最終話

 祖父の墓参りがてら、久しぶりに実家のあるその町を訪れていた。もう、今春に二十七回忌らしい。

 わたしにザッキーというあだ名を使う人はもう、どこにもいなくなっていた。

 自室として使われていた部屋は、物置部屋のように、ストーヴや扇風機が乱雑に置かれていた。それでも昔使っていた引き出しは、多少ほこりをかぶってはいるものの、そのままにされていた。その把手を引くと、高校生の時に書いていた小説がペンケースとともに入っていた。

 懐かしくなって読んでみる。ほんとうに、へたくそな、稚拙な小説だ。書いている時から、分かっていたけれど。ノンフィクションと言っている癖に、小さな嘘をいくつも、ついているし。結局完結できずに、書くことを諦めてしまっていた。

 特に、住職から聴いた話のところは、先輩の文章を汚してしまう気がして、途中のまま無理やりわたしの話の中に入れ込んでしまっている。

 じわじわと、コーヒーがドリップされるみたいに高校のことを思い出す。ブラックで飲めるようになったコーヒーの苦みとうまみが広がった。苦みが美味しいなんて、変だ。渋くて苦い、暗くて嫌なものだったはずなのに。美味しいと、美しいと、感じているわたしがいるのだ。一種の錯覚であっても、疑うことなくそう思えていた。

 過去も今も未来は繋がっているのだ。電話みたいに。わたしという人間は一人しかいないけれど、ちゃんと、未来の、過去の、わたしがそこにいる。そんな、作文の最後のまとめみたいな、美しそうに見える台詞が頭の片隅で思い浮かんだ。

 その夜の九時。わたしは読み聞かせをしていた。息子に、である。

「今日はこの本読んで」

 息子がねだる。本を寝る前に読むことが、わたしにとっても息子にとっても、楽しみになっていた。

きょうは、このおはなし。


「幸福の王子」


わたしはゆっくりと静かに語りだした。


 ……「あなたがとうとうエジプトに行くのは、私もうれしいよ、小さなツバメさん」と王子は言いました。

「あなたはここに長居しすぎた。でも、キスはくちびるにしておくれ。私もあなたを愛しているんだ」

「私はエジプトに行くのではありません」とツバメは言いました。

「死の家に行くんです。『死』というのは『眠り』の兄弟、ですよね」


 そこまで読んで、ふと、布団にもぐる息子のほうをみると、静かに寝息を立てて眠っていた。最後まで聞かず、眠ってしまった息子は、どこか、物語で起こることを予期して、聴くのをやめてしまったようだった。

 わたしは布団の横のデスクライトを一番暗い光に変え、絵本を閉じる。

 ああ、結末なんて、自分で何とでも作れる。

 つばめは、王子は、まだ死なない。

 薄闇の中で、王子は、つばめは、くるくると踊って、歌っていた。

 息子は、暑いのか、寝相が悪いせいなのか、桜色をした毛布を蹴った。ふわふわとした毛布はぐちゃぐちゃになっている。わたしはその毛布を雑に直して、ライトを消し、陰の中に潜り込んだ。

 そのとき、電話の呼び出し音が鳴りだした。

 そんな、気がした。

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羽を飲む あにょこーにょ @shitakami_suzume

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