彼の本国への移動を取り消して欲しいという訴えを帝国軍人事局が了承したことを知らせる旨が書かれていた。


 二枚目には理由は分からないが、モノッコが依頼していた私の実母の現在についての調査結果だった。


 大方この情報を餌に私を扱き使うか、逆らえない様にでも叱ったのだろう。


 これによると母はこの船に配属される少し前に、当時の主人から受けた暴行による怪我が原因で亡くなっていたらしい。


「ファルケン伍長、これは何処で見つけた」


「艦長の自室です。先ほどの騒ぎの時に少々物色させてもらいました。誰かが酒を取りに来た時は危うく見つかるところでしたよ」


 本来ならば、コソ泥の様な真似をした部下を叱り、なんらかの処罰を与えるのが副長としての責務であろう。


 だが、そんなこと、最早私の責務ではない。


 私はもう、帝国軍人ではないのだから。


「ファルケン伍長、君や友人たちは本当に王国へ骨をうずめる覚悟があるのかね」


 ファルケンは目を輝かせた。


 彼が待ち望んだ時が来たからだ。


「はい! 勿論です! 帝国なんかに未練はありません!」


「よろしい。ならば友人たちと共に今から言う物をかき集めてくれ。但し、決してモノッコや他の連中に悟られるな」


 私の中に渦巻く激情は、帝国やモノッコに対する義憤ではない。


 純粋なる復讐心。


 私から母を、自由な人生を奪った帝国への、己の身を焦がす程熱く滾る復讐心だ。

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