幕間ー3

 一体全体どうなっているのだ。


 慌てて音がした方を見てみると、海賊たちの船が一隻を残して全て爆発炎上していた。


 最初の一隻は馬鹿な連中の自滅、煙草の火か何かの不始末が原因で火薬に引火でもしたのだろうと思っていた。


 だが、流石に数隻の船でそんな間抜けなことが起きるとは、いくら馬鹿な連中が乗っているとは言え、おかしい。


 しかし、どう考えても原因がそれくらいしか思いつかない。


「誰か、爆発の瞬間を見ていないのか」


 艦橋にいる部下たちを見回すが、皆一様に首を横に振る。


「艦長、私ははっきりと見ていました」


 答えたのは忌々しいコモエンティスのみ。


 他に目撃者がいないので、仕方なく話を聞いてやることにする。


「爆発の原因は空飛ぶ女性、恐らくは先日、金烏城で艦長が声を掛けられたご婦人かと」


 ぴしゃりと脳に電流が走り記憶が蘇ってくる。


 確かにあのエキゾチックな肌に美しい銀髪。


 何よりも、大きく張りのあるあのたわわなバスト。


 間違いない。


 比較的スレンダーな者ばかりの王国にしては珍しいナイスバディーで、私がわざわざ誘ってやったあの女ではないか。


 そう言えば、昨日は結局来なかったな。


 隷属民のクセに私の誘いを無下にするとは、失礼な女だ。


「うむ、コモエンティス君の言う通り確かに昨日城で見たレディの様だ。だが、何故空を飛んでいるのだ? 光導王国の人間はあまりに野蛮で動物に先祖返りでもしているのか」


 私のウィットに富んだ冗談に帝国臣民の部下たちは笑うが、コモエンティスはにこりともしない。


「そんなこと、あり得る訳がありません。恐らくは高度な知能を持った魔獣の一種か、我々にとって未知の技術で作られた魔獣を用いた生物兵器の類なのかもしれません」


「おいおい、皆の前で馬鹿なことを言うんじゃない。では昨日あったご婦人が実は魔獣だったとでも言いたいのか? 今思い出したが羽なんて生えていなかったぞ。それに生物兵器だって? そんな技術、世界で最も進んだ技術を持つ帝国にないのだから王国にある訳がない。ただの他人の空にだろう。まあ、仮に万が一君のどちらかの考えが正しかったとしてもだ。人間大のサイズの魔獣に木造で小型とは言え船を一撃で沈める攻撃が出来る訳が無い」


 私の反論にぐうの音も出ないのか、コモエンティスは黙ってしまう。


 大型の魔獣ならば、確かに大砲並みの攻撃手段を持っている場合はある。


 だが、人間大の魔獣ならば精々火を吐いたり棘を飛ばしたりだとかが関の山。


 煙草の火同様に火でも吐いて、それが火薬に引火しない限りはあんな爆発を起こせる程の攻撃手段を持っている訳がない。


 そこまで考えて、ふと思い出す。


 海賊たちには偽の戦闘の際、私の船に大砲の弾が当たってはことだからと大砲を積んでこない様に約束させたことを。


 別にこの船が遅れた技術で作られた大砲の攻撃を受けたところで、沈みもしなければ、大きな損傷を受けることもない。


 精々少し命中カ所がへこむか傷がつく程度のものだ。


しかし、命中した際の衝撃自体は防ぎ切ることは出来ない。


 だから万が一命中したら船が揺れる可能性が高い。


 それは困る。


 部屋に飾っている高価なコレクションたちが揺れが原因で床にでも落ちてしまえば大変なことだからだ。


 では、引火する可能性のある危険物を積んでいない船は何故爆発したのだろうか。


 海賊たちが約束を破って積んでいたと考えるのが一番可能性の高い答えだ。


 しかし報酬に目を眩ませ、なんでもこちらの言うがままになっていた奴らがそんな真似をするとも思えない。


 駄目だ、可能性は数あれど——コモエンティスのあり得ない馬鹿げた仮説も含めて——これだ、という答えは見つからない。


 段々と考えを巡らせるのが面倒になってきた。


 どうせ海賊たちは最初から壊滅させる予定であったのだから、後であの正体不明の空飛ぶ女を、いや、魔獣を始末して、海賊船を全て沈めたのは我々だと言い切ってしまえば問題ないだろう。


 この船に搭載された銃火器を動員すれば、的が小さい標的でも、屠るのは容易い。


 方針が決まれば、後は命令を下すだけ。


 酒を一口煽り、喉を湿らせ気分を作った私が女と最後の一隻となった海賊船への攻撃を命じようとするも、今度はしっかり海賊船を監視していた部下からの報告に遮られてしまう。


「艦長! 海賊船がこちらへ向かってきます」


 それは私の邪魔をしてまで報告すべきことなのか。


 作戦内容は理解しているのだから、海賊船がどういう行動を取ろうとも、関係ないのは明らかだろうに。


 少し苛ついてしまい、折角の気分が台無しになった私は、改めて命令を下す。


「それがどうした。 空飛ぶ女共々始末してしまえ。但し、よく狙って一発で仕留める様に。弾が勿体無いからな」


 大分適当な言い方になってしまったが、構うものか。


 これ以上、下す命令も事の顛末を見届ける必要もないことだし、むさくるしい艦橋から自室に戻って素晴らしい名画たちでも眺めながら本格的に飲むとしよう。


 そうだ、とっておきのワインを開けて一足早い作戦成功の祝いをするのもいいかもしれない。


 おっと、その前にこの飲みかけを飲んでしまわねば。


 これもかなり高い酒なのだ。


 残すのはもったいない。


 仕方なく一気に煽ると酒精の強さに喉を焼かれる。


「艦長、海賊船が沈み始めました。どうやら女と衝突したようです」


 部下の馬鹿みたいな報告を聞いて、咄嗟に声を出そうとして咽てしまう。


 一頻り咳いた後、少ししゃがれた声で部下を一喝する。


「そんな馬鹿なことがあるか! この艦橋には寝ぼけた奴か馬鹿しかおらんのか!」


 再び差し出された双眼鏡をひったくって見てみると、確かに大きく船首が破損した海賊船が徐々に沈み始めていた。


 上空にいた筈の女もいなくなっており、部下の報告に信憑性が出てきた。


 しかし、これは好都合だ。


 木造とは言え、動く船に生身の魔獣がぶつかれば無事で済むはずが無い。


 両者勝手に自滅してくれたのだから、砲弾銃弾を無駄にせずに済んだのは良いことだ。


 一応後で沈没した周辺を部下に生存者がいないかだけ確認させてはおくか。


 当然助ける為ではなく、処分する為に。


「全員通常勤務に戻って構わんぞ。一応後でいいから誰か海賊船が沈没した周辺で生存者がいないか捜索しておけ。もしいればどうするかは分かるな」


 命令も下したことだし、今度こそ自室に帰って祝いの酒宴を開くとしよう。

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